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第7話:すずめ、ギルドに登録する

 時間は流れていた。


 気づかれぬままに、静かに、確実に。


 誰もそれを止めることはできず、ただ淡々と、日常の隙間を縫うように過ぎ去っていく。


 そして


 七年という歳月が経った。


 屋敷は変わらず美しかった。


 いや、むしろ以前よりも整っていると言っていい。


 廊下の隅に埃はなく、調度品の配置は完璧に均整が取れ、空気ですら澄んでいるように感じられる。


 そこには「乱れ」という概念が存在しなかった。


 その理由は、ただ一つ。


 たった一人の存在によるものだった。


「すずめちゃん、これ……もう確認したかしら?」


 書類を片手に、アーシェル様が問いかける。


「はい。三度確認済みです」


 即答だった。


 迷いも、間もない。


「……じゃあ、この報告書は?」


「修正済みです。三行目に誤記がありましたので訂正しました」


「……まだ私、読んでいないのだけれど」


「これで読む必要はありません」


 さらりと、何でもないことのように言う。


 その声音には誇張も自慢もなく、ただ事実だけがあった。


 中村すずめ、十四歳。


 年齢にしては落ち着きすぎた雰囲気。


 無駄のない所作。


 背筋は常に伸び、歩く姿には一切の隙がない。


 一見すればただのメイド。


 だが


 彼女の内側には、常に一つの基準があった。


(まだ、改善の余地があります)


 それは彼女自身に対する評価だった。


 どれだけ完璧に見えても、満足はしない。


 常に次を見据える。


 それが、すずめという存在だった。


「……もう十分よ」


 ふいに、アーシェル様が本を閉じた。


 柔らかな音が部屋に響く。


「このままだと、本当に全部一人でやってしまいそうね」


「それが目標です」


「……それは違うわ」


 ぴたりと、空気が止まる。


 短い沈黙。


「すずめちゃん」


「はい」


「少し、外に出てみる気はない?」


「外……ですか?」


「ええ。世界を見てきなさい。メイドとしてではなく、“あなた自身”として」


 言葉は優しかったが、その奥には確かな意図があった。


 すずめはわずかに視線を落とし、思考する。


 新しい環境。


 未知の状況。


(新規経験)


(学習効率、高)


 結論は、すぐに出た。


「承知しました」


「……本当に決断が早いわね」


「効率は重要です」


 思わず、アーシェル様は小さく笑った。


「なら、まずはギルドに行ってみなさい」


「ギルド」


「冒険者たちの集まる場所。依頼をこなして、実践経験を積めるわ」


「理解しました」


 そして一瞬、アーシェル様は少しだけ真剣な表情になった。


「……あと、お願いがあるのだけれど」


「はい」


「できれば……何も壊さないでちょうだいね」


 再び沈黙。


 すずめはわずかに首を傾げる。


「……善処します」


 その言葉に、どこか不安が残るのは気のせいではなかった。


 街は賑やかだった。


 人々の声、荷車の音、商人の呼び込み。


 すべてが重なり合い、一種の“騒音”を形成している。


 すずめはその中を歩いていた。


 ゆっくりと、一定の速度で。


 周囲に流されることなく、ただ自分のペースを守る。


(環境:混雑)


(人口密度:高)


 視線が細かく動く。


 建物の配置、人の流れ、物の位置。


 すべてが分析対象だった。


(整理状態:軽度~中度の乱れ)


 しかし


(現在の担当外)


 判断は早い。


 彼女はそれ以上干渉しなかった。


 やがて、目的の建物が見えてくる。


 大きく、堅牢で、無駄のない構造。


 ギルド。


(機能性:良好)


 すずめは迷うことなく中へ入った。


 扉を開けた瞬間、空気が変わる。


 ざわめき。


 酒の匂い。


 視線。


「また新人か?」


「若すぎないか……?」


「ここは託児所じゃねえぞ」


 好き勝手な言葉が飛ぶ。


 だが、すずめは一切反応しない。


 ただ静かにカウンターへ歩み寄る。


「登録をお願いします」


 受付の女性が一瞬、目を瞬かせた。


「……年齢は?」


「十四歳です」


「……経験は?」


「あります」


「……どの分野で?」


 わずかな間。


「清掃です」


 空気が止まった。


「……そう……」


 受付は軽く頭を押さえた後、諦めたように息を吐いた。


「じゃあ、これに手を置いて」


 差し出されたのは水晶。


 能力を測るためのものだ。


 すずめは迷いなく手を触れる。


 次の瞬間


 光が弾けた。


 しかし、それは通常の反応ではなかった。


 表示が乱れる。


 明滅。


 そして。


 エラー。


 エラー。


 エラー。


「……え?」


「おい、またかよ」


「システム落ちた?」


 周囲がざわつく。


 すずめはわずかに首を傾げた。


(適合率:低)


 冷静な分析。


「……仕方ない、手動でいくわ」


 受付は紙とペンを取り出した。


「クラスは?」


「メイドです」


「……はいはい」


 数分後。


「登録完了。ランクFよ」


「確認しました」


 カードを受け取る。


 小さな板に刻まれた、自分の新しい立場。


(開始地点)


 そのとき。


「おい、新人」


 背後から声がかかった。


 振り返ると、四人の冒険者が立っていた。


 弓を持つ男が軽く手を挙げる。


「スタークだ」


 ローブ姿の男が続く。


「ヨハン」


 大柄な男が盾を軽く叩く。


「アベル」


 そして最後に、杖を持った少女がにこりと笑う。


「ミアだよ」


 短い沈黙。


「今、メンバーが一人足りなくてな」


「よかったら入らないか?」


 すずめは思考する。


(チーム行動)


(協調環境)


 結論。


「受諾します」


「早っ!?」


「判断が早すぎるだろ……」


「効率は重要です」


「……なんか変な子だな」


 ミアが小声でつぶやいた。


「まあいい、とりあえず簡単な依頼にしよう」


「ダンジョン、Fランク」


「試運転だな」


 すずめは小さく頷く。


(閉鎖環境)


(汚染の可能性:あり)


 どこか嬉しそうにすら見えた。


 こうして彼らは歩き出す。


 ギルドを後にし、街の喧騒を抜けて。


 目的地は一つ。


 ダンジョン。


(新規任務)


(実行準備:完了)


 だが


 誰も気づいていなかった。


 この「最も簡単な任務」が。


 すでに


 必要なくなっていることに。



次の章では、すずめちゃんが変わった技を使うことになる。ネタバレ注意:掃除道具を剣として使う。

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