第25話 選ばれない理由
午後4時。
電話の音。
事務所。
「はい、中畑清掃です」
篠塚さんが出る。
いつも通りの、明るい声。
でも。
数秒後。
その表情が変わる。
(……来た)
彩乃は直感する。
「はい……はい……」
相槌。
「申し訳ありません……」
頭を下げている。
電話相手に見えないのに。
(クレームだ)
空気が静まる。
「はい……今後は……」
声が少し低くなる。
「……はい」
そして。
「……かしこまりました」
静かに受話器を置く。
沈黙。
「……切られたわ」
一言。
重い。
「え……」
ハラちゃんの声。
「昨日のとこ?」
和也。
篠塚さんが頷く。
「昨日“今回は”って言い方だったんですよ……」
彩乃が言う。
「“やっぱり安い方にする”って」
淡々と。
でも。
その奥に、悔しさが滲んでる。
「それだけじゃないのよ」
篠塚さんが続ける。
「うちのこと、色々言われたみたい」
(……何を)
「“ちゃんとやってない”とか」
「“無駄に金取ってる”とか」
空気が凍る。
「は?」
スミちゃん。
「ふざけんなよ」
低い声。
「こっちはちゃんとやってんだろ」
拳を軽く机に当てる。
「そういう風に言われると、弱いのよ」
篠塚さん。
「お客さんは分からないから」
その一言が刺さる。
(分からないから)
昨日のあの人。
値段しか聞かなかった人。
(同じだ)
知らないから。
見えないから。
「……くそ」
スミちゃんが吐き捨てる。
「だったらよ」
「ちゃんと説明すりゃいいだろ」
苛立ち。
「してるわよ」
即答。
「それでも伝わらない人もいるの」
静かだけど、強い。
誰も何も言えない。
その時。
ガラッ
ドアが開く。
「ただいま」
ヒデさん。
いつもの声。
でも。
「……何かあったか?」
止まる。
「一件、切られた」
誰かが言う。
「……定岡か」
広がる。
ざわつき。
現場の人間は分かる。
これがどういうことか。
(減るってことは)
(仕事が減るってことは)
(給料も……)
誰も口にしない。
でも。
全員、分かってる。
彩乃の喉が詰まる。
(どうすればいい)
答えが出ない。
その時。
「あの……」
ハラちゃん。
珍しく、少しだけ弱い声。
「俺ら、負けるんすか……?」
誰もすぐに答えられない。
沈黙。
その重さが、すべてだった。
彩乃の胸が締め付けられる。
(違うって言いたい)
(でも)
言葉が出ない。
自信がない。
根拠がない。
その時。
「負けねぇよ」
声。
和也。
短い。
でも。
はっきりしてる。
「やることやってるからな」
それだけ。
でも。
少しだけ、空気が戻る。
彩乃はその横顔を見る。
(……強い)
でも。
(それだけで勝てるの?)
不安は消えない。
夕方。
外に出る。
また、この時間。
夕焼け。
でも。
今日は、はっきり分かる。
(怖い)
このまま、減っていったら。
会社は。
みんなは。
(守れるの?)
初めてだった。
“仕事”じゃなくて。
“会社”のことで。
怖いと思ったのは。
夕焼けが沈む。
境界が曖昧になる。
その中で。
彩乃は、立ち尽くしていた。
――黄昏バキューマーズ。




