1章-9節 はじめての依頼③
『依頼主あっての冒険者です』
リースはそう言っていた。冒険者組合に寄せられる依頼は、確かに俺たち冒険者の飯の種ではある。だが、その依頼の先には人々の生活がある。
野犬の増加はリースも危惧していた。理由の切れ端を、俺は今掴みかけているのかもしれない。
「悪いが、全滅させてもらうぞ」
対処ではなく、攻撃に移る。
正面で唸る野犬の軍を、魔眼の俯瞰視点を利用して一頭ずつマーキング。横陣は三枚だ。中でも魔眼の示す最も強力な個体が最奥の三枚目で待機している。体格も大きく、群れのボスか、それに準ずるものだろう。
最初から群れ全体を相手取るよりも、上位個体を仕留めて各個撃破を狙った方が効率的だ。この距離ならばギリギリ射程内――。
「氷凍地槍!」
地面より伸び上がった無数の氷柱が上位個体を串刺しにする。掲げ上げられた死体が即座に凍結し、血の雪を降らせた。
群れに動揺が走る。どうやらヤツが司令塔で間違いなかったようだ。しかし短気に逃げたり攻めたりもせず、全体がこちらを警戒しながらじりじりと後退するのは、何らかの訓練を受けた動きのようにも感じる。
まずは依頼達成のために、適当なもう一頭を氷凍地槍で仕留める。そして残りの群れはひとまず泳がせることにした。
マーキングは済んでいる。魔眼でいつでも追跡可能だ。被害の根を絶つためにも巣まで案内してもらうとしよう。
野犬たちは俺から一定の距離を取ると、しばらく警戒したのち、反転して一目散に逃げ去っていった。
「行ったか」
周囲からの敵意が消えた。魔導領域を解除し、警戒レベルを下げる。
追う前に、野犬の亡骸から討伐証明部位――耳を切り落とさなければならない。それにいくら害獣といえど、死体をそのままにするのも忍びない。埋めてやるか……。
「ん? この印は……」
作業を進めていると、最初に倒した一頭の右耳の裏に妙な印が刻まれているのを見つけた。
痣や怪我などではなさそうだと注視していると、魔眼が印に込められた魔力を捉えた。
視界には『魔導印』なるものであることが表示され、印には従属と身体能力向上の効果が込められていると告げてくる。
「……なるほど、これで野犬を操って」
探してみれば、他の二頭の身体にも同じ印が刻まれていた。
この野犬被害の増大には何らかのスキルを持った何者かが介入している、ということだろう。
だが、近隣の村の田畑を襲って何を……?
嫌がらせ目的か愉快犯か。あるいは従属の魔法を使用できる魔物の仕業か。いずれにせよ、捨て置けない理由が増えた。
「行くか……」
死体は地面に浅く掘った穴に並べて埋め、三つの耳は氷漬けにして背嚢に放り込んだ。依頼達成の条件は満たしたが、勿論帰るわけにはいかない。
魔眼は逃げ去った野犬たちの行方を正確に掴んでいる。今はこの林の奥地で合流し、留まっているようだ。さすがに魔法の射程からは外れているのでここから仕留めることはできないが、追うことは容易。ただ帰りのことも考えると、あまり時間をかけていられない。
念のため【魔導領域】を展開しつつ、木々の間をすり抜けて進む。落ち葉や地面が凍結し、俺自身の痕跡が垂れ流し状態だが、追う立場ならば問題ない。帰りの目印にもなる。
やがて木々の合間から朽ち果てかけた小屋が見えてきた。地元住民の休憩小屋か、資材置場だろう。一見すると使われていないようだが、周りの草木が踏みつけられており、複数人の足跡もある。どうやらここが真犯人の拠点のようだ。
魔眼の望遠を発動させて、様子を見る。
小屋の周囲は開けており、先程の野犬たちがたむろしている。木漏れ日の中にポツンと立つその小屋は、半ば以上地面から伸びた蔦に侵食され、最早家屋としての機能は有していないように見える。
――中に何者かがいるのだろうか。
魔眼にも透視機能までは無いようで、念じてもそんなスキルは発現しない。あるいは魔導の腕が足りないのか。
いずれにせよ、屋内の様子は窺えない。あまり近づくと周囲にいる野犬に気づかれる。【魔導領域】も一箇所に留まればどんどん凍結が進んでしまうため解除した。
「お腹すいた、わ――ーっ!!」
バァンッ! と、小屋の扉が吹き飛んだのは突然のことだった。バラバラに砕け散った木製の扉は自然に還るのも早いだろうなんて、益体もなく浮かんだ。――いや、そうではない。
細い脚が地面を穿つように歩み出る。怒り心頭といった様子だ。まぁ腹が減れば苛立つのは分かる。苛立った末に余計な体力を消費したと後悔するまでが、よくある俺の中の一連の流れだ。――いやだから、そうではない。
あまりにも非常識に登場したのは藤色の髪の美しい女。まだ少女といっても差し支えないかもしれない。女の様子に野犬どもが怯えている。どうやら奴がこの群れの女王らしい。
無論、その頭上に王冠を戴いてはいない。
だが、その額からはまるで刃のように鋭い、黒色の『角』が二本、突き出ていた。
ヒトに近い姿を持ちながら、ヒトとは絶対的に異なる。かと言って魔物ではない。敢えて言うならリースのようなエルフに近く、そして隔絶するほどに遠い種族。あれは――
「魔族……」
角を持つヒト型の種族は少なくないが、黒色で刃状の角を持つ種族は俺の知る限り唯一つ。『魔族』のみである。
家にあった古代の歴史書に曰く、魔導に愛されし種族。魔界からの使者。黄昏を招く者。そして同じく家の書架にあった宗教書においてははっきりと、『人類の敵』と称される者。
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