1章-11節 レゾンの悪魔①
「あ! お帰りなさい、ネーヴェさん。ご無事で何よりです」
「ああ、ただいま。無事依頼達成だ」
組合入り口の扉を開けると、ちょうど受付カウンター周辺を掃除していたリースが出迎えてくれた。何やら大層な役職が付いていた筈だが、受付から掃除まで、なんでもやるな。
「初依頼達成、おめでとうございます。さ、こちらへどうぞ。今から手続きをしましょう」
促されるままカウンターへ向かう。が、後に続く二人――特に縛られた男に、リースも気づいたようだ。
「あの、ネーヴェさん、そちらの方々は……いえ、貴方は――!」
「くっ……!」
男が顔を歪める。さすがリースだ。冒険者だというこの〈従魔士〉も彼女の記憶にあるに違いないと思っていた。
「ドルフさん……つまり、そういうことですか……」
「ああ。たぶん、リースの想像通りだろう」
そうですか、と悲しい顔。彼女は今朝、俺に冒険者としての心得を説いたばかりだ。その冒険者が野盗に身を窶し、騒動の元凶となったことを憂いているのだろう。
「こいつにも一応理由はある。それは説明するが、判断は任せる」
「わかりました。……お手数ですが、奥へ」
「わかった。シア、食堂で待っててもいいぞ」
「いいえ、わたしも行くわ。成り行きとはいえ、関係あるものね」
ではこちらへと、ホールから離れ、廊下を通り手狭な小部屋に通される。簡素な椅子と机が並べられた殺風景な空間だった。
リースは俺たちを案内した後、小走りに誰かを呼びに行った。――ま、大体想像は付く。
廊下から踏みつけるような足音が聞こえてきたのはすぐのことだった。音が近づくにつれ、隣に座った男――ドルフの顔から色素が抜けていく。俺には扉を開けて入ってくるであろう相手の顔が想像できた。
「ドルフッ!!」
木製の扉が破砕されそうな勢いで開け放たれた。現れたのは巨漢。うねる炎髪が逆立ち、雷のような双眸がドルフを射竦める。
今は全身に満ちる怒気も相まって凄まじい強面だ。子供が見たら泣く前に気絶しそうですらある。
「貴様、この冒険者の面汚しめ! 覚悟しろ!」
隣にいる俺も恐ろしい。横からはガチガチと歯を鳴らす音が響いている。見れば半泣きだった。一方で、部屋の一番奥にいるシアはニコニコしていて、それはそれで恐ろしい。
「……待て、フランベルク。こいつにも一応訳がある。無罪放免とは行かないが、同情の余地はある……かもしれない。少しだけ話を聞いてくれ」
意を決して話しかけると、雷の双眸がこちらを向いた。
――正直、心臓が止まるかと思ったが、支部長の瞳に冷静な光が戻る。
「む……ネーヴェか。なるほど、あんちゃんがドルフを連れてきてくれたんだな。よくやってくれた」
俺の氷を当てたら瞬間蒸発しそうだった顔が、数瞬で元に戻った。怒りに身を任せているようでいて、もしかすると演技だったのかもしれない。
フランベルクは俺たちの正面の椅子にドカッと座り込む。物理的に支部長の影に隠れていた小柄なリースが続いて、その隣にちょこんと座った。
見事な対比だ。――なんて、余計な思考はいい。
「じゃあ聞かせてもらおう、話とやらを」
「俺から話そう。こいつはもう灰みたいな色になってるからな」
ドルフの全身からは生気が抜け、今にも死んでしまいそうだ。唇は青く小刻みに震えている。うっすら幽体が見えているような気さえする。こんな状態では会話もできないだろう。
「実は――――」
フレアリザードを失った〈従魔士〉のドルフは、野犬を従え田畑を襲った。襲うことは生活と訓練の為であり、ゆくゆくはもっと大きな騒動に発展する可能性もあった。
ドルフを止めたのは、野犬の討伐依頼を請けていた俺と、偶然居合わせたこのネアルクロミシア。
俺とシアは協力してドルフを倒し、拘束した。
……と、事の顛末だけ話してしまえば、ドルフには厳しい沙汰が下されるだろう。
「だが、こいつは『悪魔』に会ったと言っていた」
「――何?」
厳しい顔のまま口を挟まなかったフランベルクが片眉を跳ね上げた。
レゾンの都市伝説かとも思っていたが、どうやら冒険者組合でもこの『悪魔』という存在を問題視しているようだ。
「フードを被った長身の男。紅く光る目をしているらしい」
「どこで会った?」
「フォール邸ダンジョンの浅層だよ……。オレから『一番大切なものを奪った』って言ってた」
ねめつけるような視線に、震える声でドルフが答える。
フランベルクは何も応えず、ちらりとリースを見た。リースは瞑目して険しい顔をしている。両手を合わせて顔の前に持っていき、考え込んでいるようだ。
「――ドルフさん、他に特徴は?」
翠色の瞳がドルフを見据える。普段のリースから考えられないほど力の籠った視線。
「いや、遠目だったから……」
「今の証言は既存の噂を組み合わせれば容易に想像できる内容です。何か、他に情報が無ければ『悪魔』に因る被害とは言えません」
怯むドルフに、リースは険しい顔のまま告げた。
ドルフの言に証拠能力は皆無であり、情報としての価値も薄いという。今のままでは『従魔士』が勝手に落ちるところまで落ちただけとして、王令とレゾンの法で裁かれるだけだろう。
「思い出してください。何でもいいんです」
リースは優しい。真っすぐな視線を投げて、こんなならず者を信じようとしている。
それが、ドルフには眩しいのだろう。翠色の視線を避けるように、男は瞑目し眉根を寄せて、記憶を探る。必死に考え込む。
だが、状況は芳しくない。人は、目につくものほど記憶に残り易い。紅い目やフードといった目立つ印象を植えつけられたドルフは、逆にそれ以外の細部には目が行っていなかっただろう。
ドルフが唸りを上げながら脳内を探り始めてどれくらい経ったろう。
「もう諦めなさい。あんた自身の被害がどうあれ、畑を襲ったのはあんたの意思なのよ」
待つのにも飽きたのか、シアが最後通告。無慈悲だが、真実だ。
この男に落ち度が無かったとは言わせない。そしてここで俺たちが顔を突き合わせていたところで、状況が好転するとも思えない。俺とシアにとってはここが潮時だろう。
「そんな……」
泣きそうな目でシアに視線を向けたドルフは突然驚き、震えた。まるで探し求めていた何かを見つけたかのように――
「角だ……! あの男には角があった! 風が吹いたときにちらっとしか見えなかったが、あれは、角に違いない!」
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