始まりの街
夜。
「なんか...遠くね...?」
「いやあ、運動不足が祟るねぇ...」
ぜーはーぜーはー。足が棒のようになった運動不足×2。草原にへたり込んで息を吐く。
「そう言えば体力無限とかにはならないのな...俺の異能...」
「まあ、そのうちなるとは思うけどね...今は何と言うか、君の精神構造が外界に適応してない、ってのが大きいと思う。数年閉じ込められてたわけだし、そもそも違う星の環境だし」
「成程...な...」
「ちょっとここでキャンプにしよっか...このペースだともう一日くらいかかりそう」
うーん。仕方ないか。
「あ、倉庫の試運転も兼ねてテント張ろ?」
ああね。
「倉庫接続」
ぶん、と何となくホテルの洗濯物入れるシュートっぽい蓋が虚空に現れる。
「もうちょいなんかこう、デザインなかったのか?それっぽい装飾はされてるけど...」
「デザインしたの私じゃないよ。”鍛冶”君のアソビゴコロだよアソビゴコロ」
片言じゃねえか。
「そう言えば、お助けアイテム用意してくれたのはその”鍛冶”って神だっけ」
「そそ。どっちかと言うと現世と言うよりは天界の維持管理の方がメインだからね。料理危惧作ってくれたりとか。だから割といつも暇してるんだよね...だから頑張ってもらっちゃった」
天界は物が劣化しないらしいからな。フライパンとか一回作っちまったら終わりなんだろう。
なんか能力のわりに街の鍛冶師みたいなやつだな。
「よっと」
すぽんとシュートから逆に取り出したのは...まあ、何の変哲もないテントだ。一応魔物除けの効果があるらしいが...。
「コスト削減のためにちょっとデザインをこっちのテント風に変えただけの普通の品なんだよねぇ。一応ものとしては今まで存在した文明でイチバンいいなこれ!ってヤツにしたけど」
「まあしょうがない。拠点時空ともう一つが無法だし」
メインの持ち込みはその二つ...倉庫は拠点時空のオプション機能だ。
どういう条件なのかまでは知らんが、それ以上俺に持たせると不都合があるらしい。まあ、仕方がないと言う奴だ。それ以外は雑多な雑貨だな。正直スタートダッシュの為の側面が大きく、つーか現世の一般品が1000年耐用できる訳がないので、工作系やその資材は急務だな。
「そのもう一つの調子はどう?...あげておいてなんだけど...痛かったりしない?」
何を作ろうかな、と考えていると、理リムが殊勝な態度で...いや、本気で心配そうに聞いてきた。そっと触れるのは俺の胸だ。
多分、金属質の感触がするであろうそこには、もう一つの持ち込み品...拠点時空と共に、まさしく神器と言えるそれが収まっている。
「大丈夫だ。きっちりリクエスト通りに機能してるさ」
何人かの神の合作だと聞いたそれは、”心臓機構”と名のついたシロモノ。
「...俺の生命力を燃焼させて魔力や運動エネルギーを生み出す機構」
「まさかデメリット装備を要求してくるとは思わなかったよ。たしかに死も状態異常も効かない君はメリットだけを使えるようなものだけどさ」
心臓そのものに取り付いた...おぞましくも流麗な機械。
俺を殺しながら、強大な力を生み出し続ける...死なない俺にピッタリのアイテム。
「どうにも外的要因で死ねば一瞬で復活するっぽいからな。死なない程度の運用でも、ちょっと気が抜ける感触はあるがそれもすぐ元に戻ってるっぽいし」
体力とはまた別の計算と言ったところか。なんだろうな。筋肉疲労は乳酸が”溜まる”がこっちは生命力を”引き抜かれる”からとか、そんなもんだろうか。
「知ってるだろうけど君も痛みは感じるんだからね!今回は私含め痛く感じない様に頑張ったけどこの調子で軽く死ぬようなことしちゃだめなんだからね!」
まあ、俺も痛いのは嫌いだからな。...と。
「テント設営完了だ」
「おお、思ったよりおっきいね」
ただのテントではあるがたっぷり6人は寝れそうなサイズだ。
「飯は...」
「まあこれでいいでしょ」
だしっぱだった”倉庫”の蓋からリリムが缶詰を取り出す。
「結構あるとは言え、あまり浪費はしたくないがな」
「まあペース的に明日は街にたどり着けるよ」
そうだと良いな、と思いながら、二人そろって缶詰を貪る。
あっ意外と美味い。
「鯖のみっそに~」
何故だか赤い帽子を思い起こすテンポでリリムは缶詰の中身を食べていた。箸似合わんな。
....。
「さてヤろっか♩」
「おいこら薄い本みたいな雑な導入するんじゃねえ」
「ふふん、肝心の本番部分が書かれないから薄い本より酷いよ!」
「余計駄目じゃねえか!...あっちょ...クソ、やってやる、やってやるぞ!」
翌朝。
「...テント洗わねえとなぁ」
「やあ、後片付け考慮してなかったよ...」
まさか洗浄魔法を弾きやがるとはなあのテント。魔物除けとは聞いてたが魔法耐性でもあるんだろうか。
結局臭い寝床で寝る気にはなれず、只の野外情事する場としての活躍に終わったテントに合掌しつつ、拠点時空から外に出る。
「...つーか分身でって空しくならないのか?」
「神は遍在するってやつ。確かに分身で神の劣化ぼでーだけど、間違いなくこれは私なんだよ」
あっそう。...ふむ。まあ理屈は解らんが。それでいいのならいいか。
「ただ感性はちょっと人よりになってるから発情がひどいんだよね。いまもすっごいドキドキしてる」
「常時発情は人間と言うより兎の習性じゃねえのかな...つかいいのかよ。俺から迫っておいてなんだけど、俺で...。」
「神の恋愛は一目惚れがスタンダードだよ。多少会話があった分寧ろ遅いくらい」
「...初対面で好きです!ヤらせて下さい!みたいなノリなの...?」
「...ちょっとそれは言い方が悪いけど...うーん、否定できない」
すげえな神。何と言うか倫理観がないというか、貞操観念がないというか。両方人の概念だから神には関係ないということか。
「あ」
ふとリリムが何かに気付いた声を出す。
「ん?なにか居たか?」
辺りを見回すが、やはり何もいない。
...いや、がさりと音がした。
「初めての魔物、ってかんじかな。えっと2時の方向、野犬型が二匹、来るよ!」
がさがさ、と草むらの、他より少し背の高い辺りから二匹の犬が飛び出した。
「≪シールド≫!」
魔術としては初歩。前の星では戦闘用魔術はかなり制限されていたとは言え、防御系統は必修だ。
小学生ならだれでもできる防御魔術でしかない。魔法陣としてお粗末な、〇と△と◇と☆を重ねただけのそれを展開すると、薄青い半透明の膜がドーム状に貼られる。
「きゃいん!」「ぶきゃん!」
飛びかかろうとしていた二匹の犬は思い切り鼻っ柱をソレにぶつけて跳ね返った。痛そう。
「杖が要らないってのは悪くないな」
「”心臓機構”には便利機能を多く付けたから。攻撃魔術も使えるよ、制限なくね」
魔術の発動には魔力と、杖ないし、何らかの発動体が必要。幼稚園生ですら知っている常識だ。まあ俺自身元々魔力量は少なくはなかったが、今は魔力も発動も”心臓機構”一つで賄える。
攻撃魔術を制限する面倒な術式もついていない。違法だった、知識だけがあった攻撃魔術を大手を振って使うことが出来る!
「≪ボルトショット≫!」
半透明のボルト、つまりは短矢が構築した魔法陣から飛び出す。結構な勢いで射出されたそれは、十全に二匹の犬の頭蓋を貫いた。
...どころか貫通した。海軍的に言えば過貫通だ。でかでかと穴が開いてしまった。
「ふむ...?」
「あー、結構な威力だね。魔力込めすぎ?」
「そんなに込めてない筈なんだが...」
別に”心臓機構”を全力稼働させているわけでもない。なんなら体内魔力を普通に込めただけだ。
「じゃあ普通に君が強いのかな。魔法陣見せて」
「ほい」
発動しないよう鍵言に反応する点火式を引っこ抜いた陣を見せる。
「...これ自分で改良した?」
怪訝な顔で聞いてくるので頷く。
「ああ。二割くらい効率よくなってるはず」
「この効率化手法、適用が難しいけど、うまく行きさえすれば攻撃魔術だともっと効果高いんだよ。五割近い効率化が出来てる。...これ、よく自分で思いついたね...?」
「どこでも差し込めるように簡単に単一化してみただけだ。どれならいけるか色々試してたら”注入”の式が効いただけ。まさかとは思ったがな。...え、もしかして元の星ではない技術だったり?」
嫌な予感がして聞くと、神妙な顔をして首肯される。
「普通”注入”の術式をそんな応用に使う人なんかいないからね。これだけで一生遊んで暮らせるお金が手に入ったんじゃないかな」
後を考えると意味ないけどな。...ちょっと後悔。俺の発想くらいとっくの昔に踏まれたもんだと。
「...まあいいや。で、コレが魔物か。実物は初めてだな」
脳天が消し飛んでいるが...兎も角初めての実物だ。
しげしげと犬の死体を眺めてみる。
見た目は..正直只の犬だ。だが...何となく”異常”であることは間違いがない。
何せ、生物にあるはずの内臓が存在しない。脳天の穴からは一切の血が滴っていない。
何と言うか...3Dプリント肉とか、コンビーフとか、そんなイメージ。
「きもちわるっ」
「本質的にはウイルスと一緒だからね。多細胞生物...の筈なんだけど」
「うへえ...だが何と言うか。脳とか心臓がないなら...ちょっと穴空いたくらいじゃ動きそうな気もするが」
疑問を呈すと、リリムはうむと頷いて、徐に死体に手を突っ込んだ。
「えーっと、これと...ああこれだ。切り分けなくてよさそ。...よいしょっと。...君は見覚えある?」
そう言って死体から取り出されたのは...二つの石。片方は赤っぽい不透明の石で、もう片方は同じく赤いが、こちらは水晶の様に透き通っている。不透明の方は俺の魔術のせいだろう。下半分が砕け散っていた。
そしてそれに俺は見覚えがあった。とはいっても、書物や博物館において。手に取ったことは一度もない。
「魔石と...魔水晶か」
「そ」
「そう言えば魔物から採れたとか聞いたなぁ」
魔石と魔水晶。俺の星では遥か過去、魔物から採取されていた宝石。人工的な再現は実質不可能とされ、かの時代では非常に希少な物品となったもの。
「魔石が脳にあたるもので、魔水晶が心臓にあたるもの...もしくはその逆かな」
「どっちがどっちとかないのか?」
「私にもわかんない。素材の役割的には魔石の方がエネルギー供給で、魔水晶が魔術現象の演算なんだけど、魔物の体内での働きは不明って感じ。まあ普通の生き物なら脳や心臓があるってところを攻撃すれば弱点だよ。あとは物理的に間を切り離しちゃうとか。逆に言えばそうしなくちゃ動いてくるから注意してね」
めんどくさいな。
なお、中身の肉は兎も角外の毛皮なんかは素材としての価値があるっぽい。攻撃か防御に関わる器官はちゃんとあるらしい。火を噴くなら喉袋とか、こいつらなら感覚器官とか。だが外からは見えたが舌は機能していないらしい。
食事なしでも魔力を喰って生きているようだ。故に味を感じる必要はないのだろう。
「殺しに特化した生物、か...」
「まあそう言うこと。なにかに使えるかもだ仕舞っておこう。魔石と魔水晶は多分売れる...筈。経済わかんない」
まあ神だもんな。
...む?
「福神とかに聞けばわかるのか?」
「福神...?ああ、お金を司る神は居ないよ。幸福をもたらす...みたいなことが出来る神は一杯いるから、それが人の間で変質しただけじゃない?そもそも天界に通貨はないし」
成程。あくまで幸福の形が人間の中で金だったと。嫌な話だなぁそれ。
「まあそう言うことで最低でも魔石と魔水晶は持っていこう。私たちには今のところ使い道ないよコレ」
了解。
俺は魔物の死体を”倉庫”へ投げ込み、”倉庫”から適当な巾着袋を取り出して魔石と魔水晶をそこに放り込む。
「これで良し、と」
「あれ、そっちは仕舞わないの?」
「変に虚空からモノを取り出すのを見られるのも面倒だろう。そういう知識は無いか?」
「あー、漫画で見たね。変な組織から刺客が来るヤツ」
そ。お約束に従ってやる必要もないからな。
この星、この世界に慣れているわけでもないんだ。せめて序盤位は面倒ごとを少なく、安定したレベルアップをしておきたい。
最初の草むらでレベル10にしておくタイプなんだ。俺は。
そこからさらにてくてく歩くこと三時間。
おれ達は漸く最初の街とやらに辿り着いた。
「マジでクソ遠かったな...」
「縮尺マジックって怖いね...」
人目につかない場所に”降りる”必要があった以上仕方がないのは分かっているが...ひどいったら。移動手段の確保は必須かもしれん。
一息入れ、俺はその最初の街とやらを眺める。
少々造りは荒く、頼りない印象を持つが、それなりにきちんと作られた石壁。最低限と言うことなのか石積みの高さは3m程で、割と家の屋根が見えている。弓を上から射るためなのか木を使い、さらに2m程足場が組んであるが。
門は木製で、やはり最低限と言った簡素な趣。
最低限の防御力を確保しつつ、予算を削減した、といった感じだろうか。
だが、それに比して街の規模はそれなりと言っていい。視界が完全に開けているとは言えない以上、規模を推定するのは困難だが...円形であることから推測して、都市面積はざっと27ヘクタールにすこし届かないくらいだろう。
あちらの...面倒だから現代とするが。
現代の都市規模としては小規模この上ないが、中世の文明規模を考えるとそうでもないだろう。歴史にはあまり詳しくないが。首都ですらない街としてはそこそこ規模がある部類ではないだろうか。
察するにこの街は...
「あーっと、街の名前って何だっけ」
「ん、”イーリン”」
イーリンは魔物などの外的危険が少ないのだろうことが伺える。さらに言うならば、石壁の上にさらに木製の足場と言うのは、あくまで防ぐのは魔物のみ、と思われる。昔観光に行った場所では、石壁は12mほど積まれていた。この世界のそれがどうだか分らんが、弓やら投石器やらの驚異を考えるとそれくらいは必要な筈。それが隙間だらけの木製の足場、と考えると、敵の攻撃が届くのは3m以下。弓などは来ない。つまり人間に襲われることは考慮されていないのだろう。
「...行こうか」
「うん」
街門に近づいていく。
そのうちに、少々妙な気配を感じ取る。
「あれ、なんか妙に...慌ただしい?」
リリムの言う通り。
何か妙に落ち着きがないというか。場立ちって感じだ。
さらに言えば剣呑。門の周囲には突貫で造られた拒馬の様なモノが設置されている。太い丸太にさらにXクロスさせた丸太を配置し、その先を尖らせた簡易の障害物。木組みどころか縄で結わえられている辺り相当適当に作られているのが判る。
「リリム、一応”あっち”に撤退しといてくれ」
リリムの服装はドレスのまま。一応動くことに支障はなさそうだが、そんな問題ではない。貴族とでも勘違いされたら大変だ。
リリムも理解しているのか、反論もなくさっさと拠点時空に引っ込んだ。
「さて、と」
まあ、尻込みしていてはどうにもならんので、拒馬モドキの間を縫って門へと向かい。
そこに立っていた衛兵らしき二人組に話しかけた。
「ども」
よっ、と気さくな感じを意識し、片手を上げて話しかけた...のだが。帰ってきた反応は困惑だった。
「...何か変だったか?」
思わず聞くと、二人はぶんぶんと首を振った。
「いや、別に変ってことはないんだ。すまないな。だが、今に出入りがあるとは思わなくてな」
「ああ。今この街に近づくヤツがいるとはな」
ふむ?
「それはあの設置物に関係があるのか?」
振り返りつつ言うと、二人はさらに困惑を深めた。
「知らんのか?」
「...ああ」
二人は顔を見合わせる。
「...小奇麗なカッコしてると思ったが田舎者かお前。冒険者ギルドから通達があったはずなんだが...」
「...ああ。そのようだ。何しろギルドを見たこともない」
嘘、という訳ではないが適当にそんなことをいって誤魔化しておく。
ええい。やはり服装選択は間違えたか。
自分の格好を見下ろす。厚ぼったいチュニックに黒ズボン。一般的な服装...だとは思うのだが、何せしっかりと洗濯が行き届いている。
多少着古した様に汚れていた方が正解だったのだろうが。現代人たる俺は汚い衣服に抵抗があったのだ。
「ふむん?...まあいい。魔物だよ」
魔物か。
「それなら来るときに二匹程倒したが...」
なに、と二人が勢いよく身を乗り出してきた。
「「オークか!?」」
勢いに引きつつ考える。オーク。少なくとも現代では、豚頭の人型を指す言葉だったはずだ。犬とは関係ない筈。
「いんや。黒い犬だ」
二人は露骨に安堵した顔をした。
「なんだ。狂い犬か。ってことは”アースラ草原”の方から来たな。あそこを超えたら確かに村が幾つかある。開拓村もあるらしいし、そこら辺の出か」
「まあ外出にしちゃこっちは遠いがな。確か”リュースラ”の街の方が草原を超える間でもないし、近い。...とは言えこっちの方がでかいか。今来るにはリュースラの方が正解だが」
違いない、と笑う二人。
「ああ、悪い悪い。オークの大発生が起きたらしいんだ」
訝しげに見つめていると、衛兵の一人...大柄な男がそう言った。
大発生か。
「街の北東のノーザランド森林...お前が来た方向の左手だな。にある森の奥手で豚の王が発生しちまったんだと。ノーザランド森林に面した街は皆こんなだよ。数百規模らしいし...こっちに来ないと良いんだがね」
何となくの理解だが、その豚の王とやらが出ると大量のオークが群れになる、と言う感じかね。
「...有難う、親切に」
「いいってことよ。...で、街に入りたいってことでいいのか?」
礼を告げると、なぜか大柄の方ではなくもう片方の小柄な男が言う。...まあいいか。
「ああ」
「通行税を徴収しなきゃいけないんだが、金は持ってるか?」
.......。
「何となくそうじゃねえかって思ったぜ。こう言っちゃなんだが村出身のおのぼりで、さらに一人旅で街に出てくる奴なんてそんなもんだからな」
はは、と苦笑いする。
こりゃ早々に詰みか...?
だが大柄な衛兵は言葉を続ける。
「ま、狂い犬を二匹狩ったってんならちょうどいい。魔水晶って残ってるか?」
「ん?ああ」
ほい、と巾着袋から魔水晶を二つ取り出す。
「お、奇麗に残ったもんだな。魔石は...ああ、こっちが砕けたか」
じろじろと大柄な衛兵が魔水晶をを見てそう言うと、小柄な方が膝を打った。
「ああそうか。一人、持ち込み物は最低限っぽいし、商業目的じゃなきゃ、最低額だから...銅貨6枚。ギリ足りるか」
「一番よく買い取られる換算だがな。ま、これくらいは許されるだろ」
ぼったくりの可能性も無きにしも非ずだが、どちらにせよ情報はない。無茶したところで経済に無知な女しか手元のカードは存在しないし。まあよかろう。
素直に大柄な衛兵に渡す。すると小柄な衛兵がなにやら水晶球の様なものを指さした。
「通行税の支払いはOKってことにしとくぜ。んじゃ、アレに触ってもらおう」
「あれは?」
「村にゃねーか。ありゃ罪業値の計測器、ってやつだ。犯罪者を見分けることが出来る魔術が組み込まれた魔道具だな」
...そんな魔術は知らないぞ。大体そんなものがあるなら警察機構は要らんし。
「まー、犯罪歴がわかるっつーか、悪い事考えてるかどうかがわかる道具らしい。悪い奴ほど赤くなる...が、真っ赤でもちと警戒はするが通れる。犯罪をしたことがあるかはわからないからな。だが黒はダメだ。そいつは人殺しだからな」
謎の魔術だが...少なくとも人間の法に連動した都合のいい魔術という訳ではないらしい。あくまで軽い初見だが。あとで知ってそうなヤツに聞いておけばいいだろう。
「わかった」
触れると、白い光が灯る。...ほんの少し、薄桃色がかっているような?
「...マジ?」
「逆に不気味だな」
何かあったのだろうか。
「...お前さん、悪事とか働いたことないのか?ってぐらい純真だな...」
...そうなのか?
「悪戯すらほぼしたことがないってレベルだぜこれは」
...確かに法を犯すタイプではないが、悪事くらいはしたことあるぞ。もしかして世界を渡った影響だったりするのだろうか。
「ま、兎に角合格だ。イーリンの街へようこそ」
「有難う」
ぎぎ、と開けてくれた門をすり抜けると...。
「おお...」
映画でしか見たことがないような街並みが広がっていた。
いいや。建物そのものは見たことがある。そう言った街が残っている場に観光に行った事があるからだ。
だが、それはあくまで過去の遺物に過ぎなかった。既に死んだ時代の上を、見世物という役割が覆っただけの...ある種の”紛い物”。文字の、絵画の上にしか残っていなかった”本物”こそがここにある。
活きている。歴史ドラマでしか見ない様な恰好をした人々が、演技なく生活を営んでいる。
活気だったその雰囲気は、現代と同じものを孕んでいるようで、その実全く異なってもいる。
さて、いつまでも呆けてばかりもいられない。こっそりと人込みに紛れ、路地裏へと身を潜める。
リリムのヤツは本体そのものは天界におきっぱと言っていた。つまりこうして人目の付かないところに隠れれば。
「ヨイショ、っと」
こうして勝手に出てくるわけだ。
「お疲れ。まさかオークの大発生とはね~」
ちゃんと外の様子も把握済みらしい。
「把握してないのか?」
「ごめん。説明しようとは思ってたけど、事態が思ったより早くて。...天界からは見れないんだよね。魔物」
うわあ厄介。
「人々の様子をモニタリングして大体の発生位置を掴むんだけど...生憎ね。”天網恢恢疎にして漏らさず”って言うけど、アレ嘘ね。ぽろっぽろだよ正直」
イヤな事を聞いたなぁ!
天界運営の恐ろしさを感じた。
「はあ...んで、あの...悪人発見?の魔術とやらは?」
「アレは魂の穢れを可視化する魔術だねぇ。悪人識別、と言っても確かに間違いはないかも」
「俺の星には?」
「ないね。アレってツリー的には魂系の魔術の方にあるから」
あー。その辺は完全タブーだったな。
「こっちでは割とその辺緩いというか...今のところド派手な失敗をしてないからね。人体実験も...ホラ、ね?」
人権意識が薄い、と。
歴史には疎いが...なんだっけ。魂を弄った結果悪魔が生まれたとかなんとか。まあ観察するならまだしも手を出したら碌なことになるまいさ。
案外、今のところ観察するにとどめているから大丈夫とかそんな感じかもな。
「ああ、君の魂は元々かなり奇麗だよ。私が保証しよう」
ええ...
「悪戯すらしたことがないとか言われたんだけど」
「まあその辺はね。文明が進むと善悪の格差が生まれるものだから」
「...?」
「ま、知らない方が良いよ。君は...うん、正確もイケメンだって話☆」
...。
「あいたぁ!?」
ごつんと頭を小突き、すたすたと外に出る。
「あっちょっとまって」
...そういえば、恰好の問題は解決してないな。
「もう少し籠るか?」
「ううん、二人しかいない状況でもないから大丈夫...≪アンダーカバー≫」
ぶわり、と。
なにか。透明な膜がリリムを包む。...ああ、そんなのあったなぁ。
「変装魔術か...初めから”そいつだ”と認識してれば効かないんだっけ」
「そ。別名”影を薄くする魔術”。影が薄くなるだけだから街の門みたいな人の少ない場所じゃ使えないけど。こういう街中で使えば...」
気付けなくなる。
女...いや。人としか思えない。例え全裸だろうが、金髪パーマにサングラスのマッチョメンだろうが、角が生えてようがなんだろうが。あらゆる印象を削ぎ落す。
現代の方では違法な魔術の一つだ。
「ま、いこっか。いくつか売り買いできるのもあるでしょ、多分」
流石に文無しじゃあ行動できることもないからな。
ぶっちゃけ暫くはのんびり中世ファンタジーを書くだけです




