1章-9節 はじめての依頼②
四十年も前のことをよく覚えているなと感心する。実際、エルフとヒトでは脳の作りが違うのかも知れない。
ま、それはそれとして。
冒険者となったのだ。危険は避けて通れないだろう。俺のジョブでは生産系に特化する、というのも望めない。何より、討伐系は報酬が高いのが魅力だった。
「野犬の駆除、これを受けよう」
「わかりました。手続きしますので少々お待ちください」
対象地域は先程リースが示したようにレゾン郊外、南西に位置する。
この街は中心地に主要な施設や機関が揃っており、逆に外周、特に門から遠く、壁に近い位置ではまだまだ自然が目立つ。……という昨夜グレイブから聞いた話を思い出す。
「ネーヴェさんにはこんな忠告無用かとは思いますが、討伐は必ず対象地域で行ってください。討伐依頼では、冒険者と依頼人は直接関わらないので、ズルをする人がいるんです」
「……わかった。気をつけよう」
全く、ロクでもないことを思いつく者がいたものだ。
――そんな想いが態度に出たのか、リースは困ったように苦笑する。彼女は長年組合職員として様々な人々を見てきた。その中に少なからず、不正を働く者もいたのだろう。
リースが不正の手段を皆まで語らないのは敢えてのことだろう。俺に真似されたくない、というよりも、口に出すのも嫌だ、ということだと思う。
「依頼主あっての冒険者ですので」
一つ、添えられたその言葉が、俺に確信させた。
彼女の善意は、依頼主に向いている。今回の件で言えば、例えば別の地域――それこそ人里離れた地で、野犬の群れを見つけて大量に仕留めれば、それだけで多くの報酬を得ることができるだろう。
だが、それは依頼主にとって全く意味のない、無駄な金を冒険者組合に支払うことになる。問題は全く解決せず、生活だけが困窮するのだ。
効率的なのと不正を働くことは違う。俺は物事の効率化は好きだが、不正を働こうとは思わないし、できることなら正したいと思う。
そう伝えると、リースはゆっくりと首を振った。
「いいえ。つまらないことでネーヴェさんの手を煩わせる訳にはいきません。依頼主のアフターケアを行えば、不正は自ずと明るみに出ます。そうした時に、担当した冒険者へ罰を下すのも私たちの仕事です」
来る者も去る者も問わないが、留まる者にはそれ相応の責任を求めるということか。
「肝に命じておく。故意ではないにしろ、至らぬ点があったら言ってくれ」
「はい、喜んで。……でも、ネーヴェさんは殊勝な人ですね。私は長く、色々な人たちに出会ってきましたが、貴方ほど嘘偽りなく、真に冒険者たろうとした人はかなり珍しいです。みんなにも見習ってほしいものですね」
「理由は、昨日も言ったろう」
言うと、リースは小首を傾げた。人々の歴史が眠る記憶野を高速で検索しているようだ。
「「生活がかかってる」」
リースの回答と俺の解答が一致したところで、二人で吹き出してしまうのだった。
◇
リースから諸注意として色々言われたが、最後に一番重要なこととして彼女は言った。
『必ず、生きてここに戻ってください』
重みのある言葉だと思った。幾人の冒険者が、彼女の元に戻れなかったのか。知り得る術はない。
「さて――」
レゾン南西部。
冒険者組合を出た俺は市内を周遊する定期馬車を利用して、昼過ぎに目的地に到着した。辺りは民家もまばらで、秋の収穫が終わった田畑が広がっている。風に乗るのは土の臭い。これも全て壁の内側だというのだから、レゾン防壁の威容が知れるというものだ。
馬車を降りて、リースから貰った地図を頼りに進むと、目的地には意外に早く着いた。
「目的は野犬三頭以上の討伐。証明部位は右耳」
民家も途切れ、視界の先には鬱蒼と生い茂った林がある。最近人の手が入っていないのか、伸び放題の草木が元より細い道を覆うように広がり、奥へと続く道は見通せない。
何より鼻についたのは糞尿の臭い。野犬が縄張りを示すために自らの臭いを付けているのだろう。間違いない。討伐対象はこの林にいる。
足を踏み入れると、何処からともなく遠吠えが聞こえてくる。道の先にある茂みが音を立て、何者かが動き出したと知れる。
「気配は多数。油断はできないな」
まだ姿は現さない。警告しているのだろう。これ以上の侵入は許さないと。
「しかし、許さないのはこちらも一緒だ」
依頼文によるとこの野犬の群れ、夜な夜な人里に繰り出しては畑を荒らしているらしい。そのため住人たちは迂闊に外を歩けないという。
俺のように狩りの経験があったり、戦闘系のジョブを授かったりしていれば別だが、力を持たない者にとっては野犬であっても十分な脅威となる。噛まれれば病気になることだってあり得る。
周囲を警戒しながら、更に進む。すると、遠吠えがピタリと止んだ。音を立てて揺れていた草木も静まり、野犬たちの気配が消え失せる。
どうやら俺を敵と見なしたようだ。本気で仕留めに来る、その前触れということだ。
やけに統率のとれた動きだ。群れの長が優秀なのかもしれない。だからと言って、むざむざと獲物になってやるつもりはない。
「魔導領域、展開」
口に出すと、魔力がイメージに従って動き出す。
――マリアーヌを護衛する中で、彼女は俺の魔力の特性を珍しいと言った。それがマリアーヌによって、スキル『魔導領域』と名付けられたものだ。
通常、魔力とは体内にあり、使用時に身体の外へと溢れ出る。しかしマリアーヌによると、俺は常に自身の魔力で身体を覆っているのだという。確かに神託を受けてから肌の感覚が鋭くなった気はしていた。どうやらジョブやスキルによるものではなく、魔力による知覚の増幅――新たな感覚器を得たことによるもののようだ。
同道の最中、回復系の魔導士であるマリアーヌに言われるがまま、身体を覆った魔力を大きく広げる訓練を積んだ。彼女はその手の魔力操作の達人だった。回復系の魔導士はそれくらい繊細な魔力操作を要求されるのだという。
それにより、俺は身体の外に魔力を貯蔵し、更に無形の第六の感覚器の基礎を習得することができた。そこに至り、この【魔導領域】はようやく使用に足るスキルとなった。
――俺の意思によって動き出した魔力が地面を這うように伝わり、俺自身を中心にして円形に霜が降りていく。
体内で練り上げた魔力を放たず、周囲に循環させる。俺の属性に染められた魔力が周囲を侵食……具体的には凍結させていく。これだけでは大した攻撃性能はないが、感覚器の代わりとなり、巡る魔力は俺が命じれば一瞬の間もなく形を成し、攻撃へと転じることができるのだ。
「さあ、どこからでも来い……!」
その声が聞こえたのかは不明だが、後方から大きな音がした。奇襲だ。
――どこからでも来い、と言ったのはただの気勢ではない。三歩程度の距離ではあるが、広げた領域が網となり、全方位からの攻撃に対応できる。見えている攻撃の対処は容易い。
俺の首筋を食いちぎらんと大口を広げた野犬は、突如伸び上がった氷柱に正面から突っ込んだ。哀れにも喉を貫かれ、絶命する。
魔法を発動して目減りした【魔導領域】に体内から魔力を流し込み、感知範囲を維持。これまで戦ってきた多くの獣と同様、俺を取り囲むように展開するかと思ったのだが……野犬たちは仲間の一頭がやられるや否や横並びに陣を組み、先へ通そうとしない。
どうやら俺は餌ではなく、侵入者とみなされているようだ。道の先に何かがあるのか……?
野生動物を相手にしているとは思えない、不自然なほど静かな戦場。十頭以上が横陣を組み、機を窺ってじっと身構えているなど、まるで人間のようだ。
あと二頭倒しさえすれば、依頼は達成となる。死体から右耳を切り取るくらいは難しくない。
だが、今感じている違和感を、このまま捨て置いて良いとは思えない。
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