1章-11節 レゾンの悪魔②
大声が部屋に響いた。
全力の命乞いとも言えるが、これまでにない情報だったらしい。フランベルクとリースの目には光るものがある。
どうやらドルフはシアの角を見て思い出したらしい。きっかけなんて分からないものだと感心する。
「……それ、頭の両側? 片側? 真ん中?」
一瞬前までは興味を失っていた様子だったシアが問いを投げる。
「向かって右……だから、左側だ!」
「左に角……?」
ドルフの証言に、しかしシアは首を傾げた。何か、予想と違っていたらしい。蒼玉の瞳には深い思考。先程も気にした様子だったが、シアにも探し人だろうか。
「その角はどんな形だった。色は。長さは?」
「…………確か……黒くて捻れてた、ような……」
「フードを被っていてほとんど見えなかったのなら短いんじゃないか。生え方にも依るだろうが、角があればフードなんて押し上げられて逆に目立つと思うが」
俺の言葉にドルフが首を激しく上下させる。俺よりも年上の男がまるで叱られた子どものようだ。その姿には哀愁さえ漂う。
「捻れた片角の男性、ですか……」
リースが低く唸る。フードを被っていた以上、角が片方だけという証言の真偽はかなり怪しいが、該当する者がいるか記憶を当たっているようだ。今朝見た依頼の一覧のように、彼女の頭の中では冒険者の一覧が展開され、絞り込みがかけられているのだろう。
「……うーん、思い当たりませんね」
いくらかの思考の末、リースはうなだれた。冒険者組合に長年勤めているリースが知らないのなら、冒険者ではないのかもしれない。
「捻れた角でよく見るのは山羊角。これはカプラ族の特徴ではありますが、彼等は角は二本が対になっています。何らかの原因で折れたのだと考えると……」
「まずは、角折れのカプラ族を探せばいいんだな?」
フランベルクの眼光が煌めく。
悩まされていた都市伝説の尻尾を掴みかけている実感があるのだろう。話に聞く限り、『悪魔』は、言うなればレゾン全体の敵だ。冒険者組合が力を尽くすには充分な理由だろう。
「可能性はあります」
リースもそれは分かっているが、だからこそ断言は出来ないと支部長を見つめ返していた。決して冤罪で捕らえる訳にはいかないのだ。
「今は可能性でいい。見つけさえすれば、如何様にでもできる」
怖いことを言う。
「分かりました。ですが、あまり公に動くわけにはいきませんよ。『悪魔』に我々が勘づいたことを勘づかせるわけにはいきません」
「だな。しかし、ちょうどいいのがそこに二人いるだろう」
フランベルクが顎をしゃくってこちらを見た。鋭い視線が俺の目にぶつかる。なるほど、最近街にやって来たばかりで無名の俺なら相手も警戒しないか。
「俺は報酬があるなら構わないが……もう一人は?」
まさかドルフではないだろう。証言の真偽がどうあれ、やはり犯した罪は変わらない。拘束を解いて自由にさせては俺がここまで連れてきた苦労も水の泡だ。
で、あるのならば、この場にいるもう一人とは――
「わたしかしら? まず冒険者として登録さえしていないのだけど、いいの?」
「ふむ。報酬の関係もあるから、登録はしてもらった方がいいな」
「そう。登録は素性の知れない人もできるものなの?」
魔族であることを隠すためだろうか。角は隠さずとも素性は極力明かさないようにするつもりか。とはいえ、問題ないだろう。
「はい。冒険者登録は来る者を拒まず、去る者を追いません。貴方がどこの誰であろうと、それは私たちには関係ありませんから」
言いようによっては冷たく聞こえるが、リースはニコニコしながら伝える。さすがの人当たりの良さだ。
「実は俺も昨日登録したばかりだ。素性が知れないというなら、俺も相当怪しい出自だな」
「ふぅん、そういうもの……。いいわ、他に仕事もないし、冒険者登録してあげる」
「ありがとうございます!」
リースは勢いよく頭を下げて金糸の髪を揺らした。フランベルクも決まったとばかりに頷いている。
「よし。相手の出方が全く読めないので期限は特に設けないが、二人で注意を払ってくれ。組合からの直接依頼だ、当然相応の報酬は支払うし、必要経費も全て出す。まずは定期的に情報交換をしよう」
話は済んだとばかりにフランベルクは椅子から立ち上がった。そのままドルフの後ろに立つとその首根っこを引っ掴み、部屋を出て組合の奥へと引き摺って行くのだった。
ドルフの口から漏れる哀しげな声だけが妙に耳についた。
「……おい、あれは拷問でもするんじゃないのか?」
「そうね、あの筋肉魔人にボコボコにされるんじゃないかしら」
「お二人とも、フランベルクは当支部の長ですよ。そんなこと、する、わけ、が……」
言いながら自信をなくすなよ。怖くなるだろ。
「まぁ、ドルフさんのことは支部長に任せましょう。きっと、悪いようにはしないと思います。こちらはまず、ネアルクロミシアさんの冒険者登録をしましょう。ここでは流石に殺風景すぎるので、応接室にどうぞ」
シアの冒険者登録はあっさり終わった。彼女は通常の魔力紋での登録を行ったのだ。リースも別段落ち込んでいない。血流紋登録を引き受けた俺が特殊なのだろう。
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