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異世界デワ 、中村すずめはレベル999のメイドです  作者: 天村 秀明
第1章、第終部: 転移の前に編
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第13章:スズメと水


屋敷は静まり返っていた。


音一つない廊下。

磨き上げられた床。

寸分の狂いもなく整えられた装飾。


すべてが、いつも通り。


そして


すずめにとって、それは理想的な状態だった。


彼女は銀色のトレーを両手で支えながら、静かに廊下を歩く。


ガラス製の水差し。

均等に並べられたコップ。

水面の揺れすら最小限。


歩幅も、姿勢も、視線の高さも一定。


まるで精密機械だった。


……ただ一つ、最近になって変化したことがある。


リリスが屋敷へ来てから、屋敷全体の湿度が平均で3%上昇した。


微量。

誤差の範囲。


だが、すずめの中では記録対象だった。


「……継続観察が必要」


小さく呟いた、その時だった。


ぴちゃん。


足元から、水音。


すずめは止まる。


視線を下げると、廊下の端を細い水流がゆっくり横切っていた。


透明な筋が、月光を反射しながら流れていく。


「……?」


一瞬、思考が停止する。


漏水。

配管異常。

誰かの魔法暴走。


いくつかの可能性を並べながら、彼女は静かに水の流れを追った。


軽い足音。


規則正しい呼吸。


そして辿り着いた先は


中庭だった。


夜風が木々を揺らし、月明かりが白い石畳を照らしている。


だが。


その景色の中心で。


「…………」


リリスが、噴水の上で眠っていた。


浮かびながら。


本当に、浮いていた。


長い銀髪が水面に広がり、その周囲を水流がゆっくりと旋回している。


まるで水精霊そのもの。


穏やかな寝息。


気持ちよさそうな表情。


完全に熟睡していた。


だが問題があった。


噴水は完全に溢れている。


水は縁を越え、中庭全体へ流れ出し、小さな湖のようになっていた。


花壇も濡れ、ベンチの脚も半分浸かっている。


すずめは無言で状況を確認する。


そして結論を出した。


「……環境状態、不適切」


即座に対応が必要。


彼女は噴水へ歩み寄る。


しゃがみ込み、静かに水流を観察した。


原因。


リリスの極度のリラックス状態による無意識魔力循環。


おそらく睡眠中も水属性魔力が放出され続けている。


「……なるほど」


すずめはそっと水面へ手を触れた。


その瞬間。


リリスの周囲を回っていた水流が、ぴたりと停止する。


完全停止。


まるで時間が止まったように。


「……ん……」


リリスが薄く目を開けた。


ぼんやりした紫色の瞳が、すずめを映す。


「……すずめ?」


「水量が過剰です」


「……へ?」


リリスはゆっくり周囲を見渡した。


沈黙。


そして、自分が起こした惨状を理解する。


中庭はびしょ濡れだった。


「…………あ」


「はい」


「……やっちゃった」


「そのようです」


リリスは気まずそうに笑いながら、ゆっくり噴水の縁へ降り立った。


濡れた髪から雫が落ちる。


月光を受けて、きらきらと輝いていた。


「……ごめん」


「問題ありません」


すずめは即答する。


リリスは数秒、じっと彼女を見つめた。


「……ほんと掃除好きだよね、すずめ」


「はい」


「好きっていうか……もはや愛してるレベルじゃない?」


「否定しません」


「うわぁ……」


思わず苦笑するリリス。


その反応を気にした様子もなく、すずめは床の水量を視線だけで確認していた。


すると突然、リリスが何か思いついたように手を上げる。


「じゃあお礼」


水が集まる。


空気中の水分が一か所へ凝縮し、小さな水球を形成した。


透き通った、青く淡い球体。


それはふわふわと浮かびながら、すずめの前へ飛んでいく。


「プレゼント」


すずめは静かに受け取った。


「……」


観察。


純度、極めて高い。


不純物なし。


魔力循環、安定。


形状維持率も異常なほど高い。


高品質。


「ありがとうございます」


「……今、水にお礼言った?」


「はい」


「すご……」


リリスは思わず吹き出した。


だが次の瞬間。


すずめは水球を軽く握る。


すると。


水が変形した。


細長く伸び、鋭さを帯び、透明な刃を形成していく。


数秒後。


彼女の手には、水でできた剣が握られていた。


静寂。


リリスの表情が固まる。


「…………は?」


すずめは軽く手首を動かした。


水の刃が空中で滑らかに回転する。


形は崩れない。


一滴も飛び散らない。


完璧な安定性。


「……構造維持、良好」


「いや待って待って待って」


リリスが慌てて立ち上がる。


「なんで!? なんで私より上手く扱えてるの!?」


「調整しました」


「何を!?」


「流れを」


「流れだけでこうなる!?」


「はい」


「意味わかんないんだけど!?」


リリスは頭を抱えた。


自分は水の魔女だ。


間違いなく水操作の専門家。


そのはずなのに。


目の前のメイドは、数秒触っただけで水を武器化していた。


しかも異様に洗練されている。


すずめは小さく首を傾げる。


「難しくありませんでした」


「いや難しいから!!」


「そうでしょうか」


「そうだよ!?」


叫びが中庭へ響く。


鳥が飛び立つ。


しかし当の本人は平然としていた。


すずめは水の剣を解除する。


刃は崩れ、再び綺麗な球体へ戻った。


揺らぎ一つない。


「……汎用性、高」


「感想が研究者なのよ……」


リリスは遠い目をした。


すずめは水球を彼女へ返す。


「非常に良い水でした」


「評価されちゃった……」


リリスは困惑しながら受け取る。


それでも視線は、まだ信じられないものを見るようだった。


「……水を剣にした……」


「はい」


「素手で……」


「はい」


「魔法なしで……」


すずめは少し考えた。


そして。


「……おそらく」


「おそらく!?」


再び絶叫。


その声が夜空へ吸い込まれていく。


だが、その間にも。


すずめはすでにモップを取りに向かっていた。


濡れた床を放置するわけにはいかない。


優先順位は明確だった。


そしてその日、リリスは理解する。


この屋敷で本当に恐ろしい存在は


もしかすると魔法使いではなく。


無表情で掃除を続ける、あのメイドなのかもしれない、と。



異世界における作者の日記¹


前回のあとがきで触れたあの巨乳エルフ……そう、彼女に誘拐されました。今、私は彼女の家にいます。……正直に言います。めちゃくちゃ素敵で快適な家です。帰りたくありません。

どうやら彼女の名前は「リリヤ」というらしいです。誘拐されたはずなのに、なぜか手厚いもてなしを受けているのは、私の日頃の行いが良いからでしょうか?(あるいは、単に餌付けされているだけか……)

読者の皆さん、作者がエルフの家で自堕落な生活を送っている間に更新が止まったら、「あ、リリヤに骨抜きにされたんだな」と察してください。

……いや、冗談です!リリヤにペン(あるいは羽根ペン?)を握らされて、「続きを書け」と監視されているので、執筆は続けられそうです。

それでは、また次のチャプターで。リリヤが朝食の支度を終えたようなので、今日はこの辺で!


¹ 現実世界への帰還の目処は立っておりません。


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