1章-10節 魔族の女 ネアルクロミシア③
男に反応はない。
「強情な奴ね、どうする?」
「いつまでもここにいられない。起きないのなら、気は進まないが殺すしかない」
「そうね。別に黒幕を生かして連れて行く理由なんてないものね」
理由はあるが、絶対ではない。俺自身、依頼は達成しているからな。
それじゃあ、とシアの纏う雷撃が激しさを増す。黒焦げどころか、地面の染みしか残らないのではないだろうか。
「まっ待て! やめろ! 命ばかりは!」
さすがに取り繕えなくなった男が飛び起きる。が、縛られた状態では満足に動けない。シアの両手に爆ぜる雷光は更に輝きを増している。
「あら、往生際が悪いわね。もう別にいいのよ、そのまま寝ていなさい。おやすみなさい」
「わかった、訳を話す! 話すから!」
訳、だと?
シアが言い当てた以外にもあるのか。
「シア」
「どうせつまらないことよ?」
言いながらも、シアは掌から雷を消した。どうもこの男にそもそも興味がない様子だ。死のうが生きようが気にもならないのだろう。
「話は道中で聞く。行くぞ」
腕と手を後ろに縛りつけたまま立ち上がらせ、出発した。
犬たちとはここでお別れだ。シアが手を振ると、彼等は名残惜しそうに振り返りながら林の奥へ消えて行った。その後ろ姿に、魔眼は魔導印の消滅を捉える。シアがやったのだろう。どうやったのかは謎だ。
「あいつら、村は襲わないのか?」
「よく言い聞かせたから大丈夫よ」
そういうものか。だがもしその時が来たら、対処すれば良い。依頼は注視しておこう。
林を出て周遊馬車に乗る。御者は縛られた男を見て、またか、と呟いた。レゾン市内では珍しくない光景のようだ。
日も大分傾いて来ており、遠く見えるレゾンの壁に太陽が沈もうとしている。
「オレは最近までフレアリザードを従魔にしていたんだ」
走り出した馬車。西日を受けながら〈従魔士〉が語り出す。聞いたところで俺がこいつを組合に突き出す未来は変わらないが、リースへの説明は変わるかもしれない。
「フレアリザード、火炎系の亜竜ね。四足歩行の大きな蜥蜴で、中階梯の〈従魔士〉が従えていることが多いわ」
「そうだ。これでもレゾンじゃ少しは名の知れた冒険者だったんだ。……俺たちは無敵だった」
斜陽に照らされた横顔には懐かしむような悲しむような、言い知れぬ感情が浮かんでいる。
「オレの神託スキルは【分与】。レベルアップで得た自分のステータスをあいつに与えてた。俺自身は後衛に徹して、あいつを主体に戦ってたんだ」
レベル。ステータス。
そういえば、村の中でそんな言葉を聞いたことがあった。神託を受けてから得られる指標だとか。あまりアテになるものじゃない、なんて爺さんは話していたが。
この男は自身の持つ、そういった力をフレアリザードに与え、戦力としていたということだろう。
「ある時、オレはレベルアップで得た全ステータスをあいつに与えた。あと少しでフレアリザードが進化できそうな気配があったんだ」
「進化、ね。上位階梯の〈従魔士〉が従えている魔物はとても人が服従させられるものではないと思っていたけれど、そういう仕組みだったのね」
「そうだ! オレたちはそれで更なる高みに昇る! ……その筈だった」
男の傍らにフレアリザードはいない。野盗に身を窶した〈従魔士〉は、野犬という新しい従者とさえ切り離された。
「何があった」
頭を抱える男に先を促す。
「オレの前に『悪魔』が現れた……。あいつに会ってから、オレは……オレたちは……」
「『悪魔』……?」
「そう呼ばれる奴が昔からレゾンにはいるんだ! 会うだけで身を滅ぼすなんていう、最低の糞野郎だ。あいつは、フレアは! 次の日に潜ったダンジョンであっさり死んだ!」
抱えた頭をガリガリと掻き毟る。禿頭に爪の跡が走る。
ことの経緯は単純なもので、ダンジョン内で生成された罠に掛かり、フレアリザードは奈落の底へと落ちていった。暗い闇が満ちた穴の中からは一度だけフレアリザードの叫びが聞こえたが、それきり何もなく、従魔の反応も消えたという。
男によると中位の魔物が単純な罠に掛かることは殆どないという。
確かに、俺の故郷の獣でさえ、罠は常に警戒している。
……フレアリザードが落ちたのは、不幸な状況の重なりが回避を不可とさせたからだというが、偶然に任せた罠は三流だ。一連の事故が『悪魔』とやらの手管であるなら、罠へ追い込むための策略があったのかもしれない。
「あとはもう転落するしかなかった。自分を二の次にしてフレアに金を注ぎ込んでいたせいで、それまでに得たステータスも金も同時に失ったんだ……」
「結局、あんたの見通しが甘かったからじゃない?」
シアが断じる。身も蓋もないが、一つの真実でもある。男もそれが分かっていて、唇を噛み締めるしかない。これまでの名声も失い、野盗まがいとなったのも、こいつ自身の選択だ。
「だが『悪魔』は気になるな。どんな奴だった」
「それが、フードを被ってた上に距離もあって……。ただ、逆光の中でもたまに妖しく光る紅い目が特徴的だった」
「ふぅん……光を放つ紅い目、ね……」
何か思い当たる節でもあるのか、シアは少しだけ思案するように瞑目したが、振り払うように頭を振った。自ら言わないのなら何も聞くまい。
「確かに男だったのか?」
「低い声だったから、男だと思う。痩せてたが、背丈も俺やあんたより上だ」
光る紅い目を持つ長身の男か。気をつけた方が良さそうだな。
「あいつは言ったんだ、お前の一番大切なものを奪った、って……」
その結果が従魔の死だったわけか。
やがて会話も途切れた。馬車の窓の外は田園風景から市街へと変わる。周遊馬車はあらかじめ御者に伝えた通り、冒険者組合前で停車した。
黄昏も終わり、魔導灯の青白い明かりが街を照らしている。
組合の中からは大勢の声がした。窓から見える食堂兼酒場は一日の仕事を終えた冒険者たちで賑わっている。
「シアが入ったら騒ぎにならないか?」
「角のこと? 平気よ。見てみなさいよ、あの冒険者たちを」
窓の向こうのグループを指差す。狐のような耳を持った者、山羊のような角を生やした者、狼のような顔の者などなど……ヒト族とは異なる外見を持った者たちが楽しげに杯を交わしていた。
「さっきも言ったけれど、今時、魔族かどうかなんて実際のところは誰にも分からないのよ。もう失われつつある正確な知識を持っていたあなたが特別なだけ」
「そういうものか」
「でもバラしたら……」
俺ではなく、〈従魔士〉に凄む。目を向けられていないのに、チリチリと首の後ろに電撃が通るような錯覚。男の方は完全に青ざめていた。脅しの効果は抜群だ。首を縦に振るだけの人形になっている。
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