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第25章:地獄編のエピローグ -ヴェルザリアザメイド-

 

 アルシエル邸は、奇妙なほど静かだった。


 爆発はない。


 マグマの川が廊下を流れることもない。


 苦痛に満ちた魂の悲鳴も聞こえない。


 空気は穏やかすぎるほど穏やかだった。


 むしろ不気味なほどに。


 窓辺に静かに座っていたスズメは、紅茶のカップを手にしながら庭を眺めていた。


 白いカーテンを揺らす風が、レディ•アルシエルの育てる魔界の花々の香りを運んでくる。


 平和な空気。


 健康的な環境。


 危険なくらいに。


(理想的な静寂です)


 スズメは心の中でそう結論づけた。


 “地獄編”が終わってから、すでに三日。


 第八地獄層の半分を吹き飛ばした最終事件から三日。


 そして同時に


 なぜか魔界の交通システムまで改善された、あの災害から三日。


 誰も、その理由を聞こうとはしなかった。


 特にバッキーは。


 彼はいまだに“爆発転移”という単語を聞くだけで震えるほどの精神的ダメージを負っていた。


 リリスは以前より眠る時間が増えた。


 そしてドゥーチェに至っては


 もうスズメに勝負を挑むことを完全に諦めていた。


 今では彼女を見かけるたび、礼儀正しく道を譲るだけである。


 生き残りを優先する賢い悪魔のように。


 だが


 平和になったとはいえ。


 まだ最大の問題が残っていた。


「スズメェェェェェェェェェ!!」


 次の瞬間。


 屋敷の大扉が勢いよく開かれる。


 ドォン!!


 轟音が廊下中に響き渡った。


 バッキーは本気で心臓が止まりかけた。


 そして現れたのは


 ヴェルザリアだった。


 暴風のような勢いで突撃してくる。


 白と黒のメイド服。


 綺麗に整えられたエプロン。


 完璧に装着されたメイドキャップ。


 そして、なぜか異常なまでに誇らしげな顔。


 沈黙。


 バッキーの持っていたグラスが手から滑り落ちた。


 カラン。


 リリスはゆっくり瞬きをする。


 レディ•アルシエルは、いつものように優雅に紅茶を飲んでいた。


 一方でスズメは静かに状況を観察していた。


(新規従業員を確認)


 ヴェルザリアは両腕を大きく広げる。


 まるで最終回に登場する主人公のような勢いだった。


「今日から」


 わざとらしい間。


 そして自分を指差す。


「私はここに住むわ!!」


 再び沈黙。


 窓の外で木の葉が一枚落ちた。


 最初に口を開いたのはバッキーだった。


「……嫌だ」


「冷たっ!?」


 ソファに沈んでいたリリスがゆっくり手を上げる。


「……なんで?」


 するとヴェルザリアは即座にスズメを指差した。


「修行よ!!」


 スズメはわずかに首を傾げる。


「修行?」


「そう!」


 ヴェルザリアは勢いよく近づいた。


 その赤い瞳は、夢を見つけた子供のように輝いている。


「あなたの掃除を見て」


「整理整頓を見て」


「完璧な屋敷管理を見て」


 そこで一拍置く。


 そして満面の笑みを浮かべた。


「あの魂まで吹き飛びそうな爽やかキックを見て――」


 沈黙。


「私、メイドになるって決めたの!!」


 バッキーは即座に頭を抱えた。


「……本当に地獄終わったんだな」


 リリスはさらにソファへ沈み込む。


「……屋敷壊される」


「ちょっと!?」


 レディ•アルシエルは穏やかにその様子を眺めていた。


 数秒の沈黙の後


 彼女は小さく微笑む。


「……面白いわね」


 ヴェルザリアの目が見開かれる。


「……それって許可!?」


「ちょうど人手不足だったの」


「レディ•アルシエル!?」


 バッキーが思わず叫んだ。


 リリスはもう完全に諦めた顔をしている。


 運命を受け入れた者の顔だった。


 その間も、スズメは無言でヴェルザリアを見つめ続けていた。


 分析開始。


 姿勢、不適切。


 動作、過剰。


 声量、極大。


 感情制御能力、皆無。


 破壊危険度、高。


 結論


(徹底訓練が必要です)


 ヴェルザリアは引きつった笑みを浮かべた。


「……スズメ先生?」


「はい」


「……お手柔らかにお願い」


 沈黙。


 次の瞬間。


 スズメは巨大な書類の束を彼女の腕に置いた。


「スケジュール表です」


 さらにもう一束。


「規則一覧です」


 さらに追加。


「清掃マニュアルです」


 さらに追加。


「礼儀作法ガイドです」


 さらに追加。


「緊急対応マニュアルです」


 ヴェルザリアの顔色がみるみる青くなっていく。


「……文字、多すぎない?」


「はい」


「……代わりにドラゴン倒してきてもいい?」


「駄目です」


「地獄だわ……」


 バッキーが即座にツッコむ。


「お前、元から地獄出身だろ」


 数時間後


 ヴェルザリアは正式にサイズ調整されたメイド服姿で現れた。


 正直に言えば。


 とんでもなく似合っていた。


 問題は別にある。


 彼女はその格好での歩き方をまったく理解していなかった。


 三歩進み


 即座に自分の足に引っかかる。


「わひゃっ!?」


 ガシャァァン!!


 小さなテーブルを巻き込みながら、高級花瓶へ一直線に突っ込んだ。


 派手な破壊音がホールに響く。


 沈黙。


 リリスは顔を覆った。


 バッキーは深いため息をつく。


 レディ•アルシエルは紅茶を飲む。


 いつものように。


 花瓶の破片が床を転がる中、スズメは静かにヴェルザリアへ近づいた。


 ヴェルザリアはゆっくり顔を上げる。


 髪には葉っぱが一枚刺さっていた。


「……失敗した」


「まだです」


 スズメは即答した。


 ヴェルザリアが瞬きをする。


「……え?」


 そして


 スズメは彼女へ手を差し伸べる。


「メイドは毎日成長します」


 その場が静まり返った。


 穏やかな声だった。


 見下しもない。


 嘲笑もない。


 ただ真っ直ぐな言葉。


「掃除とは、継続の積み重ねです」


 その瞬間


 ヴェルザリアは完全に固まった。


 やがて。


 その瞳がキラキラと輝き始める。


 まるで天啓を受けたかのように。


「……スズメ……」


「……先生ぇ……」


 バッキーは瞬時に危険を察知した。


「……あ、やば」


 遅かった。


 ヴェルザリアは勢いよくスズメに抱きつく。


「私は地獄最強のデーモンメイドになるわぁぁぁぁぁ!!」


「声量過多です」


 スズメは冷静に返した。


 そしてその瞬間


 屋敷の全員が理解した。


 地獄の混沌は。


 終わってなどいなかった。


 ただ場所を変えただけだったのだと。


 その頃


 遥か遠く。


 地獄の深層。


 半壊した玉座に座るドゥーチェは、一枚の報告書を眺めていた。


 静寂。


 あまりにも静かだった。


 書類の上部にはこう記されている。


【被害報告書】


 ・要塞7つ崩壊

 ・火山13基停止

 ・巨人1体撃破

 ・経済システム一部再編

 ・地獄内ゴミ82%削減


 ドゥーチェはゆっくりこめかみを押さえた。


 そして最後の一文を見る。


【魔王の現在状況】

 現在、人間式メイドとして修行中。


 沈黙。


 彼はゆっくり目を閉じ


 虚無の表情で呟いた。


「……本当に、地獄は変わったな」


著者の記録(彼が人間界に住んでいた頃の記録)


私の教室は、もう本当にめちゃくちゃなんです(笑)。先日も、昼休みにあの「花見さん(仮名)」が、いきなり私のお尻を叩いてきたんですよ。


当然、私も「倍返しだ!」とやり返そうとしたんです。


でも、その瞬間に冷静な自分が囁きました。「もし、女の子にそんなことをしてしまったら、セクハラで通報され、一生『最低な男』というレッテルを貼られて絶望するのではないか……」と。


葛藤の末、私は土壇場でターゲットを修正し、彼女の背中を思いっきり叩いてやりました。……ええ、健全な友情の証です。

……ですが、それ以来、彼女の攻撃がさらにエスカレートしています。


隙あらば私の首を掻いてくるし、くすぐってくるし、挙げ句の果てには「冷たくて死んだような足」を私の腕に押し付けてくるんです。いや、冷たすぎて一瞬心臓止まるかと思いました。


まさに「長瀞さん 2.0 ライトバージョン」にリアルで遭遇している気分です。

作者が彼女の「冷たい足攻撃」で凍死する前に、次のチャプターを書き上げられるよう応援してください(笑)。

それでは、また次回!


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