4章-14節 混迷の戦場①
「ネーヴ、『雨』が来るわよ!」
一息で追いついたシアが告げる。分かっていた。あの呪いじみた液体の弾丸が競り上がって来るのを感じる。焦燥が一気に沸き立つ。背中を嫌な汗が伝う。脆い浮島の上であんなものを受けたらひとたまりも無い。
「ネーヴ、あそこ! 足場が残ってるわ」
「――! 分かった!」
混乱の極みに達した頭をシアの声が覚醒させる。
主戦場から離れて壁際を進んでいたことが幸いした。ここに至るまでに足場の多くは破壊されていたが、なんとかシェルターを張れそうな場所が残っていた。
滑走路を形成して急いで向かい、俺の氷とシアの防御結界でシェルターを構築する。シアの指示で足場も氷で補強した。
「この足場も損傷しているもの。たぶん、雨には耐え切れないわ」
確かに、形は残っているし、歩くだけならば問題はなさそうだが、あの高威力の弾丸を耐えられそうにはなかった。
「なんとか、間に合ったな……」
「お疲れ様。でも、すぐに来るわよ。気を抜かないで」
数秒後、『雨』と呼ばれる高圧高威力の液体の弾幕が、補強されたシェルターを叩く。響くのは雨音なんて生易しいものではなく、雪崩の中に身を置いたかのような轟音だ。
「ぐっ……上層よりも、威力が高いな」
「そうね。下へ行くほど、危険度も上がるってことね」
狭いシェルターの中。身を寄せていても、シアの声が遠い。音はなおも響き、恐怖をもたらす。
俺の最高硬度の魔法――氷縛壁柩によって作り出した氷は、翼竜のブレスをも弾く耐久力があるが、この『雨』には所々穿たれ崩れていく。シアが防御結界を敷いているため貫通することはないだろうが、生きた心地がしない。
俺は氷に魔力を注いで、補強を続けるしかなかった。弾雨に晒されながら必死に城塁を補強する籠城戦のようだ。こんなことを続けていたら精神が保たない。
――それでも、やがて轟音が過ぎ去る。雨の気配が止み、あたりには静寂が訪れた。
「終わったみたいね」
「ああ……」
シアも息を吐いた。俺は自分のことで精一杯になっていたが、シアも緊張していたようだ。
「出よう。中にいても、ここじゃ危険だ」
「あ、ネーヴ待って。足場の氷は、念のためそのままの方がいいわ」
「分かった」
シェルターの氷を解除し、外へ出る。
中層の景色は一変していた。
数え切れないほどあった浮島の群島が、今や蛙の木の欠片と浮島の粒子に成り果てている。濃霧が広がり、奈落から吹き上げる強い風にも揺れず揺蕩っていた。
翼竜や白蛇の姿は既になかった。直前まで争っていたが、避難したのか、あるいは『雨』に晒されて跡形もなく消えたか。
辺りには雨後の匂いが立ち込めている。
「蛙が来る。先を急ごう」
もぞもぞと動き出した木片が、徐々に蛙に変化していく。
やはり謎の生態だ。あの弾丸の如き『雨』を受けて活性化するなんて。あるいは『雨』の魔力を餌にでもしているのか。
氷の滑り台を作り出すと、上空から翼竜が舞い降りてくるのが見えた。見れば大穴の壁から這い出してきている。どうやら、壁に穴を開けてそこに避難したようだ。超火力のブレスがあればこその力技だ。
更に、俺たちの進路に立ち塞がるように白蛇の一団も現れた。こちらも無事だったらしい。しぶとい奴らめ。
いったん壁際に身を寄せて様子を窺う。
「挟まれたわ。嫌な位置ね」
「突破するしかないな」
群島もほとんどが消えた今、地に足をつけて戦うことはできない。壁際の足場は『雨』を受けて崩壊寸前。
結果、壁に氷を打ち込みながら気配を殺して進むことにした。少なくとも見つかるまでは、慎重に行きたい。
……が、翼竜の姿を見とめた蛙たちが騒ぎ始める。もはやパニックといってもいい。天敵なのだろう。
蛙の口から毒液の弾丸がデタラメに発射され、翼竜や蛇たちが大きく回避した。それでも避け切れず飛沫の一滴を浴びた翼竜がすぐに墜落する。死の痙攣。落ちゆく中途で痙攣は止み、二度と動かなかった。そのまま彼方へと消えていく。
「毒で死ぬと魔石にならないのね」
「心臓が破壊されているのかもな」
「こわい毒ね」
体表に付着しただけで巨体の翼竜を瞬時に死に至らしめる毒。人間に害の無いはずがない。近づくのも避けたい。
翼竜と蛇の争いに暴走した蛙が加わり、混迷の度合いが加速度的に増していく。致死の毒を持った蛙が見境なく暴走しているのもあり、収拾がつかないようだ。翼竜も白蛇も、向かいあった敵の対処で精一杯だろう。
「タイミングを見て一気に抜けよう」
改めて下方を確認。
浮島は『雨』に薙ぎ払われた。障害物はない。浮島の粒子が濃霧となって滞留している。視界は悪い。
「まさかネーヴ、また飛び降りるつもり?」
入念に下の様子を確認していると、シアが訝しげな声で問う。俺は頷きと共に答える。
「俺はシアと違って、下へ加速できないからな」
故に落下するのが最も速い。機動力は落ちてしまうが、悠長に滑り台を作ってはいられない。着地は氷を生み出してどうにか減速したらいい。
「ネーヴがなぜ無事に生きていられるか謎だわ……。下手したら、いえ、下手しなくても普通は死ぬわよ」
呆れた声だが、苦笑しているあたり止める気はないらしい。まぁ今更のことね、と納得し、腕を絡めてくる。
「失敗したらわたしがフォローするから、行きましょう」
「いつも悪いな」
「本当よ。無茶ばかりして」
姉のような笑みに、つられて笑った。優しさと心配が等分された笑顔だった。
魔物たちの争いは激しさを増して来る。蛙はかなり数が多い。炎や電撃に焼かれようとも次から次に溢れ出すのだ。力だけでは押し込め切れず、戦場の勢力図を塗り替えつつある。――今なら行ける。
「行こう。掴まっててくれよ」
「ネーヴも、離さないでね」
命綱なしの飛び降りに踏み出す。
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