1章-9節 はじめての依頼①
「ネーヴェさん! おはようございます」
「ああ、リースか。おはよう」
冒険者組合の朝は非常に混み合っていた。
多くの冒険者が、朝に依頼を受けて夕暮れ時に達成報告をする、という毎日を送っているのだろう。俺の想像に反して規則正しい生活をしている。
――かく云う俺もそうだ。
朝一から冒険者組合を訪れ、先程から貼り出された依頼を眺めていた。
が、依頼書という見慣れない書式に目が滑り、受注するための条件が分からない。まさかどんな依頼も無条件に受注できる、ということもないだろうし、などと悩んでいるところに後ろから声をかけたのがリースだった。
周囲の冒険者がギョッとしている。冒険者とは思えない美少女が冴えない小僧に話しかければそうなるか。リースも偉いみたいだし、普段は冒険者の目に触れないのかもしれない。まぁ、知ったことではない。
「すまん、聞きたいのだが……依頼の内容は分かるが、それを受けるにはどうしたらいいんだ?」
「依頼の受注ですね。少し話しましょう」
混み合っているホールから、客のいない食堂のスペースに連れられる。ここでは依頼が見えないのだが……などと思っていると、リースが細い肩に提げたポーチから水晶板のようなものを取り出した。水晶板は背面は磨りガラスの様に加工されており、一見して何に使う物か全く分からない。
「これに今ある依頼を表示できますから、一緒に見ましょう」
言うが早く、リースの指先が青白く光る。そのまま水晶板の表面に触れると、俺が見ていた依頼も含めた一覧が表示された。
「おぉ……便利な物だな」
「はい。試験運用中ですのでまだ私しか持っていませんが、大変便利ですよ」
このエルフの女は、色々と面白いものを持っているな。昨日の魔力を測定する装置も自分で作ったのかもしれない。神託スキルは【魔導具作成】だと言っていたことだし。
「まずネーヴェさんは、昨日登録されたばかりなので、全て一階梯ですね。ですので、一階梯の全依頼と、二階梯の一部を受注することができます」
「全て一階梯、というのはどういうことだ?」
冒険者組合には、階梯、と呼ばれる階級制度があることは知っていたが、それが複数に分かれているとは知らなかった。俺の知識では腕っぷしが強ければ階梯を上げられる、というものでしかなかったのだが。
「依頼は、討伐系、採取系、探索系、生産系、運搬系、護衛系の六つに大別されます。二十年前は、全てをひっくるめて階梯として管理していたのですが、ちょうどその頃生産系に特化した冒険者が現れまして」
「討伐や探索といった依頼は受けず、ただひたすら生産系の依頼を受けた、とかか」
「はい。結果としてどんどん階梯を上げてしまい……高階梯というだけで災害時に無理矢理引っ張り出されてしまった、なんてこともありました」
どの世界にも専門家はいる、ということか。そんなに生産活動が好きなら職人組合に属せば良かったのでは、と思うが冒険者組合でしか望めない何かがあったのだろう。
二十年前、階梯という制度が見直された。先の六つに分かれ、依頼の分類に応じて対応する階梯が評価されるようになった。それにもまた良し悪しがあったが、制度改変による混乱はやがて落ち着き、定着したという。
「本質が危険を伴う生業である以上、強さというのは大事です。強い者が階梯を上げやすく、名声を得やすいのも事実です。ですが、人には様々な能力がある。単純に戦闘力が高い者もいれば、品質の高い品物を製作できる者もいる。医師、職人、商人の枠組みに収まらなかった者が、冒険者組合の門戸を叩くことは珍しいことではありません。冒険者組合は来る者を拒まず、去る者を追わない。全ての冒険者が活躍できる場を用意することが、私たち組合職員の務めだと思っています」
ニコニコと語るリースだが、彼女には強い思いがある。言葉は決して嘘ではないだろう。
「さて、前置きが長くなってしまいましたが、ネーヴェさんの現状はお話しした通りです。いずれかの階梯を特化して上げることも、全てをこなすこともできます。あとは、貴方がどう生きたいかによります」
水晶板に映し出された一覧がこちらに向けられる。どれも一見すると簡単そうだ。例えば大型ネズミの駆除だったり、薬草の採取と納品だったり。一階梯向けだからだろう、報酬も微々たるもので、グレイブの宿一泊にも満たない見返りしかないものが多い。
レゾンには困りごとを抱えた住民が多いらしい。だが今の俺は、完全な善意で動くことができない。
装備は消耗品。であるならば、日々の暮らしで収支が釣り合わない依頼を受けることはできないのだ。僅かずつでも貯蓄できなければ、いざ金が必要になった場面で人生を詰む可能性さえある。
「なるほど。費用対効果が大きいのは、このあたりですね」
俺の方針を伝えると、リースは水晶板を手早く操作して一覧に絞り込みをかけた。残ったのは十数件の依頼。主だったものが討伐系であり、どれもレゾン市内での依頼だった。とはいえ、レゾンは壁に囲われているくせにやけに広いのだが。
「害獣の討伐か」
「最近急に依頼が増えてきましたね。このあたりの郊外エリアでは野犬が増えてきていて、時々怪我人が出ています」
水晶板には地図と依頼が一緒に映し出されている。リースが指差したのは外壁のほど近くに広がる田畑と林のエリアだ。
「それは、何かの予兆か?」
山では環境変化の予兆として獣たちの異常行動が見られることもあった。異常行動の後には猛烈な吹雪や大規模な地殻変動が起きたこともある。逆に何も起きなかったこともあるのだが。
「……正直なんとも言い切れません。四十年以上前ですが、新人の方が初依頼でネズミ駆除に行ったら、隠されたダンジョンから出てきた魔物に出くわした、なんてこともありましたから。不測の事態はどんな依頼にもあります」
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