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第24章:ドゥーチェの復讐

 地獄の城は静まり返っていた。


 異様なほどに。


 まるで世界そのものが息を潜めているような、不気味な静寂。


 そして地獄において、“静か”というのは最悪の前兆だった。


 最初にそれへ気づいたのはバッキーだった。


「……静かすぎるな」


 低く呟きながら、彼は周囲を見回す。


 普段なら、どこかで悲鳴が響き、爆発が起き、下級悪魔たちが泣きながら走り回っている時間だ。


 だが今日は違う。


 静かすぎる。


 その言葉に、隣で壁へ寄りかかっていたリリスも眉をひそめた。


「……うん。私も嫌な感じする」


 玉座ではヴェルザリアが頬杖をつき、珍しく考え込んでいた。


 その姿だけでも十分に異常だった。


 普段の彼女なら、退屈そうに誰かを煽るか、気まぐれに爆発を起こしているはずなのだから。


 一方、レディ•アルシエルは優雅に紅茶を口へ運び、まるで周囲の緊張など存在しないかのように微笑んでいる。


 そしてスズメは。


 大量の悪魔書類を黙々と整理していた。


 寸分の狂いもなく。


 角度まで完璧に揃えられた書類の山。


 先日の“大掃除”以降、地獄の行政機能は一度完全崩壊した。


 悪魔たちは死を恐れなくなった代わりに、“管理”を恐れるようになったのだ。


 特に。


 スズメを。


 彼女に「整理整頓」を命じられた悪魔は、例外なく魂の底から絶望する。


 スズメは静かに書類を揃えながら思考する。


 全体効率、三十二パーセント向上。


 無駄な破壊行為、十八パーセント減少。


 清掃意識、微増。


 概ね良好。


 その瞬間だった。


 玉座の間の巨大な扉が


 轟音と共に吹き飛んだ。


 爆炎。


 黒い魔力。


 重圧。


 凄まじい殺気が空間を埋め尽くす。


「……戻ったか」


 バッキーが即座に立ち上がる。


 空気が重い。


 いや、重すぎる。


 ゆっくりと、煙の向こうから姿を現したのは――ドゥーチェだった。


 しかし。


 何かがおかしい。


 明らかに様子が違う。


 彼の纏う魔力は以前より遥かに重く、荒れ狂い、不安定だった。


 そして。


 彼の背後に存在していた“それ”を見た瞬間、全員が沈黙する。


 山。


 いや。


 違う。


 それは巨大すぎる漆黒の鎧だった。


 呪われた廃棄物。


 凝固したマグマ。


 無数の地獄鎖。


 それらを無理矢理融合させたような、異形の超巨大装甲。


 赤い眼光が闇の中でギラギラと燃えている。


 ヴェルザリアが思わず目を見開いた。


「……ドゥーチェ」


 数秒の沈黙。


 そして。


「……何それ」


「復讐だ」


 即答だった。


 あまりにも真顔だった。


 バッキーが呆れたように眉をひそめる。


「……いや、お前、魔王だろ」


「……それでもゴミ箱に蹴り飛ばされた」


 空気が止まった。


 リリスがぷるぷる震えながら顔を逸らす。


 笑いを堪えている。


 ヴェルザリアも肩を震わせていた。


 恐怖ではない。


 完全に笑いを我慢している。


「……めちゃくちゃ根に持ってるじゃない」


「当然だ!!」


 ドゥーチェが即座に叫ぶ。


 その瞬間、背後の巨大鎧が唸りを上げた。


 無数の鎖がジャラジャラと暴れ狂い、灼熱のマグマが滴り落ちる。


 床が溶ける。


 空間が軋む。


 下級悪魔なら視線を向けただけで気絶しかねない圧力。


 だがレディ•アルシエルだけは優雅にカップを置き、静かに尋ねた。


「……つまり、これは名誉の決闘ですの?」


「その通りだ」


 ドゥーチェは勢いよくスズメを指差した。


「今日こそ我が屈辱を洗い流す!!」


 ビシィッ――と。


 完璧な決めポーズ。


「絶対的な力でなァ!!」


 沈黙。


 スズメは小さく首を傾げた。


「理解しました」


「……相変わらず冷静すぎるだろ、あの子……」


 バッキーが乾いた声を漏らす。


 ドゥーチェが腕を振り上げた。


 同時に。


 巨大鎧が動く。


 轟音。


 城全体が揺れた。


 廊下の向こうで悪魔たちが絶叫しながら逃げ惑う。


「魔王様がまた暴走したァァァ!!」


「今度は何を壊す気だ!?」


「女王陛下のマグカップを守れぇぇぇ!!」


 するとヴェルザリアが勢いよく立ち上がった。


「カップを最優先しなさい!!」


 リリスが真顔で振り返る。


「……本当に好きね、そのカップ」


 その頃には。


 巨大鎧の腕が天高く持ち上がっていた。


 無数の鎖が生き物のように蠢き、一斉にスズメへ襲いかかる。


 蛇の群れ。


 いや。


 災害そのもの。


 だが。


 スズメは静かにそれを見つめていた。


 過剰な廃棄物蓄積。


 構造整理不足。


 分類基準、極めて劣悪。


 結論。


 大規模清掃が必要。


 彼女は静かに箒を持ち上げる。


 ドゥーチェが口元を吊り上げた。


「来い」


 次の瞬間。


 スズメの姿が消えた。


「――なっ!?」


 ドゥーチェの目が見開かれる。


 速い。


 いや。


 認識できない。


 気づけばスズメは巨大鎧の目の前に立っていた。


 そして。


 彼女は箒で、軽く鎧を叩いた。


 コン。


 あまりにも軽い音。


 静寂。


 その直後。


 巨大鎧が完全停止した。


「……は?」


 鎖が一本、落ちる。


 ガラン。


 続いて、また一本。


 さらに一本。


 まるで塵が払い落とされるように。


 次々と。


 マグマの光が消えていく。


 呪いが霧散する。


 廃棄物が浄化される。


 そして。


 超巨大鎧そのものが、自壊を始めた。


 ボロボロと崩れ落ちていく。


 まるで“掃除”されたかのように。


 いや。


 実際に掃除されていた。


 完全に。


 完璧に。


 ドゥーチェは固まった。


「……え?」


 バッキーがゆっくり瞬きをする。


「……復讐、掃除されたな」


 リリスは顔を覆った。


「うわぁ……精神的ダメージえぐ……」


 ヴェルザリアはついに耐え切れず、玉座へ倒れ込む。


「アハハハハハハハハ!!」


 腹を抱えて笑っていた。


 涙まで出ている。


 ドゥーチェは震える手で自分の“最強兵器”を見下ろす。


 そこにあったのは


 綺麗に整理整頓された地獄リサイクル資材の山だった。


 種類別。


 用途別。


 しかもラベル付き。


 完璧すぎる。


 スズメは静かに頷いた。


「整理完了」


 そして彼女は一枚の紙をドゥーチェへ差し出す。


「廃棄手順書です」


「……」


 ドゥーチェはゆっくり紙を見る。


 分別方法。


 回収時間。


 再利用区分。


 地獄式資源循環ルール。


 果ては“安全な呪物処理マニュアル”まで書かれていた。


 ドゥーチェの肩が震える。


「……俺は」


 沈黙。


「……また負けた」


 ヴェルザリアは笑いすぎて呼吸困難になっていた。


 バッキーは哀れみから視線を逸らす。


 リリスは小声で呟く。


「……死ぬより酷いかも」


 その中でスズメだけは。


 何事もなかったかのように床掃除を再開していた。


 いつも通り。


 だが。


 その時だった。


 ゴゴゴゴゴ。


 城全体が激しく揺れる。


 先程とは比べ物にならない。


 空気が変わる。


 壁が軋み、赤黒い天井に巨大な亀裂が走った。


 ヴェルザリアの笑顔が一瞬で消える。


「……嘘でしょ」


 ドゥーチェも険しい表情になる。


 その反応を見た瞬間、周囲の悪魔たちの血の気が引いた。


 魔王と魔王妃。


 その二人が、本気で警戒している。


 それだけで十分すぎた。


 そして。


 城の遥か地下。


 奈落のさらに奥底から。


 何かが目覚める。


 ドクン。


 まるで巨大な心臓が脈打つような音。


 空間そのものが震える。


 それは。


 今までとは次元が違う“何か”。


 ヴェルザリアが小さく呟いた。


「……最悪ね」


 スズメは。


 静かに掃除の手を止めた。


 箒を握ったまま。


 ゆっくりと。


 闇の奥を見つめる。


 その無機質な瞳が、初めて僅かに揺れた。


「地獄編」を完結させるのにあと1つの章しか残っていないので、ここに投稿しました。

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