第27章:35秒間の戦いと、ルジアの本当の目的
屋敷の庭園は静まり返っていた。
妙なほどに。
風が木々を揺らす音すら、どこか遠く感じるほどの沈黙。
誰もが理解していたからだ。
これから、とんでもない何かが始まる。
バッキーは額を押さえながら、深いため息を吐いた。
「なんでこうなったんだよ……」
その隣では、リリスが真剣な顔で水の障壁魔法を何重にも展開している。
庭園全体を覆うように、淡い青色の膜が空中へ広がっていった。
「一応、防御はしておくわ……屋敷が吹き飛んだら困るもの」
一方で、まったく緊張感のない人物もいた。
ヴェルザリアである。
彼女はどこから持ってきたのか、小さな札を次々と掲げていた。
【スズメ勝利】
【35秒】
【金貨5枚賭ける】
「お前ほんと何やってんの!?」
「賭けは人生を豊かにするのよ」
「絶対違うだろ!」
そんな騒がしいやり取りとは対照的に。
庭園の中央では、二人の少女が向かい合っていた。
ルジア。
伝説の神聖剣士。
彼女が握る神剣からは、眩い黄金のオーラが噴き出している。
周囲の空気そのものが震え、大地には蜘蛛の巣のような亀裂が広がっていた。
圧力だけで地面が壊れているのだ。
普通の冒険者なら、近づくだけで失神する。
しかし。
その正面に立つスズメは、いつも通りだった。
片手に箒。
無表情。
静か。
まるで、これから掃除でも始めるかのような落ち着き。
その姿に、逆に全員が寒気を覚える。
レディ•アルシエルが小さく咳払いをした。
そして片手を上げる。
「――始めなさい」
次の瞬間だった。
ルジアの姿が消える。
轟音。
庭園の地面が爆発した。
「っ!?」
バッキーが目を見開く。
速い。
あまりにも速すぎる。
黄金の残光だけを残して、ルジアが一直線に突撃する。
神剣が振り下ろされた。
空気を裂く。
音を裂く。
光すら置き去りにする一撃。
だが。
スズメは静かに箒を動かした。
甲高い衝突音が響く。
キィィィィン!!
衝撃波が周囲へ弾け飛び、庭木が一斉に吹き飛んだ。
しかし。
神剣は止まっていた。
箒によって。
ルジアの黄金の瞳が大きく見開かれる。
「……素晴らしい」
その声には、純粋な歓喜が混じっていた。
次の瞬間。
彼女は笑う。
獰猛に。
戦いを楽しむ者の笑み。
「ならば――これはどうだッ!!」
神剣が嵐のように振るわれる。
二撃。
三撃。
四撃。
五撃。
黄金の斬撃が暴風のように庭園を蹂躙した。
木々が裂け飛ぶ。
石畳が砕ける。
衝撃波で噴水が吹き飛び、水しぶきが雨のように降り注ぐ。
ルジアの剣速はさらに加速していく。
だが。
それでも。
スズメは避け続けていた。
最小限の動き。
最短距離。
一歩ずれるだけで斬撃を回避していく。
まるで。
掃除中に家具を避けて歩いているだけのように。
「……全部読んでる……」
リリスが呆然と呟く。
「いや怖ぇよ……」
バッキーの声も引きつっていた。
ヴェルザリアがまた新しい札を掲げる。
【残り20秒】
「だからその札どっから出してんだよ!」
「企業秘密」
ルジアの口元が吊り上がる。
久しぶりだった。
ここまで高揚するのは。
血が熱い。
心臓が速い。
全身が歓喜している。
だからこそ、彼女はさらに魔力を解放した。
黄金の光が空へ噴き上がる。
空が震える。
雲が割れる。
神剣が、眩い輝きを放った。
「神剣技 : 天裂閃!!」
巨大な黄金の斬撃が放たれる。
庭園全体を飲み込むほどの一撃。
大気が悲鳴を上げた。
誰もが息を呑む。
しかし。
スズメはただ静かにそれを見ていた。
力が過剰。
制御が粗い。
修正が必要。
結論。
スズメは箒を回転させた。
「剣箒術:片側切断・青」
淡い青い魔力が柄を走る。
そして。
コン。
本当に軽く。
彼女は神剣の側面を叩いた。
その瞬間。
世界が止まったように静まり返る。
ルジアの神剣が宙を舞っていた。
くるくると回転しながら遥か彼方へ吹き飛び、遠くの壁へ突き刺さる。
轟音。
沈黙。
ルジアは目を瞬かせた。
一回。
二回。
信じられないというように。
そして気づく。
いつの間にか。
スズメが目の前に立っていた。
至近距離。
箒の先端が、喉元へ向けられている。
完全敗北。
風だけが静かに吹いていた。
レディ•アルシエルが懐中時計を見る。
「……35秒ね」
その瞬間。
ヴェルザリアが両手を突き上げた。
「勝ったぁぁぁぁぁ!!」
「ほんとに35秒!?」
「だから言ったじゃない」
バッキーはその場にへたり込む。
リリスは顔を覆って空を見上げた。
「なんなのよあのメイド……」
だが。
ルジアだけは動かなかった。
銀色の髪が風に揺れる。
黄金の瞳が、じっとスズメを見つめていた。
長い沈黙。
妙に長い。
そして。
最初に異変へ気づいたのはバッキーだった。
「……ん?」
ルジアの頬が、ほんのり赤い。
彼女は胸元を押さえ、浅く息を吐いた。
「……なるほど」
小さな声。
「……そうか」
ヴェルザリアが首を傾げる。
「何が?」
ルジアは真剣な表情のまま、ゆっくり口を開いた。
「私は大陸中を旅した」
「王を倒した」
「竜を斬った」
「英雄とも戦った」
その声音には、一切の誇張がなかった。
事実なのだろう。
そして。
彼女はまっすぐスズメを指差した。
「……だが、私はずっと探していた」
静寂。
「私より強い者を」
さらに一歩前へ出る。
「そして」
ルジアの頬がさらに赤くなる。
「その相手と結婚したいと思っていた」
沈黙。
世界が止まった。
バッキーの口がぽかんと開く。
リリスの杖が床へ落ちた。
ヴェルザリアは完全に固まっている。
レディ•アルシエルですら、紅茶を持つ手を止めた。
「…………は?」
バッキーの魂の声が漏れる。
しかしルジアは本気だった。
真剣そのもの。
彼女はスズメの前まで歩き。
そっと手を取る。
「お願いだ」
真っ直ぐに。
揺るがない瞳で。
「私と結婚してくれ」
絶対静止。
どこか遠くで鳥が飛んでいった。
無駄にドラマチックに。
バッキーは頭を抱える。
「なんでそうなるんだよぉぉぉ!!」
リリスは虚無の顔だった。
「もう嫌この屋敷……」
ヴェルザリアは腹を抱えて爆笑している。
「アハハハハハハハ!! 最高!!」
レディ•アルシエルは静かにティーカップを置いた。
「……さすがに予想外ね」
その一方で。
スズメは真剣に考えていた。
予想外の提案。
高度な社会的問題。
処理中。
数秒の沈黙。
全員が固唾を飲んで見守る。
そして。
スズメは静かに口を開いた。
「16時に掃除があります」
「………………は?」
ルジアが固まる。
「後で返答します」
再び沈黙。
次の瞬間。
バッキーが膝から崩れ落ちた。
「ダメだこの人達!!」
リリスは笑いながら頭を抱えている。
ヴェルザリアは呼吸困難になるほど笑っていた。
そしてルジアは。
伝説の神聖剣士ルジアは。
顔を真っ赤にしたまま硬直していた。
生まれて初めて。
理解不能な存在と出会ってしまったからだ。
スズメという少女を。
彼女はまったく読み切れなかった。
そして、その事実が。
どうしようもなく愛おしく思えてしまっていた。
くそっ…この章を書いてる時に興奮しすぎちゃったよ、笑。GLにはならないからね、いい?!ハハハ




