第21章:溶岩が近づいている
地獄は硫黄の臭いに満ちていた。
それ自体は珍しいことじゃない。
だが今日は違った。
空気が重い。
熱が異常なほど濃い。
まるで大地そのものが煮え立っているようだった。
スズメは足を止め、静かに周囲を見渡す。
瞳がわずかに細まる。
「平均温度を超過」
淡々とした声。
「地下流動……不安定」
短い沈黙。
そして。
「火山活動発生の可能性を確認」
その言葉と同時に
ゴゴゴゴゴゴ……
城全体が揺れた。
天井から砂塵が落ちる。
廊下の燭台がガタガタと震え、赤い炎を不気味に揺らした。
ヴェルザリアは普段の余裕を完全に失った様子で、早足のまま振り返る。
「……マズいわね」
冗談も笑みもない。
それだけで十分異常だった。
バッキーが顔を引きつらせる。
「お前がそういう顔すると怖ぇんだけど……」
「怖がって正解よ」
珍しく即答だった。
リリスは汗を流しながら、自分の周囲に小さな水流を展開している。
冷却しなければ耐えられないのだ。
「暑っ……なにこれ……」
いつも優雅なレディ・アルシエルでさえ、扇子をゆっくり仰ぎながら眉を寄せていた。
「これは少々、笑えませんわね……」
その時。
再び激震。
遠くから何か巨大な咆哮が響いた。
まるで地の底で怪物が目を覚ましたような低音。
ヴェルザリアが歯を食いしばる。
「……第四区画が開いた」
空気が凍る。
バッキーが瞬きをした。
「……それって、どういう」
間。
ヴェルザリアは嫌そうに答えた。
「溶岩よ」
次の瞬間だった。
ドゴォォォォォォン!!
城壁の一部が吹き飛ぶ。
赤黒く発光する灼熱の奔流が、轟音と共に突き破ってきた。
マグマ。
巨大な溶岩流だった。
「うわあああああ!?」
「火山が噴いたぞ!!」
「書類を運べぇぇぇ!!」
「そっち優先なの……?」
リリスが呆然と呟く。
だが誰も聞いていなかった。
溶岩は全てを呑み込んでいく。
石柱が溶ける。
橋が崩落する。
床が悲鳴のような音を立てて割れていく。
灼熱。
暴力。
純粋な破壊。
その地獄の中心で。
スズメだけが静かだった。
「環境、深刻に不適合」
冷静な分析。
「即時制圧が必要と判断」
ヴェルザリアが即座に振り返る。
「……すずめ」
「はい」
「お願い」
短いやり取り。
だがその声には、完全な信頼があった。
マグマが迫る。
生き物のように蠢きながら。
熱だけで石が蒸発していた。
バッキーは後退りする。
「いやいやいや無理だろこれ!! 止められる規模じゃねぇ!!」
リリスが防御用の水壁を展開。
しかし。
ジュワァァァ!!
一瞬で蒸発した。
「あっ」
間抜けな声だけが残る。
アルシエルは静かに扇子を閉じた。
「……厄介ですわね」
そんな中。
スズメは一人、前へ歩き出した。
足元の石床が赤熱していく。
靴底すら焼ける熱量。
それでも彼女の歩みは乱れない。
静かで。
正確で。
機械のように一定だった。
「高熱融解物質を確認」
スズメは箒を持ち上げる。
だが。
ぴたりと止まった。
沈黙。
「……?」
ヴェルザリアが首を傾げる。
「スズメ?」
スズメは溶岩をじっと見つめていた。
赤く流れる灼熱。
ゆっくり分析するように。
そして。
「……高温すぎます」
結論。
「別手段を要請」
彼女はゆっくり振り返る。
視線の先。
リリス。
「……なんでこっち見るの?」
嫌な予感しかしなかった。
スズメは真顔のまま告げる。
「水が必要です」
「どれくらい!?」
「はい」
「質問に答えてぇ!?」
その間にも溶岩は迫ってくる。
ヴェルザリアは半泣きになっていた。
「いやあああ城がぁぁぁ!!」
「私の部屋あっちなんだけど!?」
「マグカップコレクションが!!」
バッキーが振り返る。
「……お前、マグカップ集めてたの?」
「当然でしょ!?」
そんな会話をよそに。
リリスは大きく息を吸った。
そして。
両手を掲げる。
次の瞬間。
ゴォォォォォ……!!
膨大な水が出現した。
天井を覆うほどの水塊。
まるで空中に海が現れたかのようだった。
バッキーが絶句する。
「……いや待て、お前こんなの出来たの!?」
「普段は魔力節約してるだけよ……!」
リリスは顔を青くしながら答える。
スズメは静かに頷いた。
「必要量を確認」
彼女が水に触れる。
その瞬間だった。
巨大な水塊が回転を始める。
渦を巻き。
圧縮され。
完璧な形へ再構築されていく。
リリスが遠い目をした。
「……また私より上手く水操作してる……」
感情が死んでいた。
マグマが咆哮する。
巨大な赤い波が襲い来る。
スズメは静かに手を振った。
直後。
轟音。
シュゴォォォォォォォォォッッ!!
超高熱と超大量の水が激突する。
凄まじい水蒸気爆発が起きた。
白煙が地獄全域を覆う。
城が揺れる。
悪魔達の悲鳴が遠くで響いた。
「ぎゃああ熱っ!!」
「前見えねぇぇ!!」
「誰か俺の尻尾踏んだぁ!!」
混乱の中。
ヴェルザリアだけはこっそりマグカップを抱き締めていた。
そして
静寂。
ゆっくりと蒸気が晴れていく。
そこにあったのは。
停止した溶岩。
黒く巨大な岩石へと変わったマグマの大地だった。
完全に固まっている。
もう動かない。
安全だった。
バッキーが口を開ける。
「……溶岩を掃除した……」
リリスはその場にへたり込む。
「また私の魔法を私以上に使われたんだけど……」
ヴェルザリアの瞳に涙が浮かぶ。
「……私の城……」
間。
「助かったぁぁぁ……」
本気で泣いていた。
スズメは周囲を確認する。
「温度低下を確認」
「地下流動、安定化」
そして。
「環境は現在、許容範囲内です」
その時だった。
遥か地下。
火山の奥深くから。
ドォォォォォ……
先程よりも遥かに重い咆哮が響く。
古い。
巨大。
本能が理解する。
“さっきのは前座だった”と。
ヴェルザリアの表情が凍った。
「……あ」
バッキーも察する。
「……もっとヤバいの来るやつだろ、それ」
誰も否定しない。
次の瞬間。
ビキビキビキッ!!
固まった溶岩に巨大な亀裂が走った。
大地が割れる。
その裂け目の奥から。
何か巨大な影が、ゆっくりと姿を現し始めていた。
また新しい章を投稿できました!あと3章近日公開予定です(笑)
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異世界における作者の日記⁴
現在、私はリリヤと暮らしているこの家に一人でいます。主がいなくて暇だったので、冷蔵庫のような魔導具(?)を漁ってみたところ、中からカチコチに凍った「冷凍ハトの肉」が出てきました。……ええ、異世界の食生活にはもう慣れっこです。これから温めて、とりあえず空腹を満たそうと思います。
そんなサバイバル中に、不意にドアベルが鳴り響きました。
出てみると、そこには前回の試合で私を斬ったヨハンと、治癒師のアミさんの姿が。
ヨハンは前回の件を深く反省していたようで、丁重な謝罪をされました。……が、あろうことか彼は「二人でゆっくり話しなよ」的な空気を出し、私とアミさんを二人きりにして、そそくさと出て行ってしまったんです。
おい、ヨハン、待て。戻ってこい。
皆さん、ご存じの通り……アミさんはサキュバスなんです。そんな彼女と、二人きりの密室。さっきのハトの肉よりよっぽど食べられてしまう(意味深)恐怖を感じています。
今の私の心拍数は、本編のクライマックスシーンよりも高いかもしれません。無事に次のチャプターが更新されたら、「あぁ、作者は貞操を守り抜いたんだな」と思ってください。
それでは、生きていたらまた次回!(アミさんと3人の子供を産んだ後、私が死ななければ)




