第三十三話 第三王子の秘密②
ジークムントの処遇を決める場は、会議室ではなかった。
会議室は『決める』場所だ。処遇は、『片付ける』場所で決める。
執事長が整えた小審問室は、王宮の奥、窓のない石造りの部屋。
豪奢さがない。だからこそ嘘が剥がれる。
椅子が三つ、机が一つ。灯りは一つ。喪布の影すら入り込まない。
飾りがないぶん、声と沈黙だけがそのまま残る部屋。
ベルは椅子に座り、机の上の帳簿と布袋を見つめた。
香料庫の出入り記録。書記局の改竄の写し。偽蜜蝋の欠片。
全部揃っているのに、それでも一つだけ難しい。
『罰』を決めることだ。
ベルは王になりたいわけじゃない。
でも王になるなら、逃げられない場所がある。
誰が何をしたかを暴くだけじゃなく、その先を決めなければならない場所。
それが今、自分の前にある。
扉が開き、レオンハルトが入ってきた。
布手袋。目の下の影。それでも背筋はまっすぐだ。
眠れていないはずなのに、目だけは冴えている。
「準備は」
「はい」
ベルが答えると、レオンハルトは短く頷いた。
「執事長は?」
「外にいます。必要な時だけ入れるって」
ベルは息を吸った。
今日の場は『裁き』ではなく『処遇』。
裁きは後でいい。まず王宮の秩序を崩さないこと。
ここで感情に引きずられれば、最後に残るのは傷だけになる。
レオンハルトが扉に目配せする。
「入れろ」
次に入ってきたのはジークムントだった。
顔色は以前より悪い。片耳の不自由が体力を削っている。
それでも姿勢は崩さない。
崩さないことが、最後の武器だと知っている人間の座り方。
ジークムントは二人を見て、微かに笑った。
「審問か」
「処遇を決める」
レオンハルトが淡々と言う。
ジークムントが椅子に座る。
座り方がきれいだ。きれいすぎて、かえって冷たい。
ベルは紙片を机の上に置いた。
偽封蝋欠片つきの短文。『ベルを隔離せよ』『真名を確認せよ』。
「これ、あなたが指示した?」
ベルが問うと、ジークムントは即答しなかった。
その沈黙は、否定ではなく計算だった。
どこまで認め、どこから切るかを測る沈黙だ。
「指示した、と言えばどうする」
「あなたの王位資格は、すでに遺言で否定された。だから王位の話ではない。王宮で、何を許すか。何を残すかの話」
ベルは淡々と言う。
感情を乗せると、この人はそこから逃げる。
だから事実だけを置く。
ジークムントが目を細めた。
「許す、か。君は王になったつもりか」
「なったつもりじゃなく、なるの」
ベルの声が、自分でも少し硬かった。
『なる』と言うたびに、自分が現実に近づくのが怖い。
けれど、今はその怖さごと口にしなければならない。
レオンハルトが机を叩く。
「ジークムント。確認する。偽蜜蝋、書類改竄、火事未遂、護符混入。補佐を使って動かしたのはお前か」
「……そうだ」
「じゃぁ『真名』のことはどこで知ったの?」
「書庫で、と言えばわかるか?」
「盗み聞き?」
「人聞きの悪い。君らが後からきて、勝手に話を始めた」
ジークムントが言った。
淡々と、罪の自白というより、事実の報告みたいに。
そこに悔いの色は薄い。ただ、もう隠す必要がないという乾いた響きだけがあった。
「書庫への出入りの記録に、あなたの名前は無かった」
「あんなもの、いくらでもどうとでもできる」
ベルは胸の奥が冷えた。
それでも次の問いを出す。
「目的は王政廃止?」
「そうだ。王政は、君みたいな『鍵』を生む。鍵を巡って人が狂う。だったら、鍵ごと壊すのが合理的だ」
「合理的」
「犠牲は必要だ。君が嫌う言葉だろうが」
ジークムントは目を逸らさず言う。
その視線には、まだ自分が間違っていないという硬さがあった。
ベルは息を吸った。
彼の思想は分かる。分かるけれど、許す理由にはならない。
分かってしまうからこそ、止めなければならない。
レオンハルトが低く言う。
「お前は子どもを潰そうとした」
「潰してはいない」
「潰そうとした」
レオンハルトの声が冷たい。
怒りが混じっている。怒りを制御しきれず、それでも制御している声。
ジークムントは一拍置いて、淡々と返す。
「盤面を動かすなら、弱い駒からだ」
「……駒?」
ベルが思わず声を漏らした。
ジークムントがベルを見る。
その視線は冷たい。けれど冷たいだけじゃない。どこか羨望のようなものまで混じっている。
「君は駒じゃない。鍵だ。だから君は『決める側』になれる。僕らは駒のままだ。王の子ですらない。なのに王政のために舞台に立たされる」
ベルの胸の奥が痛んだ。
王の子ではない。それは事実だ。
事実だからこそ、彼はそこに傷を作り、その傷の形に合わせて思想を選んだのだろう。
「あなたの痛みは分かる。でも、あなたは痛みで人を燃やした」
「痛みを意味に変えただけだ」
ジークムントの声は静かだった。
静かだから怖い。
怒鳴らない人間の方が、時々よほど遠くまで壊せる。
ベルはレオンハルトを一瞬見た。
レオンハルトは『ベルが決めろ』という目をしている。
この場の主語はベルだ、と。
王になるなら、ここから先を言うのは自分だ、と。
ベルはゆっくりと言った。
「処遇の選択肢は三つあります」
指を三本立てる。
「追放。監視下での幽閉。——そして、王宮に残す」
「残す?君は僕を飼うつもりか」
「飼うんじゃない。残すなら『条件』が必要」
ジークムントが薄く笑う。
ベルは淡々と言った。
「あなたの思想は消せない。でも、方法は縛れる」
「縛るのが好きだな」
「好きじゃない。必要だからです」
ジークムントは首を傾げた。
その仕草だけが妙に子どもっぽい。
だから余計に厄介だった。子どもみたいな顔で、平然と火を放てる人間なのだと分かるから。
「追放は簡単だ。監視は簡単だ。残すのは面倒だ」
「面倒だから残す、という選択もあります」
ベルの言葉に、レオンハルトが一瞬だけ眉を上げた。
意外だと思ったのだろう。でも止めない。
止めずに聞いている。
「追放したら、外で思想を広める。王政廃止派は『殉教者』を得る。幽閉したら、王宮が『口封じ』をしたと思われる。——秘喪の直後にそれは危険です。残せば、王宮の中で監視できる。思想も動きも」
「お前は……危険な賭けをするな」
「賭けじゃない。管理です」
レオンハルトに言われ、ベルは言い切った。
「私は、王宮を『自浄できる場所』にしたい。なら、都合の悪い思想を外に捨てるんじゃなく、中で扱うべきです」
「扱えるのか」
「扱えます。仕組みを作れば」
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