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”死んだ”男

夢を見る。


そんな当たり前の事に、俺はとんと縁がない。

悪夢も、淫夢と言う奴も、楽しい夢も見ない。

意識が消え、只意識が発生する。そんな毎日こそが日常だった。


俺は人ではない。


そんなことに気が付いたのは何時だっただろう。


崖から頭から落ちた時か、魔導列車に轢かれた時か、はたまた鉄骨に脳をぶち抜かれた時だろうか。ああ、そうだ。雷に打たれた時だった様な気がする。


不死。人は俺をそう呼ぶ。だが。

俺の認識は違う。


俺は既に、死んでいる。




目覚める。

何の変哲もない、自室。...自失と言うには少し、殺風景に過ぎると言ったところか。コンクリが打ちっぱなしの部屋。少々錆が浮いたベッドに煎餅布団。申し訳程度の窓には鉄格子。


つまるところ。


牢屋である。


「....せめて書籍の一つくらい貰えんもんかね」


独り言ちる。この独房にぶち込まれてから数年、俺は娯楽と言うモノに飢えていた。そりゃ、こんな...大体2.5m四方の部屋以外に自由に動ける場がない環境で暇にならない方がどうかしている。


『被検体に無用な物を与えるのは禁止されています』


ぶつん、と言う音と共に、どこに隠してあるのか、スピーカーから女の声がする。


「へーへー、異能者(ゼノン)は何をするかわからんってか」


担当者...”真名”を俺に明かすのは規則違反だってんで、”飼育員(Zookeeper)”と呼んでいる。彼女との会話は許可されているらしく、それがここ数年の数少ない楽しみだ。

コレが意外と声が良い。甲高い様だが耳触りが良い。音楽にはとんと明るくないが、オペラか何かのソプラノとして十分やっていけるのではないだろうか。


『...本来は私との会話も禁じられています。が。私も暇ですので』


いいのかそれで。


『私も異能者(ゼノン)ですから』


ああ、そうだった。ええっと、確か、”光と音に関して如何なる干渉も受けない”...んだったかな。”観測(オブザーブ)”...で、合ってたはず。閃光弾の只中だろうが暗闇だろうが見えるし、真空だろうが音が聞ける。さらには超音波砲をぶっ放されようが無傷だし、洗脳を始めとした異能(ゼノ)も弾けるんだとかなんとか。なるほど会話係に最適だ。


「...だが相変わらず暇だねえ。たまに外に出られても完全拘束だし」


『それはそうでしょう。この”施設”は正気である事を前提としていませんので』


「狂ってるぜ...ああいや、大部分はホントに狂ってるのか...」


冗談にもならん。


『まあ、私としても助かってますよ。私もここから出られない身ですし。奇声を上げる猿を眺めるよりは退屈じゃない』


一度音声を中継して貰ったことがあるが、アレはひどい。いやあ、もう、何と言うか獣以下だ。収容されているヤツの殆どが”アレ”なんだから笑えん。俺に関わりがあるとすれば...独房が完全防音で良かった、と言ったところか。あれの面倒を見てばっかとは、飼育員のヤツも良く気が触れないもんだ。


『それにしても本当に目覚めが良いですね、貴方は。低血圧なので少々羨ましいです』


「へっ、極悪非道の秘密組織の構成員殿が低血圧とはな」


ぶっちゃけもうちょっと超人じみた女だと思ってたぜ。数年来の付き合いだが意外な事を聞いた。


『...半強制的に使役されているだけですよ。外界に放り出されるよりかはマシな扱いですが。...あと、声に抑揚がないのは単に癖ですからね。色々な方に言われますが体質とか異能(ゼノ)は関係ないですので』


「聞いてねぇよ」


気にしているのだろうか。

まあいいや。


「さっきの話だが。俺はそもそも”目覚め”てねぇ」


何しろ。


『ーーー、ああ、そうでしたね、≪不死(アンデッド)≫』


「≪不誕(アンバース)≫だっつってんだろ」


俺は、夢を見ない。


()()()()()()()()


毎日毎夜、意識のない俺の身体は死んでいる。

そして覚醒(おき)た時、俺は言わば...”産まれなおす”。


『それは貴方の主観でしょう。我々の記録では≪不死(アンデッド)≫とされているので』


それこそ他人の決めつけでしかない気がするが。

まあいい。この会話は何度となくしているからな。


「ま、俺は常に”完全な状態”。...寝惚けるもクソもねえ、ってワケ」


俺の意識がある間、この身体は常に”カンペキな俺”を演算し続ける。あらゆる”不調”はありえない。...最初から死んでいることを除けばだが。


『じゃあ逆になんで寝るんですか』


「知る訳ねえだろ。っつうかソレ組織(おまえら)の領分じゃねえの」


『あなたの異能(ソレ)完全不明(ブラックボックス)だそうですよ。だんだん実験担当者がイラついているのが良く分かります』


「実験書類はお前も見れるんだったか...百分割してみたとか聞いた時にゃ馬鹿かと思ったもんだが」


プラナリアじゃあるまいし。


『とは言え、例え名目上でも異能(ゼノ)の解析が完了しないと処分すらできませんし』


「まあ、自分で言うことじゃねぇが危険分子だもんな異能者(おれら)...」


この世界には四つの力がある。昔どっかの高名な賢者殿が言ったらしい有名な言葉だ。

一つ目が筋力。人類が猿だったころから操る、だいたいどんな生物にも備わっている力。二つ目が科学力。知能ある生物が導き出した物理を象徴する力。三つめが魔力。人類とかのほかにも魔物なんかが操る精神に基づいた力。そして...それらに属しない異能(ゼノ)。まつろわぬ異端の力。


異能(ゼノ)、そしてそれを持つ異能者(ゼノン)は人の領域にない。モノにもよるが...海を割り、山を砕く様なスーパーパワー、国に居る全ての女を狂わし侍らせた洗脳、目を合わせたモノの悉くを石に変える呪い、無限に感染し人を怪物に変える病...これらすべては()()()()()()()()()


遥か昔にはその超常的な力により現人神として崇められ、そのうちに魔女だ悪魔だと狩られ..今や、実験の対象である、という訳だ。


異能解剖研究所(X D R I)異能者(ゼノン)による事故事件を未然に防ぎ、異能(ゼノ)の仕組みを解明することを理念とする組織...俺が捕えられた組織だな。一応は国際組織であり、世界から”絶対的な必要悪”、”承認された悪の組織”、”猛毒を喰らう毒蛇”等々言われる、まあヤバい組織だ。


何しろ誕生して400年、今やハイハイしている赤ちゃんでも知ってる”人権”をガン無視しているからな。とりあえずで捕まえたヤツの精神を破壊しに行く組織とかロクなもんじゃあない。


「だが、国を文字通り破壊されかねない異能者(ゼノン)に対しては容認せざるを得ない」


『まあ、そうですね。私の様な微妙な異能(ゼノ)は寧ろ少数派です。そう言った類のモノは生かされます...が、就職先は強制でここですね』


将来首を斬らなくて済むように...そんなお題目のもと行われる非人道的実験の数々。所属する人員すら精神を壊すとされる只中に無理やり放り込まれるのもそれはそれで地獄だろう。実際、ごくごく一部は無力化に成功し社会復帰できたヤツもいるらしいが...。


『まあ、精神をやりさえしなければ意外と快適ですよ。福利厚生だけは異常なほどしっかりしてますから』


「現品支給で大体のモノは手に入るんだっけ?」


『ええまあ。最新のVRゲームが昨日届きましたし』


微かだが声が弾んでいる。そう言えばゲーム好きだとか言ってたな。


「うわ羨ましい」


『”アルタークライシスIX”です』


「えっアレ新作出たの!?15年ぶりとかじゃね!?」


『ええ。待ちに待った新作です。スペース・アクション・RPGの金字塔...ええ。最新作らしい良い出来ですよ』


「ええいくそう、久しぶりにここから出せと思ったぞ」


地団太を踏む。ゲーム自体はそこまで好きという訳ではないが、あれだけは話が別だ。全作品やりこんだし、VIIIは広大なフィールドをポリゴン一粒残さず探索した。漫画版VIIは当然全巻内容暗記するまで読み込んだし、廃盤になってたIIのアニメはこの時代に足で探したほどだ。

ああくそ遊びてえ...!


「ぶっちゃけ、俺に対する実験は無駄だと思うんだがなぁ」


『私もとてもそう思いますが。それで出してくれるなら悪の組織とか言われてないでしょう』


それは、そう。


『あ』


駄弁っていると飼育員に通信が入ったらしい。何やらごそごそと話し込む。


『噂をすれば実験のオファーです。マスク投下するのでさっさと寝ちゃってください』


「ええ...」


唐突なのはいつもの事だがもうちょっと事前に知らせてくれないもんか。

何されるんだろう、と思いながらどこからともなく降ってきた顔面全てを覆うマスクを手に取る。一応睡眠薬が噴霧されるやつっぽいが。効かないので単なる大仰なアイマスクである。とはいえ、意識を切ろうと思えばいつでも切れるのであまり関係はない。


「今回は何をされるんだかね。...何とか報酬としてアルクラIXを寄越すように言ってくれない?」


『...まあ、ゲーマーのよしみとして嘆願は出しておきます』


頼むぜ、と言いながらクソ固いベッドの上に寝転がる。マスクを被れば朝だろうが真っ暗だ。


そのまま俺はパチリとスイッチを切る様に。


意識の底...死へと落ちていった。

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