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黄昏バキューマーズ 〜20代の娘がいきなり汲み取り屋の社長になる!。“当たり前”を守る大切な仕事です~  作者: トネガワ ワタル


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第30話 背中の理由

 ヒデさんは、あまり喋らない。


 指示も、少ない。


「そこ」


 それだけ。


 何をどうしろかは、言わない。


(分かるわけないでしょ)


 最初は、そう思っていた。


 でも。


 現場は回る。


 誰も迷わない。


 気づけば。


 “言われる前に動いている”。


 そういう空気が出来ている。


(なんでこの人で回るの)


 不思議だった。


 怖いわけでもない。


 怒鳴るわけでもない。


 でも。


 逆らえない。


 自然と従ってしまう。


 その理由を。


 彩乃は、まだ知らなかった。


「ヒデさんな」


 和也がぽつりと言う。


 帰り道。


「昔、やばかったぞ」


「……やばいって?」


「そのままの意味」


 軽く笑う。


「ケンカ最強」


 冗談みたいに言う。


 でも。


 冗談じゃない。


「柔道もやってたしな」


「体格もあったし」


「格闘センスが、異常だったらしい」


 一拍。


「でもな」


「不良って感じじゃねぇんだよ」


 意外だった。


「勝手に人が集まってくるタイプ」


「気づいたら、後ろにいる」


「そういうやつ」


 想像する。


 今のヒデさんからは、少しだけ遠い。


 でも。


 どこか、繋がる。


「その頃の連中がさぁ」


「今じゃみんな地元の有志で」


「だから顔、広いんだよあの人」


 ただの職人じゃない。


 もっと広い何かを持っている。



「で、一回外出てる」


「え?」


「大手のメーカー」


「浄化槽のな」


 知らなかった。


「10年くらい」


「管理とメンテ、叩き込まれてる」


「だからあの人、小型も大型も全部分かる」


 納得する。


 あの“見ただけで分かる感じ”。


 経験の量が違う。



「で、戻ってきた」


「中畑に」


 一言。


 でも。


 その“戻る”の意味は重い。



 会社。


 篠塚さんが、続ける。


「あの人ねぇ」


「昔はほんと大変だったのよ」


 笑いながら言う。


「でもね」


 少しだけ、真面目な顔になる。


「変わったの」


「先代が倒れてから」


 空気が止まる。


「会社、潰れかけたのよ」


「人も減って」


「仕事も減って」


「もう無理かもって時に」


 一拍。


「あの人、残ったの」


 静かに。


「一番に」


 逃げなかった。


 それが、すべてだった。


「兄貴の会社だからって」


「それだけじゃないと思うよ」


 ぽつりと。


「ちゃんと見てたのよ」


「先代も」


「今の社長も」


 そして。


「全部」


 その言葉で。


 繋がる。


 ヒデさんは。


 ただ働いているんじゃない。


 “見てきた”。


 積み上げも。


 崩れかけた瞬間も。


 だから。


 分かる。


 壊れる音が。


 戻らないものが。




 夕方。


 外。


 ヒデさんがいる。


 いつも通り。


 空を見ている。


 その横顔。


 何も語らない。


 でも。


 少しだけ、見えた。


 別の顔が。


 兄を見ていた男。


 会社を見ていた男。


 そして。


 残ると決めた男。


(この人は)


 強いんじゃない。


 知っているんだ。


 “失う怖さ”を。


 だから。


「守る」


 軽いわけがない。


 積み上げた時間が。


 全部乗っている。


 ふと。


 視線が合う。


「……なんだ」


 低い声。


「いえ、別に」


 思わず目を逸らす。


 でも。


 少しだけ、分かった。


 この人の背中の理由が。


 言葉じゃない。


 生き方だ。


 その背中が。


 今も。


 会社を支えている。


 そしてきっと。


 これからも。


 夕焼けが沈む。


 その中で。


 彩乃は、思う。


(あの人が守ってきたものを)


(今度は、私が)


 まだ小さい。


 でも確かに芽生えた。


 そんな感情だった。


――黄昏バキューマーズ。

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