1章-11節 レゾンの悪魔③
後回しにされていた依頼の報告を済ませた頃にはすっかり夜も更けてしまっていた。
食堂兼酒場の喧騒も最高潮といったところだが、ドルフの拘束によって組合から追加の報酬も出たので良しとする。
俺もそろそろ宿に戻ってグレイブの夕飯にありつかなければ、腹の虫が暴動を起こしかねない。そういえば、昼飯は食い損ねていたのだ。
「ではな、シア。俺はグレイブという店主の宿にいるから、何かあったら訪ねてくれ。当面は冒険者として稼ぐ必要があるから不在かもしれないが」
「ええ。分かったわ」
郊外から街まで出たいという彼女の要望には応えたし、追加報酬は山分けした。普通の宿に泊まっても、一週間程度は乗り切れる額だ。
――だというのに。
「……ついてくるのか?」
別れの挨拶のつもりだったが、シアは一歩後ろどころか真横に並んで歩いていた。別行動するつもりが全くない。
「わたしだって、ご飯が美味しいところに泊まりたいもの」
シアの胃が空腹の呻きを上げる。俺のと混じって愉快な合唱となっていた。
……こいつ、さっきは腹の音聞いただけでぶん殴ってきそうな雰囲気だったのに、もう切り替えたのか。俺相手に取り繕うのをやめたのかも知れない。
「……グレイブは喜ぶ、の、か?」
「タダで泊めろというわけじゃないもの、普通お店は喜ぶでしょう」
さも当然とばかりに頷くが……。
グレイブの宿にはヤク村の宿よりも商売っ気が感じられない。道楽とか趣味で宿をやっているような気さえする。
料金はそれなりに安く、掃除は行き届いているし、美味い飯が付く。
ただ全く飾り気がなく、どうにも民家に居候しているような気分だ。手が込んでいるとしたら酒場を兼ねた食堂部分か。
もし趣味でやっているとしたら、客の数が増えると費用と効果が合わなくなるのではないか。想像すると、最終的には自分が追い出される図に行き着く。
「そのときはそのときか……」
「なにがよ?」
「こっちの話だ。行こう、俺の腹の虫も騒いでるしな」
「わたしも、そろそろネーヴに氷出してもらって齧ろうと思っていたところよ」
やめろよ……。
呆れながら夜道を進んだ。
グレイブの宿は組合からそれほど離れていない。ただ路地の奥まったところにあるので、隠れ家のような雰囲気がある。昨日はそれなりに盛況だったが、もしかすると知る人ぞ知る、という店なのかもしれない。
「――そういうことなら、一週間分の前金さえ貰えれば構わないよ」
カウンターに立つグレイブは俺のときと同じように軽く応えた。
出された食事を貪るシアは聞いているのかいないのか。
「ネーヴェさんと同室がいいのかい? だったら少し安くできるが」
「まさか。別にしてくれ」
澄ました顔で軽口を飛ばしてくるのはやめてほしい。俺が答えるとにやっと口の端だけを上げた。
「……ところでグレイブ、カプラ族で角が片方しかない常連はいるか?」
「カプラ族の常連はいるが、片方折れてるとなると結構な重傷だな――いや、うちにはいないな。探し人か?」
「ああ。だが、来る客に聞いて回る必要はない。見かけたら俺たちに教えてくれ」
「ふむ、なるほど。そういう依頼か」
こちらが大っぴらにしたくない事情を察してくれる。理解が早くて助かる。
「ねぇネーヴ、ほんとにこれ料金に入ってるご飯なの……? むぐむぐむぐ……美味しすぎるわよ……もぐもぐもぐ……」
美味いのは分かるが、俺に顔を近づけつつ食べるんじゃない。そして食べながら喋るな。
「ちゃんと料金内だよ。酒は別だがね」
聞こえていたらしく、グレイブが苦笑しながら応じる。安心したのかまた掻き込みだす。ゆっくり食えよ。
「……しかし、あんたたち一体どんな食生活を送ってきたんだい? 私の料理なんて素人に毛が生えたようなものだが」
「焼いて食べてた」
「むしって食べてた」
「…………いやいや、ネーヴェさんはともかく、ネアルさんはおかしい。何をむしってた?」
「その辺の草」
「さすがにその辺の草とグレイブの料理を比べたらダメだろ」
山育ちの俺だってそんなことはしない。……まぁ年中雪ばっかりの上、森林限界も遥かに超えた標高だ。草なんてそもそもほとんど生えていなかった。
「あんたたちに料理を褒められても、何だか哀れな気持ちになるな」
グレイブの顔には再び苦笑。
多くの気苦労に晒されてきたような、しかしいつもの表情、というようにも見える。笑っているような呆れているような、だがその奥には確かな情を感じる。良い宿に、良い主人と出会えた。
「――それで、明日からはどうするんだ?」
俺の使った食器類を片付けながら、グレイブが問う。今日は他に客がおらず、酒場は俺たち三人だけだ。意外に思ったが、定休日らしい。
「依頼を受けて金を稼ぐことに変わりはない。並行して人探しだ」
「ほう。アテはあるのか?」
「確かあのバカはフォール邸ダンジョンで会ったとか言ってたわね」
空になった皿をじっと見つめながらシアが話を引き取る。しかし、なぜ皿に目を落としているのか。
……………………この女、皿を舐めようか悩んでやがるな!
さっさと皿を取り上げてグレイブに渡し、話を続ける。
「行ってみるか、フォール邸ダンジョン」
「………………はぁ。だったらわたしも行くわ。一人よりは二人の方が良いでしょう」
しばらく蒼玉の恨みがましい視線に晒されたが無視していると、諦めたシアから提案があった。
確かに、彼女の戦闘力は侮れない。ジョブやスキルは分からないが、俺の〈最弱〉なんかとは比べものにならないだろう。
あの雷撃……神託の恩恵でなければ、いや恩恵があったとしても相当な実力を持つ魔導士だろう。
「分かった。じゃあ一緒に行こう」
「ええ。パーティ結成ね。よろしく、ネーヴ」
改めてと、右手を差し出される。その白くしなやかな手を固く握り返し、俺は冒険者生活初日にして強力な仲間を得た。
「フォール邸ダンジョンもいいが、あそこは少し特殊だ。そうだな――まずはレゾン市の外にあるガロ洞穴で腕試ししてはどうだ?」
「特殊、とはどういうことだ?」
目を向ければ厳しい顔をしたグレイブ。
この街で最も有名なフォール邸ダンジョンのことは、宿屋の店主でも知っているらしい。
「あそこは曲がりくねった通路と分岐路が延々と続き、見通しが悪い上に、第一階層から他と比べればやや強力な魔物が出現する。あんたたちは今日出会ったばかりだろう。互いの実力がどの程度か分からないんじゃないか。相棒の腕を確かめるためにも、私は初心者向けと呼ばれるガロ洞穴を薦める。あそこなら事前情報はさしていらないし、日帰りで踏破も可能だ」
「そうか……気持ちが逸って事前調査を忘れていた。そうだな、シア、一度俺たちの実力を確かめてみよう。人探しは急がないからな」
「そうね。構わないわ。けれどネーヴ、一つ覚えておいて」
「なんだ?」
真剣な顔。何か重要なことだろうか。
「わたしね、お金ないから。ここの前金を払ったら、無一文よ」
………………。
この女、本当に、金が、なかったのか!
いくら何でも少しは蓄えていると思ったが……どうも刹那的な生き方をしているらしい。それでよくこんなに余裕ぶっていられるものだ。
あんな林の中で空腹でいたのもそのせいなのか。
「面白い顔をするわね。目が飛び出そうよ」
ケラケラと笑うシア。能天気な奴だ。
「はぁ……。つまり、一週間後にはここを追い出されることもあり得るってことか」
「そ。だから、わたしのお金には注意してね、リーダー」
「パーティのリーダーが仲間の金の管理までしてやる義理はないだろうが。……待て、たぶんだが、実力じゃシアの方が圧倒的に上のはずだ。俺がリーダーじゃおかしい」
俺の〈最弱〉を買いかぶってもらっては困る。
「わたしはこんなだから、ダメよ。それに一番強い奴がリーダーの資質を持っているとも限らないわけだし」
「私もネアルさんに同感だ。二人ならネーヴェさんが指示を出した方が良い」
グレイブまで口を出してくる。
リーダーね……。柄じゃないが、どうせ二人だけのパーティだ。相談しながらやっていく他ないだろう。
「とりあえず、明日やることは決まった。あとはお互い明日の準備をして休もう。俺は風呂に行ってくる」
「お風呂!? 近くにあるの?」
「ああ。一緒に行くか?」
目を輝かせて頷く。
俺は戦闘を行ったからだが、シアも犬と戯れてそこそこ汚れているしな。逆によくグレイブが入店させてくれたものだと今更ながらに思う。
「じゃあ行ってくる」
「ああ、ごゆっくり。私は明日の弁当を仕込んでおくよ」
有り難い。三食付きというのは本当に助かった。直感だったが、この宿を選んで良かった。
「わたし、大盛りがいいわ!」
「じゃあ俺も」
「はいはい。さっさと行け」
グレイブにはやけにぶっきらぼうな口調で言われてしまい、俺とシアは顔を見合わせて笑ってしまうのだった。
これにて1章が終わり、2章へ続きます。
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