第12話 点検という仕事
朝。
「今日は点検な」
和也が言う。
「点検……」
「浄化槽の。今日は一般家庭12件」
「じゅ、12件?」
「そんなもんだろ」
(そんなもんって……)
今日はバキュームカーじゃない。
軽バンに乗り込む。
荷台には測定器具やら工具やら。
(清掃とはまた違う感じだな)
一軒目。
「まずは基本な」
和也が蓋を開ける。
中を覗く。
水は流れている。
思っていたより穏やかだ。
「水質見る」
器具を渡される。
「えっと……このくらい?」
「そう。それでいい」
少しだけ安心する。
「次、汚泥量」
スカム、汚泥の量。
測定は透明のパイプで。
本で見たやつだ。
(あ、これ知ってる)
でも。
(……実物、分かりづらい)
「どこ見てんだ」
「え、あの……この辺?」
「違う」
指で示される。
「こっち」
(あ、全然違う)
「本で見るのと違うだろ」
「全然違う……」
「まあ最初はそんなもんだ」
二軒目、三軒目。
同じ作業を繰り返す。
水質測定。
汚泥確認。
ブロワーの音。
配管の状態。
少しずつ、慣れてくる。
(さっきより分かる……気がする)
五軒目を終えた頃。
「なあ」
和也が言う。
「はい」
「今、何やってるか分かるか?」
「えっと……点検作業を」
「違う」
(違う!?)
「それは“作業”だ」
一拍。
「大事なのは、その前だ」
「前……?」
「蓋開けた瞬間」
(……)
「見て、考える」
「この浄化槽、何が必要か」
さっきの光景が頭に浮かぶ。
水の色。
流れ。
臭い。
「全部ヒントだ」
「で、必要なら」
「どこを直すか、どうするか」
「それを判断する」
(判断……)
「すぐには無理だ」
あっさり言う。
「でもそれができねえと」
「ただの水質測定員だ」
(……)
少しだけ、悔しい。
次の現場。
蓋を開ける。
(……さっきより、ちゃんと見よう)
水の動き。
泡。
色。
(なんとなく……違う気がする)
「どうだ」
「えっと……」
言葉を探す。
「ちょっと、空気が弱い……?」
一瞬。
「……まあ、見てるな」
(よし)
ほんの少しだけ。
前に進んだ気がした。
作業の合間。
「すいません、ちょっといいですか?」
奥さんが出てくる。
「最近ちょっと臭いが気になって……」
(来た)
和也が対応する。
「見ますね」
状況を確認して、説明する。
「このくらいなら問題ないですよ」
「念のため少し調整しておきます」
手際よく作業。
「これで様子見てください」
奥さんがほっとした顔をする。
「ありがとうございます」
(……あ)
昨日の言葉。
頭に浮かぶ。
「生活の安心、それがうちの商品だ」
(点検も、同じだ)
問題が起きる前に。
不安を取り除く。
(見えないけど)
(ちゃんと支えてる)
最後の現場を終える頃には。
体は少し疲れていた。
でも。
(なんか……面白かったな)
帰りの車。
「どうだった」
「難しいけど……」
一拍。
「面白かったかも」
「だろ」
少しだけ笑う。
「そのうち慣れる」
「で、次は」
(次?)
「資格だな」
「え?」
「浄化槽管理士」
(来た……)
「講習、申し込んどけ」
「はい……」
即答はしたけど。
(やばい、勉強だ)
でも。
(ちゃんと分かるようになりたい)
そう思った。
夕焼け。
今日も、同じ色。
でも。
昨日より少しだけ。
見えてるものが増えた気がした。
――黄昏バキューマーズ。




