4章-12節 二日目の朝
逆さ天空、二日目。
中層上部。
「周囲に魔物は、いないな……」
魔眼は本当に便利なスキルだ。
特に俯瞰視点は死角を補うにも使えるし、こうして壁越しでも周囲を窺える。これだけでも十分に強力だというのに、他にも様々な機能が発現する。このスキルがなければ乗り切れなかった場面がいくつもある。神託ジョブの運は悪かったが、スキルは最高のものを引き当てれた。
キャンプの入口を塞いでいた氷を払う。奈落から差す陽光に、煌びやかに消えていった。
「ここ、日は沈まないのね」
「ずっと照りつけているな」
俺の時間感覚では、まだ早朝。だというのに、下からの光は真昼のそれだ。
「……あら。見て、ネーヴ」
シアが上を指さす。その先に目を向けると、遥か彼方――ほんの小さな隙間に薄紅の空が見えた。望遠の魔眼を発動すると紫がかった雲がゆっくりと流れている。どうやら朝日か夕日が差しているらしい。
「この大穴の外には、他に光源があるみたいね。となると、下からのこれは、なんなのかしら」
「少なくとも、太陽ではなさそうだな」
熱を持った光。それは照りつける日差しとなんら変わるところはない。差す方向が逆なだけだ。
ただ、動きがないとなれば天体ではないだろう。太陽を映し返す超巨大な鏡でもあるのだろうかと思ったが、まずその太陽が出ていないか。
考えても謎は深まるばかりだ。正体は不明だが、気をつけて先に進む他ない。俺たちの目的はあくまで素材の採取。この地の謎を解き明かすことではない。
「それじゃ、今日も張り切っていきましょう」
「ああ。今日もよろしくな」
声をかけると、満面の笑みで頷く。こんなに感情豊かなシアが、数年前は人形同然だったとは、とても信じられない。
……いや、今考えることではないな。
余計な物思いを振り払って歩み出す。
今は粒子の霧が晴れ、かなり遠くまで見渡せる。これならば、奇襲にも対処しやすい。下方は浮島の密度も低く、上空には時折翼竜の姿も確認できる。あれはシアが調伏した種だろうか。
「――また足場が崩れているわね。この先はこんなのばかりね、きっと」
キャンプから少し進むと、早速障害。足場は壁ごと抉られたように消失していた。
「また戦闘の跡かしら」
「何かが爆発してクレーターでもできたか」
壁には半球型の大穴。真横から抉られたようにも見える。
「翼竜のブレスじゃなさそうね」
「あれはもっと穿つような跡になるな」
広範囲を抉り取るようなものではない。炭化の跡も見当たらないし、蛇のものでもないだろう。何か別の要因であることは確かだ。
「考えても仕方ない。先へ進もう」
「そうね。どうする、また跳ぶ?」
「ああ。幸い、今日は視界がいい」
シアの魔法によって重力から解き放たれる。俺はまた、氷刻厖掌によって飛翔し、シアは自身の力で飛んでいく。シアは俺の移動方法を把握したからか、重力をゼロにはしなかった。体重が十分の一程度になった感覚だ。
「ネーヴも空を飛べばいいのに」
穴を飛び越え、先に降り立ったシアの隣に着地すると、そんな無茶な言葉を投げられる。
「そんな簡単に言うようなことじゃないだろ」
そうかなぁ、なんて首を捻っているが、飛行魔法も扱い方を知らないし、魔力噴射の反作用で吹っ飛んで行けるほどの出力も俺にはない。というか、指向性を持って魔力を噴射する術を知らない。
「まぁネーヴの魔力って粒子が大きくて流速出しにくいものね」
「……ちょっと何を言っているかわからないな」
魔法を使うときに魔力の粒子なんて意識したことがない。
「追々勉強していきましょう」
時折見せる教師の顔からは、出来の悪い生徒を更生させる生きがいを感じる。案外、冒険者よりも魔導の先生の方が向いているのかもしれない。
話しながら、足場を下っていく。
上層では一応二人が並んで歩ける程度の幅があったが――危険なので並んで歩くことなど無かったが――徐々に狭くなってきており、ここに来ると一人がやっとだ。しかも、時折大きく崩れている箇所もある。
「これは、帰る方が大変だな」
クライミング用の装備もあるが、周囲の魔物を全滅させなければ使えないだろう。
「いざとなれば、その辺の翼竜をひっ捕まえて飛んでもらうしかないわね」
恐ろしいアイデアだった。従魔スキルのあるシアだからの物言いだろうが、俺としてはそのスキルの存在が怪しい。
「それにしても、朝は魔物も寝てるのかしら」
今日も、地上でいえばまだ真っ暗な時間から動き出した。起き抜けのシアのボサボサ頭は相変わらずで、どうやら寝るとそうなるらしい。そしてやはり手櫛で直る。
軽く朝食を済ませたあと、次の目的地を決めてすぐに出発している。
「確かに全く見かけないな。やつらの生態は謎だな。獣との区別が難しいのもいるし」
「わたしが習ったのは、なんらかのスキルを持っていること、なんて曖昧な定義だったわ」
「例えば、翼竜の吐くブレスはスキルなのか?」
「違うと思うわ。たぶん、生態からかけ離れた能力をスキルと呼ぶのよ。ネーヴの魔眼も、普通の人間は持たないでしょう」
「なるほど。つまりは俺も魔物か」
「そうね。それなら神託を受けた人間はみんな魔物になる。だからこそ、『人間以外の、スキルを持つ生物』って、されてるわ」
どこまでが生態としての能力になるかは、生物学者でもなければ分からない。ただ、冒険者をやっていてその線引きが重要になる局面は殆どないだろう。
「人間が魔物だったら教会あたりが発狂しそうだな」
魔物は魔族の遣いとしていたはずだ。それが自分たちも魔物だと言うなら、教会組織が破綻する。
「月の魔族にとっては、ヒト族こそが悪魔の化身で魔物だ、なんてことも言っていたわよ」
人間の定義さえも決めごとでしかない。
それでも俺たちは人間であり、あるいは魔物でもあるのかもしれない。
そんな他愛のない話を交わしながら進む。時折足場から奈落を覗き込むが、やはり果てなど見えない。途中に浮島があるはずなのに、翳ったりせず目が眩むほどの陽光が差すのは、それだけ強い光だからか。あるいは別の要因か。
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