第三十四話 第三王子の秘密③
ベルは執事長が言った『監査』を思い出した。
鍵の刷新。第三者保管。単独不可。記録の複写。
仕組みがあれば、刃は握りにくくなる。握った瞬間に見つかる。
見つかるなら、人は少しだけ壊れにくい。
「ジークムント殿下を残すなら、条件は明文化します。王政廃止を唱えること自体は許す。意見を述べることも許す。でも、暴力、偽造、脅迫、強制は一切禁止。違反した瞬間、即刻追放。監視は常につける。会議への参加も、記録つきに限定する」
「監視?」
「はい。あなたはもう一度、盤面を壊す。そういう人だから」
「信用していないんだな」
「信用しません。あなたが変わる保証はない」
「正直だ」
「正直でないと、王宮はまた燃えます」
ベルは言った。
火事未遂の夜の匂いが、一瞬だけ鼻の奥に蘇る。
「あなたを許すわけじゃない。信じるわけでもない。でも、王宮の中で責任を負わせます。外へ捨てて、別の形で英雄にするのは嫌です」
「英雄、か」
「ええ。あなたは、そういう顔で立てる人です。痛みを語れば、人は同情する。正しさを語れば、人はついていく。だからこそ、中に置きます」
ジークムントは黙って聞いていた。
黙って聞くのが、珍しく怖かった。
やがて彼は、低く言う。
「君は僕を罰するんじゃなく、使うのか」
「使うんじゃない。責任を負わせるんです」
「言い換えが好きだな」
「本質が違うからです」
ベルは一歩も引かなかった。
「あなたは『壊す側』に立った。でも、王宮は壊すだけでは終われない。なら、壊そうとした人間にも、その後始末を見せます」
「……残酷だ」
「そうかもしれません」
ベルはそこで初めて、ほんの少しだけ声を落とした。
「でも、王になるって、きっとそういうことです。嫌いなものを外へ捨てるだけじゃなく、残して監視して、二度と同じ火が起きないようにする。私はそういう王宮にしたい」
沈黙が落ちる。
その沈黙の向こうで、レオンハルトが静かに頷いたのが分かった。
「ジークムント」
レオンハルトが低く言う。
「ベルの処遇案を採る。お前は王宮に残る。だが権限は持たない。発言は許す。手は縛る。二度目はない」
「……」
「それでも残るか」
「残るさ」
ジークムントはゆっくり笑った。
負けを飲んだ笑いでも、勝ちを確信した笑いでもない。
まだ終わっていないと知っている人間の笑いだった。
「君たちがどこまで『自浄』できるか、見ていてやる」
「あなたが思想を持つことは罪じゃない。罪なのは、思想のために人を燃やしたことです。その『燃やす手』を、私は縛ります」
ベルはその言葉を正面から受けた。
ジークムントは一拍置き、ぽつりと言う。
「……片耳を失ったのは、君のせいじゃない」
「知ってます」
「でも、君が僕を『治療した』のは事実だ」
ベルの胸がひやりとする。
ここで『借り』を言われると、嫌な方向へ転ぶ。
恩と負い目は、王宮ではすぐ別の意味を持つ。
「君に借りを作りたくなかった。だから君を隔離した」
「……」
「君が決める前に、君を『決める』のが一番早いと思った」
「それが強制です」
「そうだ」
ベルは静かに言った。
ジークムントは淡々と認めた。
否定しない。言い逃れもしない。その乾いた認め方が、かえって怖かった。
「だから僕は、遺言で王位を失った。……笑えるね」
笑っていない目だった。
レオンハルトが低く言う。
「笑えない」
「君が怒るのは分かる」
ジークムントが片耳をわずかにレオンハルトへ向ける。
その癖が、屈辱をまだ引きずっている証だ。
耳のことも、敗れた理屈も、まだ彼の中では終わっていない。
ベルはそこで結論を出す。
「ジークムント殿下。あなたを王宮に残します」
レオンハルトの目がわずかに動く。
驚きよりも警戒が先に立つ動きだった。
「ただし——王宮の外へ出る権限は制限します。外部の会合は禁止。手紙も監査を通す。あなたの側近は全員解任。新しい付き人は、執事長が選び、私が承認します」
「細かいな」
「細かくします。曖昧な余地があると、あなたはそこから盤面を崩す」
ジークムントが笑った。
「飼うじゃないか」
「飼わない。管理です」
ベルは淡々と伝える。
「あなたを『殉教者』にしない。あなたを『幽霊』にもしない。あなたが言葉で勝負したいなら、言葉で勝負させる。でも盤面を燃やしたら、即刻切る」
「言葉だけは許す、と」
「はい。思想は消せないからです。消せないものを無理に消そうとすると、別の場所で腐ります」
ジークムントの目が少しだけ細くなる。
「……君は容赦がない」
「薬草師なので。腐った部分は切ります」
ベルは言い切った。
でも、そのままでは終えない。
「ただし、あなたを腐らせない努力はします。——監視の中で生きてください」
「監視の中で、生きろ、か」
ジークムントは一拍置いて、ゆっくり頷く。
「面白い。君は優しいふりをしない。……僕が嫌うタイプだ」
「私も、あなたみたいに『犠牲は必要』って言う人が嫌いです」
「嫌い同士が同じ屋根の下、か。政治向きだね」
「政治向きにするために、ここに残します。あなたの思想は消せない。でも、手は縛る。それが私の王宮のやり方です」
レオンハルトが短く言う。
「異論はある。だが従う。——ベルが決めた」
「ありがとう」
ベルは言い、ジークムントへ視線を戻した。
「あなたは今日から『王子』ではありません。でも『王宮の人間』です。守るべき規律は同じです。王位は持たない。けれど責任からは外れない」
「王子じゃないのに王宮に残る。皮肉だ」
「皮肉は、あなたが作った」
「確かに」
ベルが言うと、ジークムントは肩をすくめた。小さく笑った。
その笑いは初めて、少しだけ人間らしかった。
負けた人間の笑いではなく、自分がこれからどう扱われるかを測っている人の笑い。
審問室を出た廊下で、レオンハルトがベルの歩幅に合わせて歩いた。
合わせるのが自然すぎる。
黙っていても、隣にいる前提で歩く人の歩幅。
「ベル」
レオンハルトが低く言う。
「危険だ」
「危険です」
「なぜ残した」
「捨てたら外で燃える。閉じ込めたら殉教者になる。残せば、火はここで監視できる」
「……」
「それに」
ベルは一拍置いて言った。
「私は、都合の悪いものを外へ捨てる王になりたくない。私が嫌いな王になったら、私が王になる意味がない」
レオンハルトはしばらく黙り、やがてぽつりと言った。
「私が間違った道に進みそうになったら、止める者が必要です」
「お前は、甘い」
「甘くないです」
「甘い。だが——」
レオンハルトはベルを見る。
「その甘さが、俺は好きだ」
「……知っています」
二人の足音が、喪布の影の廊下に重なる。
秘喪は終わった。
でも王宮の『火種』は、まだ消えていない。
消さない。
消さずに、扱う。
見えなくして安心するんじゃなく、見える場所に置いて、燃え方ごと管理する。
それがベルの王宮の始まりだった。
王になるというのは、きれいなものだけを残すことじゃない。燃えるものを燃えると知ったまま扱うことだ。
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