2章-1節 ガロ洞穴①
2章 氷雪士の冒険者稼業
闇こそが内なる心を映す。
なれば真実の自己とは困難の中にこそある。
――エリザベート・スミス『光と闇の探求』
◇
「洞窟だけど、明るいのね」
「ああ。話には聞いていたが」
朝一番に冒険者組合を訪れた俺たちは、リースにガロ洞穴の情報を求めた。
リースによると、やはり初心者向けのダンジョンとして、冒険者登録直後の一階梯から開放されているという。
また、レゾンが街として成立するよりもずっと前に自然にできたとされるダンジョンで、ガロと呼ばれる魔物が度々発生するのだとか。
魔物の発生の原理は不明。魔力によって生成されているようだが、そのための仕組みは未だ発見されていない。
「一応持って来たが、こいつはいらないかもな」
火の灯されていない松明を背嚢に戻す。
リースは冒険者の必需品だから常に持っていた方が良いとは言ったが、ガロ洞穴では不要かもと笑顔を見せていた。
「後のためにってことだろうが……」
レゾンの西門を出て少ししたところにある森の中、馬車も通れる道沿いに地下へ続くような大きな穴が空いている。それがガロ洞穴。ご丁寧に看板まであった。
覗いてみれば、青白い光を放つ魔導灯がそこかしこに埋め込まれ、壁には行く道を示すように燃え盛る松明が配置されている。
おかげで洞穴内の闇は端へと追いやられ、中はかなり広い空間となっているのが入り口の外からでも確認できた。
この明かりはこのダンジョンに挑戦した者たちの善意なのだという。光を放つ魔導具も燃える松明も、俺たちの先輩冒険者一人ひとりが後輩を想い、設置したものだとか。
「道理で、初心者向けと言われる訳ね」
「初心者が腕を試すには十分な環境だろう」
そうね、とシアは頷き、中へ向かって歩き出した。
目的は洞穴奥地に生えているというヒカゲキノコ。洞窟などの奥地に生えていることが多いキノコで、適切に調合すると麻酔薬の原料になるとか。その製法は医師組合が独占しているため、一般には出回らない。
また他にも、この洞穴に発生するガロの素材を上手く採取できれば儲けになる――とは、今朝のリースからの情報だ。特に肉は食材として人気が高く、手に入ればそれなりの値段で買い取ってもらえるとのこと。
ヒカゲキノコの採取に、ガロ素材の入手。どちらも冒険者組合に常設された採取系の依頼で、前者は医師組合、後者は職人組合や精肉店が買い取るようだ。買取金額も悪くない。こうして金目の物が分かるというのは初心者には助かる。
しばらく進むと、流石に入り口ほどの灯りは無くなって来た。しかし時折影が暗がりを作る程度で、不意打ちの心配は少ない。
道も少しずつ狭くなっており、入り口は大広間だったが、数人が並んで歩ける程度の通路になっている。
「誰もいないわね」
「ガロもいないな」
あたりには戦闘の痕跡もない。
岩の壁が続き、時折分かれ道があるが、必ず奥へ進むための最短ルートを表示した看板がある。これでは少しばかり難易度の高い観光地だ。
「こんな所に朝一から潜るのは俺たちくらいのものかもな」
親切過ぎて経験にならない。冒険者に必要と思われる警戒心が育たない気がする。
「いいじゃないの、わたしはネーヴの実力も確認しておきたいし」
シアは頭の後ろで手を組んで歩く。黒いスカートを靡かせ、大股歩き。その姿からは油断しか感じられない……が、ダンジョンがこんな調子じゃ無理もないか。
通路から再び広場に行き当たる。地下の割には巨大な空間だ。そこかしこに明かりが灯るが、広場全体は暗い。先にはまた通路が続いているようだ。脇にある看板には「最深部まではあと半分!」と書かれていた。ゆっくりと歩いたつもりだが、それなりに奥まで進んできたらしい。
「早めに依頼を済ませて帰ろう。楽なら楽なりに数をこなせば金になる」
「ネーヴは生活に必死ね」
「当たり前だ」
そのために村を出たのだ。
「人間、空腹さえどうにかできれば生きていけるものよ」
「空腹で倒れかけてたやつに言われてもなぁ……」
「いいえ、まだむしれる草はあったわ。もう何日かは生きていられたわね」
「胸を張ることか、それ……」
「胸ばかり見ないで。やらしーわね、ネーヴ」
「この女……!」
「グァァバ!」
――瞬間、俺とシアは距離を取った。振り抜かれた爪が空を切り、身の竦むような風切音を残す。
並んで歩いていた二人の間に巨大な魔物が現れていた。全身を覆う白い羽毛に、赤い冠の如きトサカ。掲げた前肢には魔導灯を照り返す鋭い鉤爪が備えられている。見ようによっては、腕を備えた巨大な鶏だ。
「これ、魔物……? 鳥みたいだけど」
「ガロだ! 羽の色は違うが、特徴と一致する!」
鶏と似ているが、ガロは翼の他に前肢を持つ。翼はかなり小さいが、魔力が備えられており、飛ぶほどの力はなくとも跳躍からの滞空が可能だという。
そのガロが突然現れ、攻撃してきた。
「油断した……リースが、ガロは気配を消すのが上手いと言っていたが、これほどとはな……!」
「こいつが声を上げて無かったら、ネーヴは怪我くらいはしたかしらね」
怪我はしている。ジクジクと頬が痛み出す。触れれば、ガロの爪が掠ったのだろう。じっとりと血が流れていた。
シアと同行するために【魔導領域】を解除していたのは失敗だった。領域内の全てを凍りつかせてしまうため、使用が憚られたのだ。
「グァァバ! ガァァバ!」
俺に嘴を向けて吠え立てる。広い空間に音が反響し、耳障りだ。
「どうやら、俺を御所望みたいだな」
「そいつはね。けれど、続々と来そうよ」
……ァバ…………ァァバ……グァァバ!!
石壁を伝ってガロの鳴き声が押し寄せてくる。奥の通路から大軍がやって来る。これではまるで罠に嵌められたかのようだ。
警戒心が育たないだと……? 笑わせる。
数瞬前の自分に毒付きながら、腰の護身刀を抜く。刃渡りはやや短いが、片手でも扱いやすい。
「シア、少し下がるぞ! 広場で囲まれたら危険だ」
「わかったわ」
広い空間から元来た道に引き返す、としたいところだが、トサカのガロが俺たちの行く手を阻もうと立ちはだかった。知性を感じる、油断ならない動きだ。故郷の獣にも通じるところがある。
「ネーヴ、援軍はわたしが通路の出口で足止めする。あなたはそいつを倒して」
「分かった」
背中はシアに任せた。彼女の雷撃ならば近づく前に焼鳥にできるだろう。
「お前は冷凍肉だ」
「グァァ――バ!」
俺の言葉に返したのは怒声だろうか。嘴から野太い鳴き声を放ち、突進してくる。【魔導領域】を展開。たちまち地面が凍りつき始める。
領域にトサカ付きが侵入。距離は二歩程度。
「氷凍地槍ッ!」
領域内の魔力から魔法を発動。至近距離。地面から伸びた必殺の氷柱が剣山を作る。
――が、間一髪のところでトサカ付きのガロは後ろへ飛び退き、難を逃れた。警戒の視線が俺を射抜く。刀で攻撃すると誘って騙し討ちにしてやろうとした魂胆が、超反射で回避されてしまった。
だが、奴も無傷とまではいかなかった。胴体の白い羽毛にじわりと赤い斑点が広がっていく。
「どうせ擦り傷だろ」
それでも、頬の傷の仕返しは済んだ。
背後からは雷撃の凄まじい轟音が鳴り響く。目を向ける余裕はないが、あの強烈な雷撃魔法を扱うシアのことだ。俺が足を引っ張らなければ問題ないだろう。
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