第26話 崩れる音
電話が鳴る。
朝一番。
今日も嫌な予感がした。
「はい、中畑清掃です」
篠塚さんが出る。
いつもの明るい声。
でも。
すぐに分かった。
(違う)
空気が変わる。
「え……?」
その一言。
全員の視線が向く。
「ちょっとお待ちください」
受話器を押さえる。
「彩乃ちゃん」
名前を呼ばれる。
その顔。
笑ってない。
「昨日行った○○さん」
「はい」
「怒ってる」
心臓が、嫌な音を立てる。
「……え?」
「“もう頼まない”って」
頭が真っ白になる。
「代わる?」
「……はい」
受話器を受け取る。
「もしもし……」
「遅い!」
怒鳴り声。
「え……」
「何回も言わせんな!」
「えっと……」
「昨日来た奴ら、全然ダメじゃねぇか!」
(昨日……)
思い出す。
あの家。
「どういうことでしょうか」
震えそうになる声を抑える。
「詰まり気味だって言ってんだよ!」
「は?」
「ちゃんとやったのか!?」
(そんなはずない)
和也もいた。
ちゃんとやってる。
「確認させていただきます」
「もういい!」
被せられる。
「定岡んとこに頼んだ!」
頭が、真っ白になる。
「半額でやってくれるってよ!」
ガチャッ
切れた。
無音。
何も言えない。
「……どうだった?」
篠塚さん。
「……定岡に」
それだけで伝わる。
誰も何も言わない。
沈黙。
(なんで)
昨日、ちゃんとやった。
問題なかった。
なのに。
(なんでこうなるの)
「行くぞ」
和也の声。
「え?」
「確認だ」
短く。
強い。
現場に向かう。
道中。
無言。
いつもの会話がない。
着く。
すでにいた。
見慣れない車。
㈱定岡クリーンサービス。
(……早い)
作業している男。
こちらを見る。
ニヤッと笑う。
(感じ悪い)
「お世話になってます」
和也が声をかける。
冷静。
相手が肩をすくめる。
「もういいよ、あんたらは」
軽い口調。
「こっちでやるから」
その言い方。
カチンとくる。
「確認だけさせてください」
和也が引かない。
少しだけ空気が張る。
「好きにすれば?」
どうでもよさそうに言う。
覗く。
中を見る。
(……)
彩乃でも分かる。
(問題ない)
昨日と変わらない。
むしろ。
(いじってる?)
違和感。
ほんの少し。
「どう?」
小さく聞く。
「……」
和也が黙る。
そして。
「戻るぞ」
それだけ言った。
帰り道。
「どういうこと……?」
やっと出た言葉。
「分かんねぇ」
短い。
でも。
「ただな」
一拍。
「“そういうこと”もある」
嫌な言い方。
「どういう意味?」
「分かるだろ」
言わない。
でも。
(……わかる)
胸の奥が、冷たくなる。
会社に戻る。
「どうだった」
ヒデさん。
珍しく聞いてくる。
「……取られました」
静かに答える。
一瞬の沈黙。
「そうか」
それだけ。
でも。
その声。
少しだけ。
低い。
(……)
空気が、変わる。
今までと違う。
本当に。
“始まった”感じがした。
夕方。
外に出る。
いつもの夕焼け。
でも。
今日は。
はっきり分かる。
(綺麗じゃない)
にごってる。
何かが。
確実に。
崩れ始めている。
――黄昏バキューマーズ。




