1章-7節 冒険者登録②
「ほら、名前とジョブとスキル、書いたぞ」
名前:ネーヴェ・サタールンタ
神託ジョブ:〈氷雪士〉
神託スキル:【魔眼】
お世辞にも綺麗とは言えない字が書かれた黒板を情報部門室長は恭しく受け取る。
「ネーヴェさん、ですね。私はリースと申します。ジョブは〈情報管理師〉スキルは【魔導具作成】。冒険者組合の情報部門室長をやっています。見ての通り、エルフです」
お返しとばかりに自らの情報を矢継ぎ早に開示し、立ち上がって右手を差し出した。その小さな手を握り返すと、華のような笑みを浮かべる。元々可憐な顔立ちだが、笑顔は更に華やいで見えた。
「冷たい手ですねぇ」
「〈氷雪士〉だからな」
「ほら、黒板もキンキンですよ」
板の裏に頬を当てたリースはなぜか楽しそうだ。自分では分からないがかなり冷えているらしい。
「それで、血はどうする? どれだけ必要なんだ?」
そして報酬のサポートとはなんだ、と聞きたい気持ちは抑える。
「その話は医務室へ行ってからにしましょう。まずは仮の――ではないのですが、魔力紋登録を済ませてからです」
リースに押し出された水晶に触れるが、何も起きない。これで良いのだろうか?
「あれ……?」
首を傾げている。思った結果ではないらしい。ペシペシと水晶を叩いている。叩く度に発光しているから、それが正しい反応なのだろう。
ということは――。
「俺は、ロスト、なのか……?」
「そ、そのようですね……?」
「いや、だがそれはおかしい。俺は魔法を使うことができるぞ」
魔力を指先に集め、カウンターの上に氷を作り出して見せる。透明な球体は間違いなくそこに生まれた。
「え……今、どうやりました?」
「魔力で氷を作っただけだが」
転がる氷を不思議そうに眺める。いくら最弱と言えど、〈氷雪士〉が氷を作り出せないなんてことはないだろう。それでは移動式製氷機の名折れだ。
「確かに、この氷には魔力が篭ってますね……。ですが、私には魔法の発動を知覚できませんでした」
「……? どういうことだ?」
「わかりませんが……。ちょっと、今の状態で水晶に触れてみてください」
やってみると、水晶が光った。
「認証できてる……。ネーヴェさん、もしかして貴方――」
「な、なんだ?」
眉が吊り上がり、ジッと翠色の瞳が迫ってくる。顔の造形が美しいばかりに、やけに迫力がある。
「――ロスト、一歩手前、ではないですか?」
「一歩手前?」
「はい。極端に魔力量が少ないとか……。この魔導具は体外に漏れ出た魔力を検知する魔導具なんです。魔法発動後に反応したということは、その残滓を捉えたのかなと。もしくは、普段は魔力が表に現れない体質なのか……」
自信なさそうだ。確信はないのだろう。
正直他人と比較したことがないから分からないが、普通はもっと多く持っているのかも知れない。氷を出した後なら反応したことだしな。戦闘時にも魔法を使うと時々頭痛や脱力に襲われていた。あれはやはり魔力が少ない弊害なのだろうか。
「ま、そうであっても問題はないだろ」
「そう、ですね……。失礼しました。――ともかく、ネーヴェさんは血流紋登録者、第一号として私が個人的に色々便宜を図ります。他の方には内緒ですよ?」
声を潜めるあたり、本当に便宜を図ってくれるのだろう。〈最弱〉としては有り難い。
「しかし、第一号とは思わなかった。本当に誰も血流紋登録をしていないんだな?」
「以前に一度、説明会を開いたのですが、それが余計に良くなかったみたいで……。デメリットに尾ひれが付いてそれはもう、酷い噂になってます。曰く『血流紋登録をすると組合に洗脳され、一生こき使われる上に呪われる』とかなんとか」
「あんたも、登録用の血を〈呪術士〉に渡せば呪殺できるとか言ったじゃないか」
「いやー……。実はそれも噂の一つでして」
苦笑しながら、面目ない、と頭を下げた。
洗脳されたり殺されたりするのは御免だが、それが根も葉もない噂であるなら取るに足らない。それよりも「便宜を図る」の内容が重要だ。
「ともかく、魔力紋の登録は完了です。認識票は明日以降お渡しします。次は採血ですので医務室へ向かいましょう。ついて来てください」
リースに連れられてやって来たのは、清潔感のある白い部屋。換気中らしく、窓から入った柔らかな風がカーテンを押し上げていた。
そこには一人の男が机に様々な道具を広げ、なにやら作業をしているようだった。
扉が開け放たれているのでリースは壁をノックする。
「ランス先生、宜しいですか?」
「おや、リースさん。はい、構いませんよ」
ランスと呼ばれた男性。振り向いた姿は、初老といって差し支えない。眼鏡をかけた柔和な顔立ちで、非常に人好きのする印象だが、身体の芯は常に張り詰めている。まるで歴戦の勇士のような……そんな風にも見えた。
「遂に血流紋登録者第一号が見つかりまして! 先生には是非採血をお願いしようと思ったんです」
「それは、おめでとうございます。では、こちらの方が?」
目が合った。吸い込まれるような黒い瞳が見つめ返してくる。優しげな顔の造形。勇士と思えたのは、気のせいだったろうか。
「僕はランス・ワンダラー。もう一線は退いた身だけど、冒険者組合のお手伝いをさせてもらっている」
ランス・ワンダラー……?
どこかで聞いたような名だが……。
どうも物語の中の人物と実在の人物の名前が交錯しており、中々記憶と結びつかない。俺の悪い癖だ。
「――俺はネーヴェ・サタールンタ。今日レゾンに着いたばかりの冒険者志望だ」
「よろしく、ネーヴェ君」
ランスは立ち上がって右手を差し出す。線が細く、背もあまり高くない。風にさえ揺れそうだ。だがその手を握り返すと、意外なほど力強く、厚い掌をしていた。
「ああ――昔は医師組合に所属しながら、冒険者をしていたこともあってね」
俺の様子を見てとったのか、頬を掻く。僕は大成はできなかったと、自嘲気味に呟いていた。
「ランス先生が冒険者組合に登録してから、もう随分経ちますね」
「リースさんはその頃からお変わりなくて羨ましいですよ」
リースは懐かしそうに微笑む。ランスにとっては相当前のことなのだろう。エルフは総じて長命だという本で得た知識は、間違っていなかったようだ。
彼女の外見はどう見ても十代の少女なのだが、実年齢はランスよりも更に上なのだろう。
「ヒトの社会で暮らしていると、仲の良い人もみんな先にいってしまうので、寂しいですけどね」
そう言って苦笑する顔は、やけに大人びて見えた。このエルフにも、この街で暮らしていかなければならない理由があるのかもしれない。――俺のように。
「それで、採血は?」
他人の事情にあまり首を突っ込むつもりはない。雑談を始めそうな二人に釘を刺す。
「そうだったね、じゃあ始めようか」
ランスが慣れた手つきで準備すると、採血はすぐに終わった。小瓶に三本採られた血液を、リースが光にかざしてしげしげと眺めている。
こんなものでいいのかと少し拍子抜けした。もっとドでかい注射器が出てきて限界まで絞り取られる可能性も考えなかったわけではないのだが。
「ネーヴェさん、ありがとうございました。登録にはかなりの時間を要すると思いますが、済みましたらご連絡しますね」
「分かった。俺はグレイブという男の宿にいるし、ここにも頻繁に顔を出すつもりだ」
「グレイブさんのお店ですね。わかりました」
そうしてランスとリースを残し、医務室を後にする。
ホールまで戻るとにわかに活気付いていた。徐々に冒険者たちが集まって来ているらしく、食堂の方も盛り上がっている。
窓から差し込むのは赤光。東の空からは夜の帳も迫っている。冒険者組合への登録は済み、今日の目的は達した。依頼を受けるのは明日にした方が良いだろう。
色々あって気疲れもした。
宿へ戻るとしよう。




