第31章:ヤンデリズム
悲劇は、朝食の時間から始まった。
そして残念なことに
この屋敷における悲劇の大半は、だいたい朝食時に起きる。
朝の柔らかな光が大広間の窓から差し込み、長い食卓を淡く照らしていた。
磨き上げられた銀食器は静かに光を反射し、どこか優雅な空気を演出している。
……ただし、そこに集まる面々を除けば。
スズメは無表情のまま皿を整えていた。
その動きは機械のように正確で、一ミリのズレも許さない。
隣ではエリスが真剣な顔でその様子を観察している。
「……完璧な整列技術。学習価値あり」
「ただ皿並べてるだけだからな?」
バッキーが即座にツッコむ。
ヴェルザリアはなぜか自分から焦げたパンを選び、もぐもぐ食べていた。
「ふむ。苦味が実に芸術的だ」
「それただの失敗作だからね?」
リリスは椅子に座ったまま半分眠っていた。
というか、目を閉じたままスープを飲んでいる。器用すぎる。
バッキーはそんな光景を見ながら、朝から人生に疲れ切った顔をしていた。
「……帰りたい」
誰も聞いていない。
比較的、平和な朝だった。
少なくとも
カレブが笑顔を見せるまでは。
「スズメ」
その瞬間。
空気が止まった。
本当に、ぴたりと。
バッキーの表情が即座に変わる。
「……喋るな」
「え?」
「だから喋るな!!」
しかしカレブは完全に意味を理解していなかった。
むしろ爽やかな笑顔のまま続ける。
「あとで一緒に訓練しない?」
静寂。
絶対的静寂。
カチャ
ルジアの手の中で、ティーカップが止まった。
ゆっくり。
とてもゆっくり。
あまりにもゆっくり。
リリスが眠そうな目を一瞬で開く。
ヴェルザリアはどこから取り出したのか、即座に札を掲げた。
【極限危険区域】
エリスが首を傾げる。
「……高密度殺気を感知」
「解析するな!」
バッキーが叫ぶ。
しかし当のスズメは普段通りだった。
「検討は可能です」
その返答に、カレブは嬉しそうに笑う。
「ほんとか? よかった!」
パキン。
次の瞬間。
ルジアの握っていた銀のスプーンが粉々になった。
完全に素手で。
沈黙。
誰も動かない。
バッキーがぎこちなく顔を向ける。
「……今、金属砕いたよな?」
「砕いたわねぇ……」
リリスが引きつった声で水を飲む。
ヴェルザリアは腹を抱えそうになりながら笑いを堪えていた。
「くくっ……面白くなってきたな」
そして。
ルジアがゆっくり立ち上がる。
その笑顔は美しかった。
見惚れるほどに。
だが同時に、背筋が凍るほど恐ろしい。
「……カレブ」
「ん?」
「……あなた、スズメと随分親しいのですね」
「ああ。結構長い付き合いだし」
ちなみにカレブ基準では二週間で“長い付き合い”である。
空気がさらに重くなる。
食卓の花がしおれ始めた。
バッキーが即座に椅子を蹴って立ち上がる。
「あっ、終わった」
リリスは防御反応で水魔法を展開。
エリスは興味深そうに観察していた。
「……これは求愛行動の一種?」
「違う!!」
「違わない気もするけどなぁ」
ヴェルザリアがニヤニヤしながら呟く。
ルジアはゆっくりカレブへ歩み寄った。
静かに。
優雅に。
まるで舞踏会の一幕のように。
ただし、漂うのは殺意だった。
「……興味深いですね」
「え?」
「あなたはスズメを慕っているのですか?」
「もちろん」
カレブは一切の迷いなく答えた。
致命的だった。
完全に。
ヴェルザリアがついに吹き出す。
「ぶはっ……!!」
ルジアは優雅な動作でカレブの肩に手を置いた。
とても優しく。
壊れそうなほど優しく。
――バキバキッ。
床が砕けた。
「……なるほど」
その瞬間、ようやくカレブは理解した。
「あれ……? なんか俺、まずい?」
「今さら?」
バッキーが真顔で返す。
リリスが小声で呟いた。
「……死ぬわね、これ」
ルジアの笑顔は崩れない。
むしろ、さらに美しくなっていた。
だからこそ怖い。
「つまり……あなたはスズメが好きなのですね」
「え? いや、そりゃすごい人だし」
周囲の空気が凍った。
感情的な意味で。
窓際の小鳥が逃げた。
なぜかシャンデリアまで微妙に揺れている。
そしてついに、スズメも異変を認識する。
「……敵対的空気を検出」
数秒の沈黙。
「予防介入を推奨」
だが遅かった。
ルジアがゆっくりと神剣を抜く。
――シュィィィィン……
神々しい刀身が現れた瞬間、圧倒的な威圧感が広間を包み込んだ。
カレブの顔が一瞬で青ざめる。
「ま、待って」
「どうか安心してください」
ルジアは穏やかな声で言った。
笑顔のまま。
「ただ、あなたの意図を詳しく聞きたいだけです」
「処刑前尋問だこれ!!」
バッキーが叫ぶ。
ヴェルザリア、再び札を掲げる。
【ヤンデレ確定】
エリスが真面目に頷いた。
「……極めて危険」
「冷静に分析するな!!」
カレブは冷や汗を流しながら後退する。
「ち、違うんだって!」
ルジアが一歩近づく。
床が軋む。
「……では、どう違うのです?」
「うわぁ……殺意が光って見える……」
リリスがドン引きしていた。
その時だった。
スズメが静かに前へ出る。
無言のまま。
そして
ルジアの神剣を、二本の指で挟んだ。
瞬間。
広間を覆っていた殺気が霧のように消える。
ルジアがぴたりと止まった。
スズメは数秒間考え込み
結論を出す。
「食事中の争いは非効率です」
沈黙。
ルジアがぱちりと瞬きをした。
一度。
二度。
それから、ほんの少しだけ頬を赤く染める。
「……申し訳ありません」
即座に神剣を納めた。
まるで叱られた子供のように。
カレブはその場に崩れ落ちる。
「……死を見た」
「ハハハハハハ!!」
ヴェルザリアがついに大爆笑した。
バッキーは頭を抱える。
「……ほんと、スズメ関連になると理性吹き飛ぶよな」
リリスが疲れた顔で呟く。
「もう恋愛とかじゃないわよ……」
「災害」
「感情型天災」
エリスはそんなルジアを興味津々で見つめていた。
「……興味深い」
嫌な予感しかしない。
「この感情機構、学習したい」
「やめろ!!」
全員が同時に叫んだ。
再び静寂。
まるで嵐が去った後のようだった。
そしてスズメは何事もなかったかのように皿を並べ直し始める。
「環境安定化を確認」
「朝食を再開します」
誰も逆らわなかった。
ただ一人。
カレブだけはその日一日中、ルジアを見るたびにビクッとしていた。
そして正直に言えば。
それは極めて正しい反応だった。
友達が、人生にヤンデレがいてくれたらいいのにって言ってる… かわいそう。私はダンデレかツンデレの方が好き。




