第18章:闇大魔王ドゥーチェ(ヴェルザリアの夫)
地獄の魔城。
それを一言で表すなら、常軌を逸していた。
巨大。
漆黒。
空を覆うほど高く伸びた尖塔。
城壁には黒炎が絡みつき、生き物のように脈動している。
空気そのものが重かった。
まるで世界がこの城を拒絶しているかのように。
城へ続く橋を歩きながら、バッキーは引きつった顔で見上げた。
「……あいつ、本当にここに住んでるのか?」
「もちろんよ」
ヴェルザリアは胸を張った。
どこか誇らしげですらある。
「ここは“闇の大魔王城”なんだから」
そこでわざとらしく間を置き、
彼女はさらりと言った。
「――私の旦那の家よ」
沈黙。
風が吹いた。
リリスがぱちぱちと瞬きをする。
「えっ」
「えっ、じゃないわよ」
「いや、情報量が多すぎるんですが……?」
一方その頃。
レディ・アルシエルは優雅に紅茶を飲んでいた。
どういう理屈か知らないが、まだ温かい。
しかもカップまで高級品だった。
なぜ地獄まで持ってきているのかは誰も聞かない。
スズメは城をじっと観察していた。
壁。
構造。
窓の配置。
照明。
黒炎の熱効率。
数秒後。
彼女の中で結論が出る。
老朽化。
採光不足。
換気効率、劣悪。
総合評価。
「リフォームが必要ですね」
「そこ!?」
バッキーが即座に突っ込んだ。
ヴェルザリアは感心したように頷く。
「わかる? やっぱりちょっと古いのよねぇ」
「共感しないでください!?」
そんなやり取りをしながら、ヴェルザリアは巨大な門へ歩み寄った。
黒鉄の門。
高さだけで十数メートル。
無数の魔眼が埋め込まれ、侵入者を睨みつけている。
ヴェルザリアは両手を広げ、
勢いよく門を押し開けた。
轟音が響く。
まるで雷鳴だった。
完全に演出である。
「ドゥゥゥゥチェェェェェ!!」
彼女の声が城全体へ反響した。
沈黙。
長い沈黙。
あまりにも長い。
バッキーが「これ無視されてないか?」と思い始めた頃。
重い足音が響いた。
床が揺れる。
空気が震える。
闇の奥から、巨大な影が現れた。
高い。
二メートル四十近い巨体。
漆黒の外套。
血のように赤い瞳。
その身から放たれる魔力だけで、普通の人間なら気絶するレベルだった。
圧倒的。
ただ立っているだけで災害そのもの。
バッキーの身体が反射的に強張る。
「っ……!」
リリスも思わず杖を握り締めた。
レディ・アルシエルですら、わずかに目を細める。
男は一行の前で止まり、低く息を吐いた。
「……ヴェルザリア」
声が重い。
空間に沈み込むような低音だった。
「またゲートを破壊したのか?」
「て、天災みたいな事故よ」
「また人間を攫ったのか?」
「資源の有効活用って言って」
沈黙。
ドゥーチェは深くため息をついた。
絶望的な疲労感が滲み出ている。
慣れているのだろう。
確実に。
「……すまない」
彼は静かに頭を下げた。
「こいつは昔から問題ばかり起こす」
「ちょっと!?」
ヴェルザリアが抗議する。
「私だって時々は解決してるわよ!」
「別の問題を増やしながらな」
「ぐっ……!」
言い返せなかった。
バッキーは察する。
あ、この夫婦こういう感じなんだな、と。
そしてドゥーチェの視線が、一行へ向いた。
止まる。
スズメで。
沈黙。
異様なほど長い沈黙だった。
ヴェルザリアですら違和感を覚えるほどに。
「……ドゥーチェ?」
闇の大魔王は目を細めた。
瞬間。
空気が変わる。
黒炎が彼の背後で噴き上がった。
魔力の圧が一気に増す。
バッキーは即座に剣へ手を伸ばした。
リリスも緊張した表情で杖を構える。
ヴェルザリアは「あっ」と小さく声を漏らした。
スズメだけが、いつも通りだった。
小さく首を傾げる。
「こんにちは」
静寂。
絶対的な静寂。
そして。
ドゥーチェの背後で燃え盛っていた黒炎が。
ぶるり、と震えた。
まるで怯えたように。
彼はスズメを見つめ続ける。
災害を見る目だった。
いや。
もっと正確に言うなら。
“理解不能なもの”を見る目。
やがて彼はゆっくり口を開いた。
「……貴様が、“メイド”か」
「はい」
即答。
また沈黙。
ドゥーチェは片手で顔を覆った。
深く。
本当に深く。
疲れ切った声が漏れる。
「……噂は本当だったか……」
「噂?」
バッキーが首を傾げる。
するとヴェルザリアが勢いよく手を挙げた。
「はいはいはい! 最近めちゃくちゃ有名なのよ!」
彼女は指を折りながら数え始める。
「呪い消滅」
「悪霊蒸発」
「生きたゴミ処理」
「魔族職員真っ二つ」
「それは言わない約束だったはずですが」
スズメが静かに言った。
「ごめん」
秒で謝った。
ドゥーチェは再びスズメを見る。
重い沈黙。
「……お前」
「はい」
「本当に、何でも掃除できるのか?」
スズメは少し考えた。
質問が抽象的すぎる。
汚れの定義が曖昧。
しかし総合的に判断する。
「おそらく」
バッキーが遠い目をした。
リリスは視線を逸らす。
ヴェルザリアは肩を震わせて笑いを堪えている。
その後。
ドゥーチェはゆっくり振り返った。
大広間の最奥。
巨大な扉を指差す。
全員の視線が向く。
そして、空気が凍った。
黒い鎖。
無数の封印。
脈打つ魔眼。
扉そのものが生きているようだった。
周囲の空間まで歪んでいる。
見るだけで本能が警鐘を鳴らす。
「ならば、あれを掃除してみろ」
ヴェルザリアの表情が変わった。
初めてだった。
彼女が本気で焦った顔をしたのは。
「……ドゥーチェ」
声が低い。
「冗談でしょう?」
だが大魔王は答えない。
ただ扉を見つめていた。
「五百年前に現れた」
「私でも壊せん」
鎖が、ガチャリと震える。
向こう側から。
何かが呼吸していた。
巨大な何か。
古い何か。
存在してはいけない何か。
バッキーは無意識に後退る。
リリスの顔色も青い。
レディ・アルシエルでさえ、黙っていた。
ドゥーチェは再びスズメを見る。
「……もし本当に、全てを掃除できるというなら」
短い沈黙。
「証明してみせろ」
スズメは扉を見た。
観察。
分析。
汚染濃度 極大。
危険度 測定不能。
結論。
「即時清掃が必要です」
彼女は静かに箒を握った。
その瞬間。
黒い鎖が激しく震え始める。
まるで恐怖しているかのように。
空間が軋む。
封印が悲鳴を上げる。
そして。
その場にいた全員が理解した。
もしかすると。
あの扉の向こうにいる怪物よりも。
今、この場で最も危険な存在は。
スズメなのではないか、と。
最高だ!!! 「ソードアート・オンライン」シーズン2を見終えたので、次は「アリシゼーション」を始めよう!!




