4章-13節 大きな火種
「また群島が見えてきたな」
そして、時折影のように横切る何者かの姿。あれも魔物だろう。
「やっぱり、何もないところよりは、浮島があるところに集まるわね」
早くも戦闘態勢に入るシア。右手に持った短杖の先端に雷を纏わせている。空気の爆ぜる音は非常に心臓に悪い。
「近づかれる前に焼き払えばいいのよね」
笑顔のシアによって生み出された巨大な紡錘形の雷撃が群島に飛翔する。見ようによっては馬上槍だが、大きさは桁違いだ。青白い光が俺たちを照らし出した直後には、遠くに見える群島へ向け凄まじい速度で放たれる。それは雷撃の流星。まき散らされた残滓が周囲の空間さえも焼き切っていく。
雷槍は浮島の一つを丸ごと飲み込むように直撃すると、盛大に爆発した。周辺にいた魔物は避難が間に合わずに蒸発させられる。いくつかの魔石が奈落からの光を反射させながら落ちていった。
「乱暴だな……」
「先制攻撃よ。いい加減、ちょっかい出されるのも嫌になってきたわ。他に冒険者がいたら出来なかったでしょうけど、そんなこともなさそうだったし」
巻き込まれて死なれたら罪に問われても仕方ない。とはいえ、今の一撃で証拠は消滅しているだろうが……。
群島を根城にしていた魔物たちが、怒り心頭の様子で次々に姿を現す。とはいえ、かなりの遠距離からの奇襲だ。望遠の魔眼で見えているだけで、肉眼ではまだ米粒程度にも見えない。連中も俺たちを見つけているわけではないようで、種族同士で固まって、互いに威嚇し合っている。
「戦争の火種を投げつけたわけだ」
ついに抑えられなくなった翼竜の一団が、白蛇にブレスを浴びせかける。どうも、今の雷撃が白蛇の仕業だと勘違いしている様子だ。
「狙ってやったのか?」
「違うわ。わたし、雷嵐系の魔法が好きなだけよ」
そんなことだろうとは思ったが、得意げに胸を張って言うことだろうか。
ふふんと鼻を鳴らすシアに呆れつつも、しかし仲違いの効果は覿面だった。翼竜のブレスに白蛇が雷弾で応戦している。互いが互いを喰い合い、数を減らしていく。
「魔石がもったいないわね。ここが不人気なの、魔石を回収しづらいのもあるわよね」
「だろうな。あれを拾って金にするには労力がいる」
奈落からの陽光を照り返し、魔石は落下していく。一際大きいのを見つけて目を向けていると、濃霧が魔石の輝きを遮った。いつの間にか発生した浮島の粒子が立ち上って来ている。魔石はもう見えない。
「浮島が破壊されたから、また粒子が出て来たわね」
「最初に破壊したのはシアだけどな」
今も翼竜と白蛇が争い、次々に浮島が破砕されていく。蛙の樹も砕かれ焼けてしまっていた。そんな状態になっても動かない生態のようだ。
「今のうちにここを抜けましょう。なんだか嫌な感じがするわ」
「同感だ。視界が悪いのは困るしな」
ただ、一息に下へと進むには空を飛べるシアに運んでもらうか、飛び降りるか、氷の滑り台による滑走しかない。
「ひとまず、ネーヴの魔法でいきましょう。その代わり、迎撃は任せて」
「了解した。シアは自分の足で行けるか?」
「……………………うん」
なんだか葛藤があったようだ。抱きかかえるのは別に苦ではないが、俺に遠慮しているのだろう。
「それなら、ついて来てくれ。なるべく危なくないようにする」
氷の滑り台を形成。中途にある浮島を経由はするものの、何もない空間であっても昨日より遠くまで伸ばせる。これも魔力の封印が解かれたことによるものか。これなら魔法が間に合わずに宙に射出されることもないだろう。
そして昨日とは違い、シアと手を繋ぐ必要はない。俺は滑走路を作ることに専念し、シアには後追いで迎撃に力を注いでもらうとしよう。
「よし、行くぞ!」
靴の裏で滑り出す。最初は角度をつけすぎず、徐々に加速していく。
やがて身体は風を切り、耳孔に竜巻が発生しているのではと思うほどの轟音が響いてくる。更に傾斜をつけ、ほとんど落ちるような勢いにまで加速すると、すぐ後ろのシアの声も聞こえない。魔眼で後ろを見ながら様子を伺うのみだ。
シアは慣れないであろう氷の上を魔力噴射の制御で巧みに滑り降りてくる。抜群の身体能力と魔力制御だ。この魔族には、出来ないことの方が少ないのかもしれない。
浮島群が近づいて来た。相争う二種の魔物がはっきりと視認できる。数では翼竜が上だが、一体あたりの力は蛇が勝っている。どうやら互角の争いのようだ。だからこそ、これまで争わなかったのだろうが、火種が放り込まれてしまった今では、燃え尽きるまで止まらない。
翼竜は上層で見かけた種と鱗の色が異なる。上層の個体は浅葱色だったが、中層のここでは深緑。よく見れば、額から頭部にかけて短い角も生えている。どうやら翼竜ではあるが、別種の魔物らしい。
「Gyyyyyyeeeee!!」
けたたましい翼竜の鳴き声。直後、叫んだ個体の正面に魔力が集中。魔法の発動。
どんな魔法か見極めようとしたが、気づいたときには蛇がズタズタに引き裂かれていた。輪切りにされた胴体が落下していき、途中で魔石に変化する。不可視の魔法攻撃だった。
ブレスや爪での近距離攻撃に加えて、不可視の中距離攻撃。それも、正確な射程は不明だ。
その上、翼竜は数も多い。蛇の雷弾の一撃で撃墜されていくが、群れでの攻撃力は圧倒的だ。どこから湧いてきたのか疑問を覚えるほどに集まり、白蛇の群れを取り囲んでしまっている。それでも一方的な狩りにならず、雷撃をまき散らして迎撃している白蛇もまたやはり強力な魔物だ。
まだ気づかれていないのが救いだ。いずれかが、あるいは両方ともの注意がこちらに向いたら危険すぎる。
時折、俺たちが通る空間を球状の雷撃がゆっくりと通り過ぎていく。
流れ弾だろう。そう考えたところで、今度は素早い雷撃が後方の滑走路を破壊した。
誘導性がないので狙ってはいないはずだが、当たればただでは済まないことに変わりはない。肝が冷える思いで、浮島群に突入する。シアも幾分かは真面目な顔でついて来ていた。
魔物同士の戦場は避け、連中の死角を繋ぐように駆け抜ける。激戦は続いていた。包囲された白蛇が寄り集まって放電し、翼竜の攻撃を寄せ付けない。どころか、一点突破を図っている。刻一刻と変化する戦場で、二種の魔物が覇を競っている。
これなら行けるか。そう考えたところでまた、ゾッとする魔力が遥か彼方に出現した。
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