神々の苦悩
彼女は頭を抱えていた。
「んも~~~~~!!」
何となく神秘的な...とても散らかった空間の中。彼女は牛の様な声を上げ、頭を抱えてのたうち回る。
「な~んで異能者を捕まえちゃうかな~!」
ぶちぶちと愚痴りながら手を伸ばす。
そこにあったのは”天界ちっぷす”と書かれた...間抜けな顔の羊が描かれた菓子袋。ジンギスカン味。
ばりぼりと大分堅く揚げられているらしきソレを、かけらをまき散らしながら喰らう。
神殿らしき場の床がじゃが芋まみれになるが気にしない。
「ああもう、必要な役割を果たすも何もないじゃんこれじゃあさあ」
跳ね起きる。
ぶるん、と豊満な胸が揺れる。
流れた髪はもこもこと柔らかそうで、白金色の光を放つ。
ゆるふわ系と評すべき顔つきはこの世のものではない程に美しい...というより、実際にこの世のものではない。
彼女はこの世界における”神”と言うべき存在の1柱だった。
「あーもうやってらんね~~~!」
本来は神殿で居住いを正すべき彼女はと言えば、今やモサいジャージに身を包み、ポテチとコーラ三昧の日々である。
これで太らないのは流石は神の権能と言うべきか、こんなくだらないことで権能を使うなと言うべきか...。
「”人”の...またこんなに散らかして」
2Lコーラをラッパ飲みしていると、後方から声。
黒髪を編み込み、スレンダーな肢体を荘厳な衣装に包んだ、切れ長の目をした美女。当然ながら彼女も神である。
「わッ!...なんだ”月”ちゃんか、びっくりしたぁ」
”人”と呼ばれた彼女は、黒髪の美女を”月”と評す。
神々は互いを真名で呼ばない。
神の言霊は神通力を持つ。下手に互いに呼び合おうものなら大変なことになる。必要に駆られた習慣だった。
「なんだもなにもないでしょう」
放り出されたVRゲーム機を見て”月”の女神は溜息を吐く。
「いつの間にやら貴女の世話係にされて500年余り...ずっとそうされていると私が怒られるのですよ?」
「いやだってもうどうしようもないもん」
「まあ、事情はお察ししますが...」
”人”の女神がつい、と視線を動かした先を追う。そこにはテレビ画面...に似た画面に映された人間たちの様子だった。
「”滅び”に対して備えるために集めたリソースを使って異能者の種をまいたのが3000年前。これで大丈夫だと思って他の業務してたのにさ!!あの子たちの迫害が始まったのが600年前。完全に収容されちゃったのが80年前...リソースなんて全く溜まってないのに展開が早過ぎるよ!!」
「まあ、我々の基準からすると彼らは千倍速で動いているようなものですものね」
大体人間が1000年生きたとして、時間間隔的には神々の1年に過ぎない。永く永く歴史を積み上げようと、無限の寿命を持ち創世の時から生き続ける神々からすれば。まるで児戯に等しいのだ。
「3000万年もかけてリソース貯めたんだよ!?人類が生まれた50万年前には調整始めて、異能者とまでは行かなくても軽い超能力者をばらまいて下地を作っておいて...人類が...えっと、暦だっけ?発明した4000年前にはもう準備完了してたのにさ。もう今度こそ失敗したくなかったし...」
”月”は思う。いやあ、本当にお労しいなぁ、と。
”人”の女神...人類を見守る女神は、元はとても勤勉な女神として有名だった。
何度致命的な”失敗”を経験しても尚諦めず、その使命に打ち込み続けた女神。だが。
「もうさあ、心折れたよね...」
まあ、そう言うことだ。
本来は行うべき”人類を導く”、”全人類に幸福をもたらす”という業務に回すべきリソースを、”人類の存続”ということのみの為に...今回の人類誕生を他の神...”星神”に頭を下げて遅らせてまで計画したことを、他でもない人類自身の手によって潰されたのである。
人間のスケールで言うと、全てを投げうって始めたプロジェクトが唐突に立ち消え、文無しになりかけたに等しい。引きこもりを始めるのも仕方がないのかもしれない。
救世主となるべき異能者たちは、今やどことも知れぬ地下施設で残らず発狂している。最早リカバリーは不可能だった。
「弱めの...超能力者達は異能者と混同されてるとは言え職員として残ってるみたいだけどさ、異能者クラスじゃないと”滅び”は避けられないし。終わりだね」
「まあ...はい...」
”月”はいたたまれなくなってきた。
人間のスケールで言うと半年前くらいに引きこもった子の事情を聴いて来いと言われて来たらこのどうしようもなさである。
流石に同情してしまったので他の神々には「そっとしておいてあげて欲しい」と言ったが、流石にそろそろ顔くらい出してくれと言われてやってきた次第である。
「...でもほら、今回は今までで一番うまく行ったじゃないですの!ええと...”滅び”...人類の関門でしたっけ、もあと一つと言うところまで来ましたし」
「その一つを超えられなかったら意味ないんだよぉ!!!」
そのために準備してましたもんね。慰めになりませんよね。
自分でも無理があると思った”月”は嘆息する。
時折人類文明で話題になる”宇宙人”。
だがしかし。これはこの世界において...今までで一度も存在したことはなかった。
人類の関門。
人類が発展する際に必ずぶち当たる難題。これを解決できなければ人類存続はありえない。
今まで”人”の女神は様々な星系、惑星に置いて人類誕生を見守ってきた。発展に陰ながら手を貸してきた。
...ダメだった。
何度試しても人類は滅ぶ。
神も万能ではない。無から資源を生み出すことは難しいし、人類全体を洗脳するわけにもいかない。無理なモノは無理なのだ。
そこで思い付いたのが、神に近い人類...異能者を生み出すことだったのだが。
「いやあさ、自分の子供たちみたいな存在が軒並み滅ぶとか普通に心ヤる案件じゃん?だから頑張ったのについには自滅だよ自滅。私の愛ってなんだったんだろうねあははははは」
やさぐれている。それはもうとってもやさぐれている!
嘗ては”太陽”本人にすら「俺より太陽みたい」と言わしめた彼女が今や湿地帯の様なじめっとした雰囲気を纏っている!
「でもほら!もう一つすでに”人類の星”ができてますの。それも見捨てるのですか!?」
脅しだった。もう月には説得のボキャブラリーが尽きていた。
スタンドプレーが基本の神々。
実のところコミュ力は軒並み低かった。
「...ああ...そういえばちょっと誕生が早まったんだっけ...」
もそ、何かを頬張る”人”。
「え、床に落ちてたカステラ食べるんですか...?」
「天界には雑菌とかないし」
「倫理観は大事にしましょうよ...」
流石に引き気味の”月”だが当の本人は気にするでもなくもそもそと湿気たカステラを食む。
「もうめんどくさい...」
「重症ですね...」
一応はもともと友達のような関係だった”月”だ。”人”の性格は熟知している...はずだったのだが。もはや今の彼女は見る影もない。人...神が変わったかの様。
うむむ...と考える。
このまま立ち直らないというのも、実は全ての神が困る事態になりかねない。人間とは”世界の理”...その根幹をなす”生命円環”を成す重要な要素に他ならない。ただ最も不安定でもあるため、管理者は必須なのだが。
「よお、なんつーか、こういうとアレだが思ったよりダメそうだな」
「まさかここまでとは思っていませんでした...」
首を捻っていると、新たな闖入者が現れる。
「”獣”殿に”樹木”殿...まさか己の”神域”から出てくるとは思いませんでしたわ」
闖入者は二人。ライオンの頭にゴリラの上半身、ティラノサウルスの下半身をした男神が”獣”の神。そして木彫りのような身体に葉で出来た髪と衣を持つ盲目の女神が”樹木”の神。これにあと”蟲”の神を加えると”生命円環”を司る神々が揃うことになる。
「ま、俺の性質上サバンナで走り回ってないないと落ち着かないからな。だが...ちとそろそろ不味いってんでな」
「私も似たようなものです。とはいっても”獣”と違いそもそもあまり動けないのですが」
神々の中でも特異な性質を持つ二柱はどうしても他の神との関わりを持ち辛い。”獣”の神は時折遠吠えを抑えられなくなる性質を持っていたり、”樹木”の神は大部分の時間を眠って過ごす。
「”蟲”殿はいらっしゃらないのですね?」
「あいつはほら、別に人間がいようがいまいがあまり関係ねえから」
「時々増えすぎるのを防ぐ以外に管理の仕事もありませんし...」
「あの変な面で神々の中でも屈指の常識人かつ明るいヤツだからな。今もどっかの神域で遊んでるんじゃないか?」
変な面はあなたもでしょう、と”獣”を除いた神々は思った。声には出さないが。
「わたしはもう仕事しないよ~」
ぱりぽり、とまたもどこからか取り出したチップス...今度は”桜明太子味”らしいそれをつまみながら、これまたどこからか取り出したゲーム機を弄り出す。
そんな”人”を見て、三柱は一斉にため息を吐いた。
「お前が管理しないと俺たちの方は数が減る一方なんだよ...」
「”あちら”の方は今はまだ大丈夫ですが...そのうちいつぞやの”地球”のようなことになりかねません」
「ああ、あの時はごめんね...」
人類の発展のために”科学”のみを推し進めさせたトライアル。それの惨状はといえば神々の中でも有名だ。
「まさか一生物が”大絶滅”を引き起こすとは思わなかったぜ。”地球”の”星神”も頭を抱えてたなそういえば」
「今は何とか生態系が戻っていますがね」
「ほんと二柱はあちこちで眷属が栄えてていいよね...」
「ああまた卑屈に...」
どよーんとした空気を放ち始めた”人”に”月”は頭を抱える。残る二柱はしまったという顔をした。複数の種類がいる以上、絶滅は起こるが...動物や植物そのものが滅びることはない。堆く積み重なる”人”の失敗の横で成功を積み重ねてきたのが”獣”や”樹木”、そしてこの場にいない”蟲”である。
とはいえ二人としても”人”が完全に働かなくなるのも困りごとだ。前述のとおり、この世界では人類の存在がシステムの根幹に組み込まれている。
今はまだ平気かもしれないが、もしサボタージュを続け、その果てとして、この世界に人類の誕生する可能性すらなくなってしまったら...。
そうなれば最後、世界のシステムそのものが機能不全を起こしてしまう。その昔”太陽”が仕事を放り投げた事件以上の危機だ。何せそれはもう取り返しがつかない。
「どうしたもんかね.....うん?そういえば、”人”のはさっきから何をしてるんだ?」
ふと気になったのか、”獣”の神が”人”の神が弄るゲーム機に目を向ける。
「ああこれね。元地球世界とか今の世界の技術者とかから何人か拾ってきて作ってもらったゲームだよ。結構面白いんだよこれ」
「ああ天使か。...そんな役職もいたんだな...」
初耳、という風に唸る”獣”。何も言わないが”樹木”も知らなかったような表情を見せている。
「お二方はあまり娯楽に興味ありませんものね。”ゲーム”はともかく小説や漫画などは私も読みますわよ。特に元地球世界の...ええと。”日本”でしたっけ。あそこの出身者が描く漫画はなかなかです」
「あれ以降日本染みた土地は毎度用意する羽目になったからね...」
悠久の時を生きる神々にとって、娯楽に秀でた天使たちはまるで救世主が如くだったのだ。
「俺らの用意する天使じゃそうはいかないからな...」
「まあしょうがないよね。一応わたしたちに一番近い種族なわけだし。...っと、やばいやばい」
何やらピンチにでもなったのかボタンを連打し始める。
「ふう、このQTEだけは修正案件だね」
「...どういうゲームなんだ?」
「んー?異世界に転移した勇者が世界を救うゲームだよ。まあ割とありふれたテーマだけどさ、神がサポートについて一緒に冒険してくれるシステムのおかげで結構無茶できて楽しいんだよね。実際に私たちをモデルにしてるせいか、天界でも結構人気らしいよ~、わたしも好きだし。”音楽”の神のパートだけは苦手だけど。」
リズム感のない彼女は大きくため息を吐く。音楽の神を連れているときの連続高難易度QTEはいつもギリギリだった。
「”獣”もやる?天界に海賊版の概念はないしコピペくらいならすぐに...」
そういって振り返ると、そこには熟考する”獣”の姿があった。
獣っぽくはない。まあ一応彼の上半身を形成するゴリラは”森の賢者”と言われるものではあるのだが。
「なにk...」
「それだよ!!!!」
がおう!と吠えつつ”獣”が叫ぶ。すぐ隣に立っていた”樹木”がそれに驚き、びくう!と肩を震わせ思い切りひっぱたいた。
「痛え!...悪かったよもう一発構えないでくれ!」
木製故に結構堅い一撃だ。結構痛かったらしく涙目で”獣”は蹲る。
「ええと。それだとは?」
このままではらちが明かない。そう判断した”月”が”樹木”を抑えつつ話を促した。
「転生だよ、転生!ほら、現行の人類には異能者ってのがいるんだろ?で、それが全部捕まっちまったのが問題...だったよな?」
「「まあ、うん(はい)」」
”人”と”月”が頷いたのを確認し話を続ける。
「それの原因ってのが、...まあ本来人間をおとなしくさせる分のリソースをそっちに割いたから..だろ?ある種、俺が見てても地球世界より過激だったからな...」
「う」
結構荒れていた自覚はあるので反論できず呻く。
「まあ、魔術やらがあったおかげで自然破壊はそこまでだったからそこは文句ないさ。ビビったがな。...つまりよ。救世主の...土台?はあるんだろ。」
こくり、と”人”が頷く。
「で、それが機能しないのがやべえ、と。それそのまま新世界に送っちまわね?」
「「「.............」」」
静寂。
「「それだ!!」」
”月”と”樹木”が叫ぶ。が、”人”の表情は暗いままだ。
「...ダメそうか?」
おずおずと聞く”獣”に”人”は首を振る。
「んーん、いいアイデアだと思う。転生...はともかく、転移なら簡単だし。でもほら、連れていくならそれなりに強力な異能者じゃないと意味ないっていうか」
ただそう言いつつも、どこからか引っ張り出したキーボードの上で指が踊り出す。
”月”には”人”の目に、久方ぶりに火が灯ったように見えた。
「例えば人類の関門全部にぶつけるには...都合のいい能力持った子を何人か用意しなきゃいけない。異能は応用が効きやすいからそれなりの数さえいれば用意はできるんだけど、ほとんどの異能者は収容されて...あー、精神がトんじゃってるから使い物にならない。逆に見逃されてるようなのは......」
唐突に天井から降ってきた大画面モニターに、次々と情報が表示される。それは異能者たちの個人情報。赤文字で表示されているのは心神喪失。狂ってしまった異能者たちだ。”天候操作”や”炎支配”などいかにも強力な文字が立ち並ぶ。逆に緑色で健常と記されたもの達は少々ばかり頼りない文字が躍る。
「異能にも当たり外れがあるのか...」
「使い方次第じゃ面白いけどね。神じゃ思いつけに活用法がいっぱいあったりして。でも逆に言っちゃうと、面白い使い方ができる子は捕まってるから、そういう意味でもちょっと適正はない」
「まあ、そうですね。転移とはいってもごそっと持っていくわけにもいきませんし」
「過剰干渉はしたくてもできませんものね。方策は...」
「やるとすれば”天使叙勲”のシステムと”使途派遣”のシステムを流用する形だな。”空間”の業務量を考えると横やりはちと可哀そうだ」
”獣”の言に三人全員が頷く。隈がデフォルトのやつれた姿を思い出して苦笑い。あれで意外と楽しそうではあるのだが。
「そうなると私たち全員の使途の持ち枠を使ったところで4人でしょうか。基本、一柱一枠ですし。」
「...あー。スマン、俺、獣しか呼び出せない」
「私、そもそも持ち枠が最初からないです」
「...本当ですか?」
"獣"と”樹木”が気まずそうに視線を逸らす。二柱はかなり特別な神故に、一般の神とは勝手が違うのだ。
「そーなんだよねぇ。”蟲”君も枠がやたらあるかわりに結構いろいろ制限があるし。ほかの神たちだと、たぶんほとんどは使途の枠使っちゃってるしね。大体みんな宇宙規模の管理をほぼ自力でしなきゃいけないんだし」
「げ、まじか」
「そ。だからもし呼び出せても同じ時代には二人まで。一応死んじゃったら再派遣できるから、何人か保持しておくことはできるけ...ど...」
ふと、”人”の手が止まる。
高速で流れていた窓がピタリと、その男の個人情報を表示する。
「あ?なんだ?こいつがどうかしたか」
押し黙る”人”に、訝し気に”獣”が問う。
「あーっと...異能は...”矛盾存在”...?」
どういうものなんだろう、と三柱が首をかしげる中...。
「彼なら...この突拍子もない計画、うまくいくかもしれない...!」
きらり、と”人”の瞳は輝いた。
しんさくです




