第6章:準備 スズメ対アルシエルの息子、未来の騎士(2)
広い中庭だった。
どこまでも開けていて、視界を遮るものは何一つない。石畳は整えられ、風は穏やかに流れている。訓練場としては、これ以上ないほど理想的な環境だった。
評価には適した空間。
スズメは静かに足を止めた。
手にした箒の先を、ほんのわずかに地面へと触れさせる。その仕草には無駄がなく、ただそこに「在る」だけで空気が引き締まるような感覚を与える。
対するは
アルシエルの息子。
まだ幼さの残る顔立ち。しかし、その目には確かな意志が宿っていた。
訓練用の剣を構え、呼吸を整える。肩の力は抜けているが、緊張は消えていない。むしろ、それを押さえ込んでいるのが分かる。
「子供だからって、手加減はしない」
低く、真っ直ぐな声。
「了解しました」
スズメは即答した。感情の揺れはない。
「それに……お前が“それ”だからって理由でもな」
わずかな間。
空気が静まり返る。
スズメは小さく首を傾げた。
中程度の敵意を確認。
問題なし。
少し離れた位置で、レディ・アルシエルが腕を組んで見守っている。
その瞳は冷静で、しかしどこか期待を含んでいた。
「……見せてもらいましょう」
審判役の声が響く。
「始め!」
その瞬間
少年が地面を蹴った。
迷いのない踏み込み。訓練された動き。一直線に距離を詰める。
「はぁっ!」
鋭い気合とともに振り下ろされる剣。
速い。確かに、同年代の中では抜きん出ている。
だが
スズメは、ただ箒を動かした。
コツン。
軽い音。
それだけで、剣は止まった。
「……っ!?」
少年の目が見開かれる。
弾かれるように後退し、すぐに構え直す。
「もう一度!」
再び踏み込む。今度は横薙ぎ。
コツン。
またしても同じ音。
同じ結果。
完全な防御。
動きが単調。
予測可能。
スズメが一歩、前へ出る。
トン。
次の瞬間、箒の先が少年の額に軽く触れていた。
「……!」
「隙」
「くっ……!」
少年は反射的に距離を取る。悔しさが滲む表情。
「今のは……偶然だ!」
叫ぶと同時に、再び突進。
先ほどより速く、強く。
連続攻撃へと切り替える。
剣が空気を裂く音が連なり、中庭に響く。
だが
コツ、コツ、コツ。
すべて受け流される。
まるで意味をなさない。
スズメは戦っていなかった。
ただ――処理していた。
不要動作の排除。
くるり、と箒が回る。
パシッ。
肩に軽い一撃。
「がっ……!」
パシッ。
今度は脚。
「やめ」
パシッ。
さらに一撃。
姿勢の補正。
少年の足元が乱れる。
バランスを崩し、よろめく。
「……っ!」
その隙に、スズメが一歩踏み込む。
しかし
止まった。
道具は不要。
ぱたり、と。
手から箒が離れる。
木の柄が石畳に落ち、乾いた音を立てた。
「……え?」
「なんで……?」
困惑する少年。
スズメは静かに手を上げる。
構えが変わる。
重心が低くなり、全身が研ぎ澄まされていく。
空気が、変わった。
見えない何かが整列するような、異様な静寂。
高等動作へ移行。
「お前、何を..」
その言葉が終わる前に。
スズメの姿が、消えたように見えた。
「――――!?」
次の瞬間。
「北斗メイド百裂掃除」
囁くような声。
三秒。
それだけだった。
トン、トン、トン、トン、トン。
目に見えない速度の連撃。
トン、トン、トン、トン、トン。
軽い接触音だけが連続する。
トトトトトトトトトトトト。
もはや視認不可能。
一撃一撃は軽い。
しかし正確無比。
肩。 腕。肋。 脚。重心。
姿勢。 中心軸。
すべてが的確に「触れられる」。
そして
舞っていた微細な埃すら。
一瞬で消えた。
周囲の空気が、澄み切る。
完全な清掃。
百箇所。
百回の修正。
わずか三秒。
静寂。
スズメは、すでに元の位置に立っていた。
まるで最初から動いていなかったかのように。
少年は
まだ立っていた。
一秒。
二秒。
「……なに……が……」
身体が震える。
力が抜けていく。
「……今の……」
膝から崩れ落ちた。
「ぐ……っ」
呼吸が乱れる。
立つことすらできない。
「……見えなかった……」
スズメは、わずかに首を傾げる。
評価完了。
「改善点が複数存在します」
「……ふざけ……るな……」
立ち上がろうとする。
だが、できない。
そのまま横に倒れ込む。
意識も途切れかけていた。
沈黙。
アルシエルは静かに目を閉じる。
「……予想通りね」
周囲の者たちは、言葉を失っていた。
誰も、何も言えない。
地面には、放置されたままの箒。
スズメはそれに歩み寄る。
拾い上げる動作も、やはり無駄がない。
道具回収完了。
中庭を見渡す。
汚れ一つない。
整いきった空間。
環境、正常化。
そして。
「訓練は終了しました」
ただ、それだけを告げる。
まるで日常業務の一つを終えただけのように。
「……化け物だ……」
誰かが、かすかに呟いた。
だがスズメはすでに背を向けている。
次の作業へと意識を移していた。
いつも通りに。
さて、恒例の(?)生存報告兼オタ話にお付き合いください。
作中に出した「北斗メイド百裂掃除」という技ですが……ええ、ご想像の通り、元ネタはあの伝説の「北斗百裂拳」です。確信犯です、すみません。
そんなことを書いていたら、無性に本家の『北斗の拳』が観たくなってしまいまして。今の時代だからこそ、あの作品から溢れ出す、これでもかというほどの「テストステロン 」を摂取したい気分なんです。最近の私の執筆のお供は、もっぱらそんな世紀末覇者たちの生き様になりそうです。




