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1章-7節 冒険者登録①

「冒険者組合は表通りを真っ直ぐ行った突き当りにあるよ。……それにしてもお客さん、見違えたな」


 俺の外套を洗って干してくれていたグレイブに声を掛けると目を丸くされた。誰だ? と目が語ったが、質問内容からすぐに思い至ったらしい。

 自分でもわかるほど小汚かったのだ、他人から見たら印象の違いは相当だろう。俺としても苦笑いを返すしかなかった。

 グレイブに礼を言い、冒険者組合を目指す。夕暮れまでにはまだ時間がある。表通りもまだ人で賑わっていた。


「ここ、か……」


 整備されたレゾン中心地より、少しだけ北に進んだところに、それはあった。真新しく巨大な四階建ての館、という印象だ。冒険者たちが大きく活躍したという『大冒険時代』も終わりを迎えつつある昨今においても、この街の冒険者組合は隆盛を誇っている。

 入ってみると、内部は閑散としていた。冒険者も少なければ、常駐しているらしい職員も数人しかいない。冒険者は依頼で出払っている時間帯なのだろうか。

 併設されている食堂兼酒場に目を向けると、客は一人だけ。赤ら顔でジョッキを傾けている。一足先に今日の仕事を終えたのだろう。


「冒険者としての登録をしたいのだが」

「組合への加入ですね。少々お待ちください」


 カウンターにいた金髪の女性職員は慣れた調子で応対する。実際、レゾンほどの都市ともなると多くの人間が集うので、慣れっこなのだろうか。

 ましてここは大陸でも唯一、市内にダンジョンがある街なのだ。多くの冒険者志望が訪れても不思議ではない。


「こちらにお名前を記入ください。必要でしたら代筆も承ります」


 少し待たされた後に差し出されたのは一枚の黒板と石灰の棒。よく見る筆記用具だ。板には大きく名前とジョブとスキルの記入欄だけが設けられている。


「これだけ、か?」

「はい。偽名でも構いませんよ。ジョブもスキルも、未記入でも、嘘でも構いません。必須項目は名前だけ。わたくしどもが貴方を呼ぶ際に使うものだからです」


 微笑みながら、この女性職員はなにかとんでもないことを言っている気がする。俺の疑問も、きっと多くの冒険者志望が抱いてきたものなのだろう。少女のような女性職員は、やはり慣れた様子で――まるで題目を述べるように説明を続ける。


「冒険者組合は、基本的には、来るものを拒まず、去るものを追いません。さすがに王族や重犯罪者は除外しますけどね。――ただ、我々は一度加入した者を決して忘れません」

「名前やジョブ、スキルの情報しかないんじゃ、同じ人間と判別するのも、難しいんじゃないのか?」


 忘れないなんて、できることじゃないだろう。どうやって管理するつもりなのか。


「そうです。なので、もう一つだけ登録してもらうものがあります」


 言いながら取り出したのは、台座に乗った水晶と、金属製のカードだ。


「これは魔力紋の測定と登録を行う魔導具です。魔力紋は、指紋の魔力版だと思ってください。識別率はなんと驚異の98パーセント! この魔導具が、貴方を、貴方であると証明します!」


 何やら興奮してきたらしく、声が高まっている。押し売りのように若干身を乗り出してくるのはなんなのか。

 以前本で読んだことのある、魔導具オタク、というやつだろうか。

 俺の引き気味な態度に気づいたのか、金髪職員は尖った耳を少し赤くして恥じた。困ったように苦笑いを浮かべているが、それは俺がすべき顔だと思う。


「と、とにかく……この魔導具を使って貴方の情報を組合とこのカードに登録します。このカードは組合からのプレゼントで、貴方の認識票(ドッグタグ)です。主な用途は身分証ではありますが、……察してください」


 冒険者は死亡率の高い稼業だ。死んだ時に残す物がなければ、遺族の存在さえ分からない。そういうことだろう。

 誰のものとも知れない、遺品と思われる物を山で拾った俺にとっては身近な話だ。となれば、あの荷物の持ち主は冒険者ではなかったのかもしれない。


「ちなみに、識別率98パーセントなら、残りの2パーセントはどうなるんだ?」


 俺自身が2パーセント側の人間かも知れない。俺が俺として識別されないのか、俺が他人として識別されるのかは謎だが、日銭を稼がねばならない立場で、冒険者組合に加入できないのは困る。


「それは、かなり特殊な事例です。魔力紋は個人の様々な魔力的性質――簡単に言えば生まれ持った魔力の属性、型、揺らぎ、流速、密度などを総合して判別したものの総称です。それが全く同じという『人間』は、はっきり言ってしまえば、存在しません」


 では何故100パーセントではないのか、というと――恐らく人間を強調したことに理由があるのだろう。


「ええ、お察しの通りです。非常に――本当に稀ですが、自らと同一の、自我を持った分身を作り出すスキルを持った冒険者がいます。また、これも一人しか確認されていませんが、全て同一の魔力紋を持つ――いえ、魔力を持った人型の『人形』を量産できるスキルと技術を持った職人もいます」

「稀とは言え、他にもそんな強力な技能を持った人間が、冒険者全体の2パーセントもいるのか……?」


 冒険者界隈とは、恐ろしい世界だ。俺からしてみると、職員の挙げたような者たちは化物と言っても相違ない。一人が大軍になるスキルなどは武力ではなく軍事力だ。


「まさか。今挙げたような方たちは、これまでに数例しか確認されていません。あとの人たちは、そんな規格外スキルを持った人とは、ある意味対極に位置しています」


 女は言葉を切った。生まれた沈黙を、哀れみのような何かが埋める。


「彼等の多くは、魔力を持たずに生まれた人です」

「……なるほど。魔力がないんじゃ、魔力紋では識別できないな」


 魔力なし――俺の読んできた本では、ノーマジとか、ロストとか呼ばれていた。

 魔導全盛のこの時代、魔導具は人々の生活を大きく革新させた。だが、その魔導具の多くは使用者の魔力があってこそ稼働するものだ。魔力を持たない――それは文明から見放されたと言っても過言ではない。


「そうなんです。だからロストの方々は身元引受人がいなければ冒険者にはなれませんし、一人で依頼を受けることも達成報告をすることもできません。――今のままでは」

「今のままでは? なにか彼等を彼等と識別できる方法があるのか?」


 少し興味が湧いてきてしまった。本題からはだいぶずれていることは自覚しているが、この女性職員の話はなかなか興味深い。俺が話に乗ると向こうもノリノリで話してくるあたり、憂慮しているのだろう。

 困った人を助けて回る趣味はないつもりだが、そこに生活の糧があるのなら首を突っ込むのも悪くはない。


「個人を識別する技術には、魔力紋識別の他に、血流紋識別、というものがあります」

「それは?」


 促すと、我が意を得たとばかりに語り出す金髪。大興奮らしく、尖った耳は真っ赤になっている。――今更だが、彼女はエルフ族なのだろう。

 ともあれ、彼女の話はこうだ。


「――つまり、血流紋識別とは人間の血液によって、登録者を100パーセント判別する技術ということか」

「まぁ……そうです」


 長々と小難しい話を要約すると、こんな結論に行き着く。血中に存在する塩基が、などと言われても本で齧った程度の知識しかない俺には分からない。

 そして女性職員は酷くつまらなそうな顔をしていたが俺の知ったことではない。


「確かに魔力のない人間はいても、血のない人間はいないな」

「血も涙もない人間はいますけどね」

「誰が上手いこと言えと言った」


 したり顔の女に呆れながら、この話の行き着くところを探す。


「で、その血流紋識別の被験体になれという話か?」

「いいんですか? 私が〈呪術士〉に貴方の血液を売ったら、好きな時に呪殺されてもおかしくありませんよ?」

「やめていいか?」

「まぁそこは私を信用して頂いて」


 にへらっと笑うこんな女を、信用できる筈がない――とは思わないでもないが、腐ってもレゾンという大都市で冒険者組合に所属しているのだ、社会的信用は高いと見ていい。


「完全な善意なんてものはこの世にはない」

「報酬は弾みます」

「乗った」

「……現金な人ですね」

「生活がかかってる」


 それに、完全な善意の方が信用ならないだろう。誰しもが相手にそんなものを期待しながら、誰も持ち合わせていない。だから、人は知っている。完全な善意など存在しない。

 善意の裏には必ず思惑がある。見えぬ思惑よりも、分かりやすい見返りを要求した方が、相手も安心するというものだ。


「ですが、残念ながら私の個人的な研究でもありますので、お金の面ではあまり弾めないと思います。それでも、私にできるサポートは惜しみません」

「なんだ、そうなのか……」


 それはとても残念だ。てっきり大金が手に入って早速レゾンでの生活基盤が築けるかと思ったのだが、物事はそう上手く運ばない。

 あからさまな落胆を態度で示してしまい、女性職員は苦笑いしている。その上で、更に、と続けてくる。顔には生真面目な真剣さがあった。


「先ほども言いましたが、血流紋の登録には貴方の血液が必要です。まだ開発中の技術なので、登録にはかなりの時間が掛かりますが、もちろん、組合への登録は魔力紋による登録で代用できます。ただ――」

「ただ?」

「……登録者にとって無視できない問題があります」

「それは?」

「通常、冒険者はスキルを隠します。手の内を晒すことはしない。それが彼等の処世術です。組合もそれを咎めたりはしません」


 つまりは、そういうことか。


「血流紋は、神託スキルなど、所持スキルの全てが冒険者組合に開示される、というわけか」

「……研究の副産物なのですけどね。血液から魔力的痕跡を読み取る際に、習得したスキルが判明してしまいます。もちろん、敢えて調べようとしなければ良いだけなのですが、取得可能な情報であるということに変わりはありません」

「なるほど。……だったら承諾する冒険者は少ないだろうな」

「はい。それでも、このことを黙って勧めるのは倫理に反しますし、黙っていたことを知られたら組合の信用は地に落ちますので」


 冒険者の大多数はなにも未踏地域の発見に夢や希望を抱いている者たちではない。彼等の本質は言ってしまえばゴロツキであり、後ろ暗い者たちだ。冒険者組合はそんな者たちの最後の受け皿なのである。

 そんな脛に傷のある者たちが、自分たちの力の全てを、ほぼ無償で、組合に晒すとはとても思えない。


「――だが、構わない。別に開示して困るものでもないし、俺は〈最弱〉だからな」

「勿論、冒険者組合の情報部門室長として、貴方の情報は厳重に管理します。けれど、何事も絶対ではありません」


 この少女のようなエルフ職員は意外にも高い地位にいるようだった。


「有能そうなあんたが全力でサポートしてくれて、最善を尽くしてくれるなら文句はない。こんな俺の協力で技術革新が起こるのなら、誇らしくもなるさ」


 冗談まじりに言うと、深く頭を下げられてしまった。調子が狂うな。

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