第17章:地獄都市 =人間界の都市
衝撃は、来なかった。
巨大な瓦礫のような腕が振り下ろされる寸前
その瞬間。
スズメが静かに箒を持ち上げた途端。
怪物が、止まった。
広場一帯を覆っていた轟音が消える。
静寂。
耳が痛くなるほどの、完全な沈黙だった。
腐敗したゴミと呪詛の集合体。
山のように積み重なった肉塊の奥で、無数の眼球がぎょろりと揺れる。
そのすべてが。
まるで、何かを思い出したように。
怯えるように。
スズメを見ていた。
スズメは小さく首を傾げる。
「清掃対象が危険性を検知」
いつもの平坦な声。
感情のない機械のような響き。
「結論――適切な対応を推奨」
次の瞬間。
呪われたゴミの山が、後退した。
ずるり、と。
まるで巨大なナメクジが逃げるように。
最初はゆっくり。
だが次第に速度を増し。
最終的には、完全に“逃走”だった。
巨大な怪物が。
箒を持ったメイドから。
逃げた。
沈黙。
最初に口を開いたのはバッキーだった。
「……あいつ、ゴミを威圧したぞ」
呆然とした声だった。
リリスは腕を組んだまま、小さく息を吐く。
「……まあ、スズメだし」
「いや普通に受け入れるな!?」
ヴェルザリアが即座にツッコむ。
だが彼女自身も、若干引いていた。
スズメの後ろからそっと顔を出しながら、引きつった笑みを浮かべる。
「……いやこれ、絶対普通じゃないからね?」
その間にも怪物は広場の奥へと消えていく。
大量の残骸と呪物を巻き込みながら。
周囲の悪魔たちがざわつき始めた。
やがて一人が叫ぶ。
「追い払ったぞーーー!!」
すると一気に歓声が爆発した。
「生きた呪災をメイドが追い払った!」
「すげぇ!!」
「メイド様だ!!」
「栄光あれ、メイドに!!」
「清掃万歳!!」
ヴェルザリアが慌てて前へ出る。
「ちょっ、ちょっと待って!? 女王にも栄光ちょうだい!? ここ地獄なんだけど!? 一応わたし偉いんだけど!?」
静寂。
誰も反応しなかった。
遠くでカラスみたいな悪魔が一羽鳴いた。
ヴェルザリアは肩を落とす。
「……地味に傷つくんだけど」
その後。
ヴェルザリアは「せっかくだし地獄を案内してあげる!」と言い出した。
結果として何が始まったかというと
ただの長時間散歩だった。
しかも説明が多い。
「ここが商業区画ね!」
石畳の通りには大量の悪魔たちが行き交っていた。
武器屋。
呪術店。
毒薬専門店。
魂の質屋。
どう見ても合法ではない何かを売っている露店。
さらには。
「本日限定! 新品の魔眼二つ買うと呪詛一本サービス!!」
「新鮮な呪いあるよー!」
「臓器は朝採れだァ!!」
「……」
バッキーは遠い目をした。
「なんで呪いがセール品なんだよ……」
ヴェルザリアは即答する。
「消費者週間だから」
「その文化いらねぇ……」
リリスが前方を指差す。
「……あの建物燃えてるけど」
「通常営業だね」
「誰も消火しないの?」
「保険入ってるから大丈夫」
「そういう問題かなぁ!?」
地獄は今日も自由だった。
アーシェル卿だけは、静かに周囲を観察していた。
騒音。 怒号。 商売。 揉め事。 笑い声。
誰かが喧嘩し、誰かが値切り、誰かが騙されている。
それをしばらく眺めたあと。
彼女はぽつりと呟いた。
「……正直に言えば」
ヴェルザリアが振り向く。
「ん?」
「思ったより、“普通の街”ですね」
数秒、沈黙。 ヴェルザリアは瞬きを繰り返した。
「……え?」
アーシェル卿は淡々と続ける。
「騒がしくて、揉め事が多く、行政は雑」
「商業も混沌としている」
「皆好き勝手に生きている」
彼女は少しだけ目を細めた。
「違うのは、住民が悪魔という点くらいでしょう」
ヴェルザリアは固まった。
考える。かなり真剣に。 五秒。 六秒。
地獄では異例の長考だった。
やがて彼女は、ゆっくり口を開く。
「……それ」
彼女はびしっとアーシェルを指差した。
「今まで誰にも言われたことない」
「たぶん、あまりにもそのままだからでは?」
バッキーが即答する。
「ひどっ!?」
だが。
ヴェルザリアは否定しなかった。
むしろ少しだけ歩く速度を落とす。
さっきまで騒いでいた彼女が、珍しく静かだった。
「……地獄ってさ」
小さく呟く。
「人間からすると、“恐ろしい場所”ってイメージなんだよね」
道端の石を軽く蹴る。
ころころ転がった石が、途中で小さな口を開いて悲鳴を上げた。
ヴェルザリアは無視した。
「でも結局」
彼女は空を見上げる。
赤黒い空。
裂け目みたいな雲。
どこかで雷鳴が響いている。
「ここって、“わたしたちが暮らしてる場所”でしかないんだ」
リリスが少し目を見開いた。
バッキーも黙る。
スズメでさえ、静かにヴェルザリアを見ていた。
「感情パターンを確認」
「対象の精神状態が安定方向へ変化」
ヴェルザリアは苦笑した。
いつもの大げさな笑みじゃない。
少しだけ寂しそうで。
でも優しい笑みだった。
「もちろん巨大怪物もいるし、悪魔戦争もあるし、地獄の書類仕事は最悪だけど」
「でもそれ、人間界でも似たようなものでしょ?」
アーシェル卿は静かに頷いた。
「確かに」
穏やかな沈黙が流れる。
ほんの数秒だけ。
だが次の瞬間。
後方で大爆発が起きた。
轟音。
炎。
建物の窓を突き破って悪魔が吹き飛んでくる。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
別の悪魔が絶叫した。
「返せぇぇぇ!! 俺の呪われた臓器ぃぃぃ!!」
「中古って言っただろうがぁ!!」
「説明不足だろそれは!!」
ヴェルザリアは即座に振り返り、ドヤ顔で言う。
「ほら。地域文化」
「今ので全部台無しだよ」
バッキーが真顔で返した。
スズメは周囲を見回していた。
歩く悪魔たち。
笑う者。
怒鳴る者。
買い物をする者。
喧嘩する者。
混沌。騒音。災害。
なのに。
そこには確かに“生活”があった。
日常があった。
「……」
スズメの瞳が静かに揺れる。
「結論」
「環境は部分的に機能中」
ヴェルザリアは吹き出した。
「っ……ふ、あはっ……」
そして。
耐えきれなくなったように大笑いする。
「ははははははっ!!」
「部分的って何!? めちゃくちゃ正確だけど!!」
近くの悪魔たちがびくっと肩を震わせた。
魔王が急に爆笑し始めたからだ。
ヴェルザリアは笑いながらスズメの肩に手を置く。
「ほんと君、ズルいよねぇ……」
スズメは首を傾げた。
「感謝を受領」
「褒めてないからね!?」
それでもヴェルザリアは笑っていた。
楽しそうに。
どこか救われたように。
その瞬間だけは。
地獄は少しだけ
本当に、普通の街みたいに見えた。
おい、シティポップって本当にクールだよ。
著者の好きな音楽ジャンル トップ5:
1-ヘヴィロック(時にはICDD 時に比較的穏やかなものも)
2-J-POP (9Lana,Ado,natori,etc)
3-ボサノバ
4-ボーカロイド
5-ジャズ




