第33話 落ちていく夕日
夕方。
会社に戻ると。
「おう、若社長」
また、西本社長がいた。
ソファに深く座り、缶コーヒーを飲んでいる。
「やっとだよ」
ため息混じりに笑う。
「呼び出し、ようやく応じやがった」
その言葉で分かった。
(定岡か)
現社長の潤太はずっと逃げていた。
組合会議の呼び出し。
無視。
電話も折り返さない。
顔も出さない。
昔なら考えられなかったらしい。
4業者の組合会議。
昔は毎月やっていた。
……いや。
会議は口実だった。
終わった後、皆で飲みに行く。
それが目的だったと、西本は笑っていた。
「昔は仲良かったんだぞ~?」
少し寂しそうに。
「まぁ、今でも俺は仲良いと思ってるけどな」
そう言って笑う。
でも今回は違う。
空気が重い。
「定岡の先代がな」
「“首根っこ掴んででも連れてく”ってよ」
西本が言う。
「……彩乃ちゃんも来るんだぞ」
一瞬迷う。
でも。
「行きます」
自然に答えていた。
数日後。
市の施設。
小さな会議室。
古い机。
蛍光灯。
妙に静かだった。
入った瞬間。
空気の重さが分かる。
西本社長。
鹿取社長。
そして。
定岡雅和。
隣には潤太。
下を向いたまま。
一度も目を合わせない。
「おう若社長」
西本がいつもの調子で手を上げる。
その軽さが少しだけ救いだった。
「揃ったな」
「じゃ、始めるか」
静かに空気が締まる。
最初に口を開いたのは。
雅和だった。
「……まず俺からだ」
低い声。
少し掠れている。
「この一連の件」
「うちが全面的に悪い」
頭を下げる。
深く。
「本当に申し訳なかった」
部屋が静まる。
「俺が病気のこともあって」
「早くに代替わりしちまった」
「……まさか」
一瞬、言葉が止まる。
「こんな未熟なバカ野郎だとは思わなかった」
潤太は下を向いたまま。
拳だけが震えている。
「自分は遊んでばっかりで」
「従業員に無茶させて」
「約束した手当も払わなかったらしい」
西本と鹿取の顔が曇る。
「従業員も辞める騒ぎだ」
「クレームも増えた」
「事務員も来なくなった」
一拍。
「長年続いた定岡の看板が」
「崩れそうだ」
その言葉。
重かった。
会社の名前。
それを守る重さ。
彩乃は最近、少しだけ分かる。
「だから」
雅和が続ける。
「俺が戻る」
「コイツは、もう一回叩き直す」
「取った客も、説明して戻す」
そして。
「……これで勘弁してもらえねぇだろうか」
もう一度。
深く頭を下げた。
その時。
「おい!」
怒鳴る。
雅和が潤太を見る。
「お前も何とか言え!」
潤太がビクッと震える。
「も、申し訳……ございませんでした……!」
涙声。
しどろもどろ。
情けないくらいに。
(こんなヤツが……)
彩乃の中に。
怒りが湧く。
ずっと振り回された。
会社も。
社員も。
お客さんも。
全部。
「まぁ」
西本が口を開く。
「雅和が戻るってんなら」
「まずは様子見だな」
「ああ」
鹿取も頷く。
「それでいいんじゃねぇか」
終わろうとしている。
でも。
彩乃の中は終わらない。
「……もっと」
気づけば口が動いていた。
全員がこっちを見る。
「もっと、お客さんの事とか」
「従業員の事とか」
「考えられなかったの?」
声が震える。
でも止まらない。
「自分の利益以外」
「見えなかったの?」
部屋の空気が張る。
潤太は何も言わない。
ただ下を向く。
「まぁまぁ」
西本がなだめる。
「若社長の言うことも分かる」
「でもな」
一拍。
「潰れりゃ終わりなんだ」
静かな声だった。
怒りじゃない。
経験の声。
「……」
彩乃は唇を噛む。
正しい。
でも。
納得とは違う。
「本当にすまなかった」
雅和がもう一度言う。
「中畑さんとこにも迷惑かけた」
「……はい」
感情を押し込む。
飲み込む。
それが“大人”なのかもしれない。
「もし何かあったら」
西本が笑う。
「俺がフォローするから」
その言葉に。
少しだけ肩の力が抜ける。
「……ありがとうございます」
会議は終わった。
外に出る。
夕焼け。
赤い。
沈みかけの太陽。
怒り。
悔しさ。
安心。
色んな感情が混ざる。
でも。
一番強かったのは。
(終わった……)
その安堵だった。
長かったんだ。
この1年。
皆。
ずっと。
張り詰めていた。
夕日が沈む。
境界が曖昧になる。
でも今回は。
少しだけ。
明日が見える気がした。
――黄昏バキューマーズ。




