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異世界デワ 、中村すずめはレベル999のメイドです  作者: 天村 秀明
第2章、第1部:地獄編 -はじまり-
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第20章: 有情猛取脚

 

大広間は、まだ揺れていた。


 天井に刻まれた巨大な魔法陣は不気味な赤黒い光を放ち、壁に突き刺さった無数の鎖が、まるで生き物のように軋み声を上げている。


 ギィ……ギギギギ……


 封印扉は脈動していた。


 まるで呼吸しているかのように。


 重苦しい瘴気が空間全体を満たし、息を吸うだけで肺が焼けるようだった。


 地獄そのものが、息を潜めている。


 そんな錯覚すら覚えるほどの圧力。


 そして


 突如として。


 ドゥーチェが笑った。


「ハハハハハハ!!」


 爆発的な魔力が再び解放される。


 先ほど以上に。


 熱く。


 重く。


 禍々しく。


 床が軋み、空間が悲鳴を上げた。


「……素晴らしい」


 紅蓮の瞳が妖しく輝く。


 その視線は、真正面に立つスズメだけを見据えていた。


「余の力に耐えた者など……数百年ぶりだ」


 その瞬間、ヴェルザリアの顔色が変わった。


「あっ……まずい」


 バッキーも額に汗を浮かべる。


「おいおい待てよ……まさか第二ラウンドか!?」


「なんで強いやつって全員、最終的に殴り合いで解決しようとするのよ……!」


 リリスは頭を抱えた。


 ドゥーチェはゆっくりと腕を持ち上げる。


 その動きだけで周囲の空気が沈み込む。


 黒い稲妻が空間を裂いた。


 そして彼の背後


 巨大な悪魔の虚像が再び現れる。


 先ほどよりも遥かに巨大。


 より濃密。


 より禍々しい。


 その姿は、まるで世界を覆う災厄そのものだった。


「もう一度だ、メイド」


 静寂。


 誰も動けない。


 空気そのものが凍りついていた。


 だが。


 スズメだけは違った。


 彼女は静かにドゥーチェを見つめる。


 その瞳には恐怖も焦りも存在しない。


 ただ観察。


 分析。


 判断。


 脳内で冷静な処理が行われる。


 過剰な残留エネルギーを確認。


 対象の活動量、許容範囲を超過。


 周辺設備への負荷増大。


 結論


 物理的矯正が必要。


 スズメは一歩前へ出た。


 そして。


 静かに箒から手を離す。


 カラン


 乾いた音が大広間に響いた。


 その瞬間。


 ヴェルザリアが凍りつく。


「……箒を置いた」


 リリスの顔が引き攣る。


「え、ちょっと待って。それってヤバいやつ?」


「……かなりヤバいやつ」


 バッキーが真顔で答えた。


 ドゥーチェは口元を吊り上げる。


「……ようやく本気か」


 次の瞬間。


 轟音。


 床が吹き飛んだ。


 ドゥーチェの巨体が消える。


 否


 あまりにも速すぎて視認できなかった。


「喰らえェェェ!!」


 巨大な拳が振り下ろされる。


 大気が爆発し、衝撃波だけで床が粉砕されていく。


 しかし


 そこにスズメはいなかった。


「――なっ」


 ドゥーチェの瞳が見開かれる。


 気配が消えている。


 完全に。


「後ろ――!」


 ヴェルザリアが叫ぶ。


 だが遅い。


 すでに。


 スズメはドゥーチェの真横に立っていた。


 音もなく。


 風すら揺らさず、完璧な姿勢、無駄のない所作。


 まるで長年訓練された武術家のように、静かに腰を落とす。


 そして。


 わずかに身体を捻った。


「有情猛取脚」


 放たれた蹴りは。


 あまりにも静かだった。


 爆音もない。


 衝撃波もない。


 派手な光もない。


 ただ。


 コツッ


 軽い音だけが響く。


 スズメのつま先が、ドゥーチェの腹部に触れていた。


 静寂。


 完全な沈黙。


 時間すら止まったかのような数秒。


 そして。


 ドゥーチェの目が、ゆっくりと見開かれる。


「……な……に……?」


 燃え盛っていた地獄の熱が消えていく。


 黒炎が霧散する。


 殺気が消滅する。


 その瞬間。


 ドゥーチェは理解した。


 否


 感じてしまった。


 あり得ない感覚を。


 爽やかだった。


 まるで早朝の風。


 天日干ししたばかりの清潔なシーツ。


 長年放置されていた部屋を、隅々まで完璧に掃除した後のような。


 澄み切った幸福感。


「……あぁ……」


 ドゥーチェの顔から怒気が消える。


 代わりに浮かんだのは


 圧倒的な安堵。


「なんだ……この清潔感は……」


 その声は、どこか感動すら滲んでいた。


「素晴らしい……掃除だ……」


 次の瞬間、ドゥーチェの巨体が吹き飛んだ。


 凄まじい速度で。


 柱を貫通。


 壁を粉砕。


 爆炎を突き抜け。


 城の端まで一直線に飛んでいく。


 そして――


クラッシューーー


 城の反対側に設置されていた巨大な悪魔用ゴミ廃棄場へ、見事に突っ込んだ。


 瓦礫とゴミが空高く舞い上がる。


 静寂。


 バッキーが瞬きをする。


 一回。


 二回。


「……魔王をゴミ箱に蹴り飛ばしたぞ、あのメイド」


 リリスが呆然と指を差した。


「しかも……なんか嬉しそうだったんだけど……」


 ヴェルザリアは顔を覆ったまま動かない。


「もう嫌、この職場……」


 遠く。


 巨大なゴミ廃棄場の中から、ドゥーチェの声が響く。


「……素晴らしい……」


「……実に爽やかだ……」


 誰も返事をしなかった。


 スズメは静かに、城に空いた大穴を見つめる。


 崩落箇所を確認。


 損傷範囲を計測。


 修繕コストを概算。


 結論


 後日修理が必要。


 彼女は無言で床に落ちていた箒へ歩み寄る。


 それを拾い上げ、軽く埃を払った。


 装備、回収完了。


 その背後で。


 封印扉の鎖がさらに激しく震え始める。


 ギギギギギギ……


 まるで。


 扉の向こうに眠る太古の存在すら。


 今の一撃を見てしまったかのように。


 そして、恐怖していた。


なんとか時間を見つけて新しい章を投稿できました、ハハ、さあ、あと2章投稿できるか試してみましょう!

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