第4章:屋敷へようこそ、すずめちゃん
門は、あまりにも大きすぎた。
見上げなければ全体が視界に収まらないほど高く、重厚で、そして過剰なまでに装飾されている。黒鉄の曲線は芸術的ではあるが、実用性という観点から見れば明らかに無駄が多い。
すずめはしばらくそれを眺めていた。
内心で静かに評価する。
装飾過多。維持コストは高い。効率は低い。
けれど
「……美しさを優先した設計、か」
完全否定ではない。用途が違うだけだ。
「すずめちゃん、もうすぐ着くわよ」
隣から響く声は穏やかで、どこまでも洗練されていた。
無駄がなく、それでいて柔らかい。
——アーシェル夫人。
この場所へ彼女を導いた人物。
村での一件のあと、すべては驚くほど早く進んだ。
冒険者が来て、状況を確認し、
次に役人が到着し、
そして
「重要人物」たちが現れた。
ただし、その中で一人だけ異質な存在がいた。
誰もが騒ぎ、混乱し、声を荒げる中で
その人は違った。
叫ばない。
焦らない。
ただ静かに、すずめを観察していた。
まるで結論を既に知っているかのように。
「……あなたでしょう?」
それが、アーシェル夫人の最初の言葉だった。
責めるでもなく、
驚くでもなく、
ただ事実を確認するように。
すずめはいつも通り答えた。
「問題がありました」
簡潔で、余計な説明はない。
一瞬の沈黙。
空気が張り詰める。
だが
「……そう」
彼女はそれ以上追及しなかった。
むしろ納得したように、小さく頷く。
そして、
「一緒に来なさい」
それだけを言った。
そして今。
二人は屋敷の前に立っている。
重厚な門が、音もなくゆっくりと開いていく。
誰も触れていないのに。
すずめの視線がわずかに動く。
自動開閉機構。魔力感知式か、あるいは常時展開型。
効率は良好。
反応速度も問題なし。
門の先には長いアプローチが続いていた。
丁寧に手入れされた庭園。
季節の花々が整然と並び、風に揺れる。
中央には澄んだ水を湛えた噴水。
左右には彫刻の施された石像。
視覚的な完成度は高い。
だが
まだ改善の余地はある。
すずめの目は、常に「最適」を探していた。
屋敷の中へ入る。
広い。
そして静かだ。
床は磨き上げられ、壁も柱も清潔に保たれている。
空気すら整っているように感じる。
だがその瞬間、
すずめの思考が止まった。
違和感。
ほんのわずか。
普通の人間なら気づかない程度のズレ。
しかし彼女にとっては
見過ごせない。
絵画が、ほんの少し傾いている。
机の位置が、数ミリずれている。
花瓶が、空間の中心から外れている。
統一されていない。
整っていない。
不完全。
すずめは立ち止まった。
許容できない。
「すずめちゃん?」
呼びかけが聞こえる頃には、彼女はすでに動いていた。
迷いはない。
絵画を正しい角度へ。
花瓶を最適な位置へ。
机を寸分違わず揃える。
動きは速く、正確で、無駄がない。
まるで最初からそこにあるべき形を知っているかのように。
「……あら?」
近くにいたメイドが目を見開く。
「今の……全部直したの?」
「計測もなしで……?」
信じられない、という表情。
アーシェル夫人はそれを見て、わずかに微笑んだ。
「やっぱり……」
予想通り、とでも言いたげに。
すずめは作業を終え、静かに周囲を見渡す。
環境評価:許容範囲内。
彼女は振り返った。
「勝手に手を加えてしまい、申し訳ありません」
丁寧な一礼。
「いいえ、構わないわ」
アーシェル夫人は即座に否定する。
「むしろ……確信が持てた」
再び歩き出す。
すずめはその後ろを静かについていく。
「すずめちゃん、なぜあなたをここへ連れてきたと思う?」
「働くためです」
即答だった。
迷いは一切ない。
「……ええ、そうね」
短い沈黙。
「でも、それだけじゃないの」
二人は大きな扉の前で立ち止まる。
「ここはね、ただの屋敷じゃないのよ」
扉がゆっくりと開かれる。
その先にいたのは——
複数の人物。
豪奢な衣装を身に纏った者。
粗野な雰囲気を持つ者。
魔力の気配を強く放つ者。
明らかに普通ではない集まり。
そして全員が、一斉にすずめへ視線を向けた。
「……あの子が?」
「報告にあった……?」
「冗談だろう……?」
「静かに」
アーシェル夫人が一歩前へ出る。
場の空気が変わる。
「紹介するわ」
彼女はそっと、すずめの肩に手を置いた。
「中村すずめ」
一拍の間。
「SSS級災害を排除した存在よ」
静寂が落ちる。
完全な沈黙。
全員がすずめを観察する。
上から下まで。
小柄な体。
無表情。
手にしているのは——ただの箒。
「……この子が?」
「……あり得ない」
「……魔力を感じない……」
すずめは軽く首を傾げた。
「はじめまして」
礼儀正しく、完璧な所作。
第一接触:良好。
だが
「証明してもらおう」
低い声が奥から響いた。
「本当ならな」
試す視線。
測る意図。
場の緊張が高まる。
すずめは少しだけ考える。
証明。
最も適切な方法は
視線が室内を走る。
情報収集。
分析。
そして結論。
汚れがある。
彼女は一歩前へ出た。
箒を持ち上げる。
「清掃の許可を」
「……は?」
誰かが戸惑いの声を漏らす。
しかし
返答を待たず、
すずめは動いた。
一振り。
ただそれだけ。
あまりにも自然で、
あまりにも単純な動作。
一瞬、何も起こらない。
ように見えた。
次の瞬間。
部屋の隅にあったそれが
消えた。
不安定な魔法装置。
高危険度の封印核。
存在していたはずのそれが、
音もなく、
光もなく、
跡形もなく消滅していた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
沈黙。
「……今のは……」
「……封印核が……」
「……消えた……?」
すずめは箒を下ろす。
清掃完了。
彼女はアーシェル夫人を見る。
「環境は整いました」
誰も言葉を発せない。
理解が追いつかない。
そして
「……はは……はははは……!」
誰かが笑い出した。
抑えきれないように。
「なんだこれは……!」
「あり得ない……いや……」
「……完璧だ」
アーシェル夫人は満足そうに微笑む。
「ようこそ、屋敷へ。すずめちゃん」
静かに、しかし確かに告げる。
「今日からあなたは、ここで働くのよ」
すずめは一歩下がり、
深く、美しく一礼した。
「全力を尽くします」
その瞬間
誰一人として口にはしなかったが、
全員が理解した。
危険な存在が、
理解不能な力が、
今この瞬間から..
味方になったのだと。
私は授業をサボってトイレに行き、5分ほどそこにいてから教室に戻るのが好きです。




