幕間⑤:カレブとルジアのハネムーン(実験版)
誰も理解できなかった。
どうしてこんな事態になったのか。
いや
当事者であるカレブ本人ですら、まったく理解できていなかった。
最初はただの話し合いだったはずだ。
「一度ちゃんと普通に会話をしてみよう」
それだけだった。
本当に、それだけだったのに。
気づけば話は妙な方向へ転がり
そして最終的に、
“試験的な新婚旅行”
という、意味不明にも程がある結論へ辿り着いていた。
屋敷の食堂には重苦しい沈黙が漂っていた。
バッキーはテーブルに置かれた手紙を見つめたまま、完全に死んだ目をしている。
「……俺、この屋敷嫌いだわ」
低く漏れた本音に、誰も反論しなかった。
レディ•アルシエルは優雅に紅茶を口へ運びながら、静かに手紙を読み上げる。
『数日ほど旅に出ます。
心配しないでください。
――ルジア』
沈黙。
さらに、その下。
まるで追撃のように書き足された一文。
『カレブはまだ状況を理解できていません』
数秒後
ヴェルザリアが床を転げ回りながら爆笑した。
「アハハハハハハッ!! ダメ、無理!! 完全に拉致されたままじゃない!!」
「笑い事じゃねぇだろ!?」
バッキーが即座に叫ぶ。
しかしヴェルザリアは涙を拭いながら笑い続けていた。
「だってあのカレブよ!? “実験的な新婚旅行”って何!? 人生イベントの進み方が雑すぎるでしょ!!」
エリスは小さく首を傾げる。
「……また捕獲されたんですね」
「言い方」
バッキーが真顔で突っ込んだ。
レディ•アルシエルは優雅にカップを置いた。
「まあ、ルジアですもの」
まるで「今日は少し風が強いですね」とでも言うような自然さだった。
スズメは淡々とタオルを畳みながら呟く。
「住人二名、不在」
一拍置いて、
「……静かになりますね」
「そこ!?」
バッキーが再び叫んだ。
しかしスズメにとっては本気だった。
実際、カレブとルジアが同時に存在している時点で、屋敷の騒音レベルは災害級なのである。
そしてその頃――
遥か遠くの海辺の街。
カレブは豪華すぎるホテルの一室で、窓の外の海を見つめながら完全に魂が抜けた顔をしていた。
「……なんでベッドに花びら散ってんの」
しかも大量に。
どう見ても新婚仕様だった。
部屋は異常に広く、窓からは青い海が一望できる。
高級そうな料理。
甘い香りのアロマ。
柔らかな照明。
ロマンチックというより、もはや逃げ場がない。
危険だった。
精神的に。
ルジアは静かに窓を開け、潮風を室内へ入れる。
そしてカレブは、そこでさらに致命的な光景を目撃した。
彼女が私服だった。
しかも驚くほど自然な格好だった。
いつもの威圧感を纏った戦装束ではなく、柔らかな白いブラウスに薄いカーディガン。
髪も少しだけラフにまとめられている。
結果として、
普段より遥かに破壊力が増していた。
カレブは反射的に視線を逸らした。
「……なんか変だ」
「何がですか?」
「……お前が普通っぽいの」
ルジアは少し考える。
本当に数秒考え込んだ後、
「……誰かを脅している時の方が好みですか?」
「違う!!」
即答だった。
ルジアは小さく瞬きをする。
その後、ふっと口元を緩めた。
「なら良かったです」
「良くねぇよ、心臓に悪い」
彼女は自然な動作でカレブの隣へ腰掛けた。
近い。
とにかく近い。
カレブは即座に警戒態勢へ入る。
肩が硬直する。
呼吸もぎこちなくなる。
その反応を見て、ルジアは静かに息を吐いた。
「……まだ私が怖いですか」
「そりゃ怖いだろ」
「……悲しいですね」
「お前、人を誘拐した側だからな!?」
「一時的にです」
「その“一時的に”って言い方やめろ!!」
沈黙。
次の瞬間
ルジアが笑った。
本当に自然に。
押し付けるような笑みではない。
威圧もない。
剣もない。
ただ純粋に楽しそうに笑っていた。
それを見た瞬間、
カレブの心臓は嫌な意味で跳ねた。
いやもう本当に危険だった。
その笑顔は駄目だった。
色々と。
その後、二人は海辺の街を歩いていた。
石畳の道。
潮風の匂い。
小さな露店から漂う焼き菓子の甘い香り。
子供達の笑い声。
あまりにも平和だった。
ルジアが隣を歩いているのに。
カレブは逆に不安になっていた。
「……なんか世界終わる前兆じゃないよな」
「失礼ですね」
そう返した直後だった。
ルジアが自然に彼の手を握った。
カレブの思考が止まる。
完全停止。
「…………」
「…………」
「……ル、ルジア」
「はい」
「……手」
「はい」
「……なんで握ってんの」
ルジアは少しだけ首を傾げた。
まるで「何をそんなに疑問に?」と言わんばかりの顔で。
「恋人はこうするものでしょう?」
「待て待て待て待て」
カレブの顔が一瞬で赤くなる。
耳まで真っ赤だった。
ルジアはそれをじっと観察していた。
数秒後、
小さく微笑む。
「……興味深いです」
「やめろ」
「鼓動が速いですね」
「やめろって!!」
彼女は少し楽しそうだった。
本当に少しだけ。
でも確実に。
屋敷ではその頃、
ヴェルザリアが巨大な紙に意味不明な考察を書き込んでいた。
「もう子供三人くらいいるかもしれない」
「まだ二日だぞ!?」
バッキーが机を叩く。
レディ•アルシエルは優雅に紅茶のおかわりを注いでいる。
エリスはそんな騒ぎを横目に、スズメへ視線を向けた。
「……恋愛って複雑ですね」
スズメはシーツを丁寧に畳みながら答える。
「はい」
「……認めた」
エリスが静かに瞬きした。
スズメは無言だった。
しかし否定もしなかった。
海辺では、
夕日が静かに水平線へ沈み始めていた。
赤く染まる海。
波の音。
穏やかな風。
二人は砂浜へ腰を下ろしていた。
ルジアの銀髪が風に揺れる。
カレブはその横顔を見て、
少しだけ言葉を失う。
綺麗だと思った。
悔しいほどに。
しばらく沈黙が続く。
だが、不思議と居心地は悪くなかった。
むしろ
落ち着いていた。
そしてルジアが小さな声で言う。
「……ありがとうございます」
カレブは目を瞬かせた。
「何が?」
「……逃げなかったので」
彼は少しだけ海を見つめる。
それから苦笑した。
「……まあ、なんか慣れた」
ルジアは静かに目を見開いた。
ほんの少しだけ頬が赤くなる。
「……そうですか」
その声はどこか嬉しそうだった。
次の瞬間、
彼女はゆっくりとカレブの肩へ頭を預ける。
カレブの脳が再び停止した。
「あっ……」
情けない声が漏れる。
ルジアは目を閉じたまま、小さく呟いた。
「……もう少し、このままで」
カレブは数秒固まり
観念したように肩の力を抜く。
「……分かった」
波の音だけが静かに響いていた。
そこには剣もなかった。
追跡もなかった。
混乱も戦いもない。
ただ、
少し不器用な二人が、
本物の感情をどう扱えばいいのか分からないまま、
ゆっくり距離を縮めているだけだった。
……もっとも、その片方は未だにかなり危険人物なのだが。。
さて、このウェブ小説は無期限休止となります。理由は、私が風邪をひいてしまったからです。ひどいインフルエンザです…本当に残念です。




