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最弱と呼ばれた〈氷雪士〉――その力は誰も知らない  作者: 鐘守偉俱
1章 最弱、冒険者になる

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1章-1節 神より最弱を託される②

氷雪士(さいじゃく)、か……」


 神託を受けた祭壇の前で、溜め息と共に本心が漏れ出た。寒さに息が白く煙る。思わず空を仰ぐ。崩れ落ちた屋根の穴の向こうに、真昼の月が二つ、晴天を泳いでいる。

 近年、街の方では既知のジョブやスキルを順位付けする風潮が蔓延っている。専門の業者まで誕生する始末だとか。

 少し前に麓の村にまで出たときに聞いた話によると、俺の託された〈氷雪士〉というジョブは、世間様の評価の低い、つまり順位の低い、所謂外れジョブ。

 氷雪士と書いて最弱と読む。

 山を降りた街ではそんな常識さえあるという。


「……仕方がない。幸いにも俺には【魔眼】がある」


 なんとか気を取り直し、無人の教会を出ることにした。

 軋む扉を開け放つ。

 なだらかに傾斜した雪の道には一人分の足跡。登ってきた俺のものだ。

 陽光を照り返す雪原。その先には分厚い雲を敷き詰めた雲海が広がっている。

 雪原のところどころには雪が盛り上がっていた。高山の上層にあるこの村では、斜面に沿うように家が建てられている。坂の上から見下ろせば、必然、それは雪が隆起しているようにしか見えない。

 ……実際、人が住まなくなって久しい住宅は、ほとんどが雪の重みで潰れている。それはもう、雪原の一部と成り果てたものだ。

 八つ当たりのような思考を捨て、帰路に足を踏み出す。

 身も凍る冷たい風が周囲の雪を吹き散らしたのはその時。あまりの強風。吹き飛ばされそうになるのを身を屈めて耐える。

 視界が真っ白に染まり、上も下も分からなくなったのは一瞬だったのか。山特有の突風は心にも冷たい風を運んでくる。

 突発の吹雪が止み、視界が晴れた先には異物のように白い巨体の姿。


「最、悪だ……」


 白い蒸気の息を吐き散らし、煮える瞳でこちらを見据える白き巨体は、この辺りを縄張りに収めた『熊』だった。視線には怒気。おそらく、自身のテリトリーに侵入した不届き者に怒り心頭なのだろう。

 自然と身体に震えが来る。

 期待と失望、そして恐怖。

 胃の中で渦巻いている負の感情の群れを生存本能で無理やりにねじ伏せて、何とか前を向く。

 奴に名前などない。

 村の人間が俺一人だけとなってから、これまで幾度と無くやり合ってきた相手だが、決着がついたことはなかった。いつも俺が逃げ帰る結末だったからだ。それも、十分な罠と退路を確保しての戦いだったから逃げ切れた。

 奴も俺の住処を無策に襲ったりはしなかった。だからこそ、これまで命を落としていなかったのだ。

 しかし、遂に縄張りの拡大――俺の領土を侵攻することに決めたのだろう。あと一日だけ待ってくれれば俺の撤退で事が済んだものを……。

 かぶりを振る。嘆いても仕方がないのだ。

 今の俺は独りだ。誰も助けてなどくれない。

 ……現状を整理しよう。

 今、手持ちに罠はない。退路は熊の先。今、武器と呼べるものは家から持ち出した護身刀のみ。刃渡りはせいぜい俺の腕と同程度。肉を貫くにも足りない。

 ……分かっていたことだが絶望的だ。ここで死ぬ運命を覆せるようには思えない。

 白熊は今にも駆け出さんと四つ足を突いて構えている。雪上であろうと関係ない。ヤツならば瞬く間に間合いを詰めるだろう。

 どうにかしてやるしかない。覚悟を決める。

 これまでに培った狩猟術と今手に入れたばかりのジョブとスキルで、生き残るしかない。

 護身刀を抜き放つ。鍔のない柄から伸びる刀身は鋭いが、熊相手には無いよりはマシな程度。


「来い!」


 返答は身の竦むような雄叫び。そして雪煙を巻き上げる突進。

 白い体毛に覆われた巨体が雪の中でぶれる。保護色もあって動きを捉えきれないと感じた時、今までに見たことのない視界が表れた。雪が白煙となって広がる中、熊の輪郭を正確に捉える視界表示。

 【魔眼】スキルだ。

 俺に備わった第三の目が早速効力を発揮している。

 四つ足の突進はそのまま体当たりへと移行。俺の数倍はある質量が加速を伴って眼前に迫る。

 寸でのところで横っ飛び。足場の悪い雪の中に着地。熊は俺の背後にあった教会の扉を突き破り、屋内へ侵入。

 このまま走れば逃げ切れるか。

 そう思った瞬間、屋内からの強い踏み込みが聞こえ、なりふり構わずに再度横へ跳ぶ。

 轟音。教会の壁を突き破った熊が、俺の元居た座標に大振りの一撃を叩き込んでいた。あんなものが当たれば、首から上が雪原の先まで吹き飛んでいく。

 蒸気の息を吐きながら立ち上がる熊。距離を空けたにも関わらず、見上げるほどにデカい。

 ゆっくりとこちらを向き直る巨体。その視線に心底からの恐怖を感じる。

 寒さのせいでは震えなくても、恐怖で指先が痺れるようだ。

 教会の屋根から滑り落ちる巨大な氷塊が熊の頭に直撃するがビクともしない。こちらを見据える目は一瞬の揺らぎもない。

 分かってはいたが、身体の耐久力が違いすぎる。おまけに分厚い体毛と脂肪で刃を深く通さない。

 弱気な思考が頭を占める。

 ――それでも、やるしかない。

 熊が破砕した入り口から教会の中に駆け込む。熊はすぐに追ってくる。

 第三の目たる魔眼が、俺の死角を補う。背から迫る凶悪な爪の一撃を床に飛び込んで何とか回避。前転しながら立ち上がり、熊と正対。護身刀を右手に構える。

 巨獣が気勢を飛ばす。牙から涎が飛び、四足の突進。

 嚙み千切る顎の一撃を左に回避。瞬間、熊の脚が急制動。突進力を回転力に変換し、風を孕んだ左掌が振り抜かれる。掠めただけでも意識が刈り取られる一撃をしゃがみ込んで回避。そのまま転び出てすれ違いに護身刀を振るうも、浅い。左体側に僅かな出血があったが、ほとんどダメージにならない。

 熊はすぐに追撃を開始。凶悪な牙が生え揃う口撃の連打。どこを噛まれても致命傷だ。必死で避け、返す刀で傷を付けるが全く止まらない。手に入れたばかりの【魔眼】スキルを全開で働かせて何とか回避できている。昨日までの俺であれば既に六度は死んでいた。

 巨獣の突進からの右腕振り降ろし。空ぶった右掌が床を破砕。どころか、教会全体を揺らす。梁から降り注ぐ氷柱。熊は平気でも俺が当たれば負傷する。慌てて後ろに跳んで引いたところに、再びの突進が来る。

 まさか、俺の回避を狙ったのか。

 俺の足が浮いた一瞬を狙い、瞬発力だけの体当たり。


「ぐっぅぅ!!」


 低空に弾き飛ばされる身体。祭壇を突き倒し、壁に掲げられた十字架の下に打ち付けられる。

 為す術もなく背中を打ち付けた。肺から空気が強制排出。痛みが後からやって来る。それでも立つ。立たなければ死ぬ。

 熊の猛突進。

 加速を伴う巨体の質量は、山の上から落ちてきた巨岩と比べても遜色ない。受ければ押し潰されて死ぬ。

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