第9章:ダンジョンクリア!(彼女は本当にFランクなの?!)
ダンジョンの中に満ちていた沈黙は、どこか異質だった。
ただ静かなのではない。
不気味なほどに“整いすぎている”。
スタークが息を潜めるようにして呟いた。
「……なあ、これ……感じるか?」
ヨハンは周囲を見渡しながら、ゆっくりと頷く。
「……ああ。妙だな……気配が、まるでない」
ミアは杖を胸の前で強く握りしめていた。指先が白くなるほどに。
「モンスターの気配……ゼロです……こんなの、ありえない……」
誰もが同じ違和感を抱いていた。
それでも、先頭を歩く少女――スズメの足取りは一切揺らがない。
彼女の瞳が、わずかに細められる。
環境:92%浄化済み
残留物あり
床は驚くほど綺麗だった。
本来ならあるはずの足跡も、血痕も、戦闘の痕跡も何ひとつ残っていない。
まるで誰かが“掃除した後”のように。
「……ここ、本当にダンジョンか?」
スタークが思わず漏らす。
「綺麗すぎる……不自然だ……」ヨハンも眉をひそめる。
一行は警戒を強めながら、さらに奥へと進んでいく。
やがて
視界が開けた。
広大な空間。天井は高く、古びた石の柱が円形に並んでいる。
そして中央には
淡く光を放つ“核”。
「……ボス部屋、か」
「やっとここまで来たな……」
安堵しかけた、その瞬間。
「……ボスは?」
誰かの声が、空気に溶ける。
返答はない。
音すら存在しない。
風も、魔力の流れも、何もかもが止まっているかのようだった。
スズメの視線が、静かに動く。
残留物、高濃度検出
発生源特定
その視線は、まっすぐ核へと向けられていた。
「……何か、おかしい……」
ヨハンが一歩後退る。
「この静けさは……普通じゃない」
次の瞬間。
核が、わずかに震えた。
ピシッ、と乾いた音が響く。
表面に亀裂が走る。
そして
中から“何か”が溢れ出した。
形は定まらない。
黒い影のようなものが、ゆらゆらと揺れながら広がっていく。
濃く、重く、空間そのものを侵食するように。
「……報告に、こんなのはなかったぞ……」スタークが声を強張らせる。
「Fランクのダンジョンじゃない……これは……」ミアの声が震える。
空気が一気に重くなる。
呼吸すらしづらいほどの圧迫感。
「全員、下がれ!」アベルが盾を構え、叫ぶ。
だが、その指示よりも早く
主要汚染源、確認
スズメはすでに前へ出ていた。
「おい、待て――!」
制止の声は、届かない。
彼女は核の目前で立ち止まる。
手にしているのは、いつもの箒。
動作:完全清掃
影の存在が、急激に膨張する。
まるで空間そのものを飲み込もうとするかのように。
それは一直線にスズメへと襲いかかった。
速い。
そして、不規則。
だが
スズメはただ、箒を軽く振るった。
「…………」
技名もない。
構えもない。
ただ、日常の延長のような一振り。
その瞬間。
核が 音もなく割れた。
影は、霧のように消えた。
抵抗もなく。
悲鳴すらなく。
すべてが、一瞬で終わった。
静寂が戻る。
いや
それは先ほどまでの不気味な静けさではない。
ただの“普通の静けさ”。
重かった空気が、ふっと軽くなる。
淡い光が部屋に戻ってくる。
そして
コツン。
小さな音が響いた。
砕けた核の欠片が、床に転がる音だった。
「……終わった……のか?」スタークが呆然と呟く。
「……ああ……終わった……」ヨハンも信じられない様子で答える。
スズメは核の残骸を一瞥する。
浄化率:100%
そして何事もなかったかのように振り返る。
「任務、完了しました」
その一言に、誰もすぐには反応できなかった。
沈黙。
「……俺たち、何もしてないよな……?」スタークが弓を下ろしながら言う。
「……ええ……本当に、何も……」ミアが小さく呟く。
「全部……彼女一人で……」ヨハンは眼鏡を押し上げる。
「……こんなの、Fランクじゃない」
「……そもそも、存在していいレベルじゃない」
アベルはじっとスズメを見つめた。
しばらくの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「……お前は……」
スズメは首を傾げる。
「はい?」
「……何者だ?」
再び、静寂。
スズメは少しだけ考える仕草を見せたあと、いつもの調子で答えた。
「メイドです」
空気が固まった。
「……だろうな」
それ以上、誰も突っ込まなかった。
ダンジョンを出ると、外の光がやけに眩しく感じられた。
まるで、何か常識の一部が壊れてしまったかのように。
ギルドに戻り、報告を提出する。
受付嬢が書類を確認しながら言う。
「Fランクダンジョン……完全攻略……?」
「はい」
「ボス討伐……済み?」
「はい」
「負傷者……ゼロ?」
「はい」
ペンが止まる。
ゆっくりと顔を上げる受付嬢。
「……冗談、ですよね?」
「いいえ」
彼女の視線がスズメへと向けられる。
「……あなた。もう一度、これに手を」
差し出されたのは測定用の水晶。
スズメは素直に触れた。
次の瞬間
エラー
エラー
エラー
光が乱れる。
受付嬢は深くため息をついた。
「……またですか……」
「……本当に、Fランクなんですか……?」
誰も答えなかった。
答えは、あまりにも明白だったから。
違う。
だが同時に
間違いなく、彼女のカードにはこう記されている。
ランク:F
スズメはそのカードを見つめ、小さく頷いた。
「……まだまだ、ですね」
その言葉は、本心だった。
こうして彼女の冒険者としての物語は続いていく。
最下位ランクから始まりながら
不可能を、ただの日常のように片付けていく。
さて、ちょっとお知らせです。予期せぬ出来事があったため、今日は3章分の投稿はできません。残りの3章は明日投稿します。それではまた。




