4章-11節 ネーヴェの過去 ――在りし日
「壮絶だな……そんなことして、魔族は残ってるのか……?」
「わたしの教育をしていたあいつらはヒト族憎しの急先鋒だったから、その派閥だけを狙ったわ。本来、わたしは強力な味方だもの。ある程度、施設や拠点の位置も把握していたのよ」
一つの組織に対して軍事行動並みの損害を与えたようだ。凄まじいことこの上ない。それでも、聞いて胸のすく思いだった。膝を抱えていたシアも、いつの間にか晴れやかな顔をしている。
「――しかし、よく月からこの星まで来れたな。シアは宇宙を超えられるのか?」
「ううん。やっていないけれど、多分難しいわ。さすがに距離があり過ぎるもの。大気がないのは宇宙もエルデの地表も同じだけれど、さすがに身一つで宇宙を超えようとは思わないわ」
さすがのシアにも不可能なことはあったか。聞いて逆に安心する。しかし、ではどうやって?
「フォール邸ダンジョンの隠し部屋で転位装置らしきものを見たでしょう。あれに似たものがエルデにもあるのよ。旧時代の遺物で不安定な代物だけど、それを使ってこの大陸の東の方に跳んできたのよ。勝算の低い賭けだったけれど、成功してよかったわ」
しかも、一方通行の転位装置だという。月への移動や転移はシアであっても不可能となると、二度と故郷の地を踏まない覚悟だったのだろう。時折見せる郷愁は、あるいは月を――エルデを想ってのことかもしれない。
「それが、五年前のこと。それからいい人にも悪い人にも会ったけれど、レゾンで最大級のお人好しに出会って、今に至るわけ」
「お人好しはお互い様だろ」
出会って間もない俺のために身を呈したのはシアの方だ。
「そうね、なんでだろう。今まではそこまで人に肩入れしてこなかったけれど。…………きっと、楽しいのね、ネーヴといるのが。だから、もっと楽しませてちょうだい」
「シアは前向きだな。魔力を失っても楽しいと思えてるなら、俺も少しは救われる」
「そうね。じゃあネーヴは、一日一回面白いことを言わなければダメよ」
「なんだその強制は」
ケラケラ笑う。本当に、楽しそうに笑うやつだ。
「わたしの話はこんなところよ。ネーヴに話せたら、なんだかスッキリしたわ」
語り始めた時よりも表情が和らいでいる。最後には笑顔になれる程度に、割り切れていることなのだろう。負担でなくて良かったと安心する。
「それで、俺の話もした方がいいか?」
「もちろんよ。鼻垂れネーヴの話も聞かせてちょうだい?」
期待してるみたいだが、そんなに面白いものじゃないと思う。
「……俺は、あの山の村で――クンデ・ベレス村で最後に産まれた子どもだった。村の中じゃ、歳の近い子ども四人だけ。俺を入れて五人が、村の最後の世代だった」
今は遠く離れてしまった雪景色を思い出す。村は年中雪に覆われていたが、それでも胸を温める記憶。
「よくケンカばかりしたよ。どうも俺は頑固者だったようでな。子どもの社会に軋轢ばかり生んでいた」
「ネーヴらしいわね。あなた、正論と感情の区分けが苦手でしょう?」
「よくわかるな……。でもそうなんだ。一方で、正論を口にしながら、もう一方では感情で行動する。自分勝手なやつだったよ」
それは今も変わっていないのかもしれない。
「他の子どもたち――兄や姉たちによく見放されなかったと思うよ」
あの山の村人は全員が家族みたいなものだ。憎らしく思いつつも、末っ子の俺の面倒を見てくれていたのだろう。
長兄でリーダー肌のアウリ、優しくて怒ると怖い長女のクー、仲良しだった次女のヴァロ、いつも冷静な次男のタハティ。
親は違えど、全員が俺の兄であり、姉だった。
みんな、元気だろうか。
「わたしは、村のお兄さんやお姉さんの気持ちがわかる気がするわ。ネーヴの正論や感情は人を傷つけない。わがままを通すために振りかざすものじゃない。そうね――わたしの予想だけど、言ってしまえば、村の小さな『正義の味方』だったのよ」
「どうだか。疎まれていた気しかしないが」
「そんなわけないじゃない。村人全員で五十人にも満たない小さな村だったのでしょう。そんなところで疎まれたら生きられるはずないもの。それに、みんなが村を出るときにネーヴを誘ってくれた人がいるはずよ」
断定的な口調に面食らう。蒼玉の瞳には呆れと僅かながらの怒り。どうやら失言だったらしい。
「……たしかに、いたよ。それは、村の子たちの両親や、本人たちだった」
「でしょう。それ、同情じゃないわよ。子どもの方がシビアにものを見ることだってあるわ。本気で疎まれていたら、自称憎まれっ子のネーヴを誘うはずないじゃない。みんな、あなたが必要だったのよ」
そういうものかと呟くと、そういうものよ、と笑い返された。シアには敵わない。
「……いつも五人で遊んでいた。アウリが棒を持ってみんなを引っ張ってたけど、本当のリーダーはクーだったな。俺はいつも必死にみんなの後ろを追いかけてた。ヴァロが俺の手を引いて、タハティが少し先で待ってくれていた。それこそ、鼻を垂らしてクーには面倒をかけてたかな」
あの頃に魔眼があれば、四人を追いかけて走る自分の姿を見れたかもしれない。
みんなの背中ばかりを見ていた。俺の記憶に残る兄姉たちの姿の多くは、行く道を駆ける小さくも大きい背だ。
「やがて、みんなは親に連れられて村を出た。そして最後まで残ったのが頑固者の俺だ」
シアはどこか羨ましそうに微笑んで聞いてくれていた。それもまた、姉のような笑みだと思った。
「村を出た人たちはどうしてるの?」
「わからない。村の外からは手紙も届かないくらいの田舎だからな。直接会う以外に、連絡手段がないんだ。みんな、無事でいればいいが」
今となっては俺も村を出ている。誰がどこで何をしているか、掴むのは難しいだろう。
それを聞いてシアは何やら思案する。しばらくの沈黙の後、パッと顔を上げた。そこには、名案を思いついたと書かれている。
「じゃあさ、ネーヴが大声で言えばいいのよ。『ネーヴェ・サタールンタはここに、レゾンにいるぞ! みんな! 会いにこーい!』ってね」
――――――驚いた。
それは、リースにしか伝えていない、俺の真の目的だ。冒険者として名を上げ、いつか故郷の人たちと笑い合いたいと思っている。
「良い案でしょう?」
にっと、笑う顔に裏はない。リースが勝手に話すとも思えないし、屈託なく笑う様子は純粋に自身の思いつきを褒めているようだ。
「……ああ。本当に、良い案だ。俺もそうしようと思ってたところだ」
ああ、何故だか、無性に嬉しい。
仲間が――シアが同じ結論に達してくれたからかもしれない。
「ふふっ。協力するわよ、相棒さん」
俺の内心を知ってか知らずか。シアは優しく笑う。
「――ネーヴも、すっきりしたかしら」
「そうだな。話せて、良かったよ」
「実はお互いのこと、あまり知らないわよね、わたしたち」
「それでも、シアがいい奴なのは分かってるつもりだ」
「面と向かって言わないでよ恥ずかしい」
「おまえ、むちゃくちゃ真顔じゃねーか」
恥ずかしいと言うなら、ふりでもいいから少しは照れろ。
「ふふふっ。――さ、ご飯の時間よ、ご飯!」
「はいはい、ちょっと待ってろ」
早くも自分の鞄から夕飯を取り出しているシアを笑う。
凍結を払うと美味そうな匂いがキャンプを満たした。急速に腹が減ってくる。
「食べたら早めに休みましょう。ネーヴも疲れたでしょう」
「ああ、正直な」
戦闘が忙しい上に、魔力が持っていかれたり、シアと繋がりを得たり……魔力が増えたりした。色々あったでは済まない一日だった。
お互い空腹で、弁当はすぐに胃に収まった。ダンジョン内でも美味い飯が食えるのは幸せだ。グレイブには感謝し切れない。
「おいしかったわー!」
シアが口元に付いたソースを舐めとる。なぜか目を逸らしてしまう。
「やーらしーわね、ネーヴ」
目ざとい魔族め。
頬を染めてるあたり、同じことを――あの口づけを思い返させてしまったようだ。あの時、必要なこと、とシアは言った。となれば、あまり意識し過ぎても失礼だろう。
寝床を整える。と言っても、硬い地面に寝袋を敷くだけだが。
「ネーヴ、寝込みを襲ったらダメよ」
寝袋から顔だけを出してシアが言う。
「はっ。俺はまだ消滅したくないな」
鼻で笑ってやると、シアも笑った。
焚き火を挟んで、二人、横になる。
心地よい眠りはすぐに訪れた。
今回で100話目です!
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