表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】七人の訳あり王子と、八番目の薬草姫  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/35

第三十話 秘喪最終日③

ベルはそこで畳みかけなかった。

畳みかければ、彼は言葉で逃げる。

言葉の強い人間を追い詰めるには、理屈じゃなくて、自分が一番知られたくない顔を鏡みたいに返す方がいい。


「ジークムント殿下。あなたは被害者じゃない。被害を武器にした」


ベルは静かに言った。

会議室の空気が凍る。

ルーペルトが椅子を蹴って立ち上がった。


「てめえ——」


レオンハルトが手だけで制すと、ルーペルトが止まる。

怒りを預ける、その約束を守った。


ジークムントはゆっくりと笑った。

笑っているのに、目は少しも笑っていない。


「証拠は?」

「あなたが『王政廃止』を遺言不成立に導こうとしたことが、証拠です」

「思想の表明が罪だと?」

「思想じゃない。手順です」


ベルは言い切った。


「全員一致が得られなければ王政廃止。それを狙ったのが偽蜜蝋、改竄、火事未遂。合議が割れればいい。私を隔離すればいい。疑心暗鬼になればいい。誰も王を選べなくなれば、あなたの理屈だけが残る」

「推測だ」

「推測じゃない」


ベルは一歩も引かなかった。


「あなたは会議を割るために『ベルを外せ』と書かせた。私を外せば全員一致は不可能になる。——私は八人目。私を欠けば合議は成立しない。そのことを、この部屋で一番早く理解していたのはあなたです」

「……」

「あなたは耳を失いかけて、王宮に壊されたと思った。だから王宮ごと壊す側へ回った」


言い終えた瞬間、ベルは自分の鼓動が大きくなるのを感じた。

でも目は逸らさなかった。

ここで逸らしたら、また全部が言葉の霧へ戻ってしまう気がした。


ジークムントの口元から、微笑みが消えた。

残ったのは、冷たい目だけだった。

けれどその冷たさは、追い詰められた人間のものじゃない。何かを諦めた目でもない。

——決めた目だ。


「……そうだ」


低く落ちたその一言に、会議室の空気が凍る。

誰もすぐには息を継げなかった。


「私が黒幕だ、と言いたいのか?」

「あなたが言っているんです」


ベルは淡々と返した。

声を荒げたら負ける。今ここで感情に引きずられたら、また彼の理屈に飲まれる。


ジークムントは肩をすくめた。


「私は『王政の終わり』が正しいと考えただけだ」

「思想?ずいぶん立派だね。人を燃やして、紙を汚して、子どもを泣かせて?」


カシミールが笑う。

軽い笑いだったのに、言葉だけが鋭い。

ジークムントの視線が、まっすぐカシミールに刺さった。


「犠牲は必要だ」

「必要じゃない」


ベルが言った。


「犠牲を『必要』と言う人間は、自分が犠牲にならない位置にいる」


ジークムントの目が一瞬だけ細くなる。

その細さは怒りではなく、刺された人間の反応だった。


「……お前が言うな。王の娘。魔女の血。『真名』の鍵。お前が存在する限り、王政は終わらない。だから私は、お前を隔離しようとした」

「終わらせるために?」

「そうだ。お前がいる限り、誰かが王位を欲しがる。お前が鍵である限り、国は鍵穴を巡って壊れる」


ベルは息を吸った。

彼は『真名』を知っているように話す。

でも、ベルの『真名』そのものは口にしない。口にできない。

そこに、ベルが守ってきた線がまだ残っている。


その時、レオンハルトが立ち上がった。

椅子の脚が床を擦る小さな音だけで、全員の視線がそちらへ集まる。


「ジークムント。お前は『王政廃止』を狙った。だが、父上の遺言は半分で終わっていない」


低い声。

断定の声だった。


「父上は遺言を二つに分けた。ベルが来た日に読ませたのは前半。続きは——」


レオンハルトが扉へ視線を投げる。


「ここにある」


扉が開いた。


音もなく、けれど場の空気を一変させるように入ってきたのは——アーデだった。

いや、アーデの通称で生きてきた、『真名』を持つ西の魔女。

ベルの母。


王宮の空気が、ひび割れる。


「久しぶりね、ベル。元気そうでよかった」


アーデは静かに歩き、机の前に立った。

その目は、まっすぐベルだけを見ている。

責めるでもなく、試すでもなく、ただそこにいることを確かめる目だった。


ベルは立ち上がりそうになって、堪えた。

喉が詰まる。言葉が出ない。

会いたかったのか、怒っているのか、自分でも分からないまま胸の奥だけが強く鳴る。


そんな娘の様子を見て、アーデはほんの少しだけ微笑んだ。

それから視線を横へ移す。


「ヨハン。あなたも相変わらずね」

「……お久しぶりでございます、アーデ殿」


執事長——ヨハンは、わずかに目を伏せた。

その仕草に、長い時間守ってきたものの重さがにじんでいる。


「遺言の続きを、あなたが守れたのね」

「陛下のご遺志でしたので」


母は小さく頷き、持っていた箱を机へ置いた。

封蝋は黄金。だが、偽蜜蝋の甘さがない。

澄んだ蜂蜜の香り。乾いた、潔い香り。

ベルの鼻が、一瞬で『本物』だと叫ぶ匂いだった。


「……本物」

「ええ」


母が頷く。


「これは私が持っていた。本物の封蝋は、私の手元にしか置かないと決めたから」

「魔女が遺言を握る。——滑稽だな」


ジークムントが低く笑う。

だが母の声は静かで、その静けさがいちばん怖かった。


「滑稽なのは、あなたが『鍵』を奪えると思ったこと」

「……」

「ベルは、選ぶ。選ぶまでは誰にも渡さない。『真名』も、王位も、未来も」


その言葉で、ベルの胸の奥の結び目が、きゅっと締まる。

そうだ。決めるのは自分だ。

誰かに急かされても、囲まれても、怖がらされても、それだけは渡さない。


母が箱を開ける。

中に羊皮紙。

王の筆跡。


アーデは読み上げた。


『余は、ベルを我が正当な子女として認知する。

余が愛したのはただ一人、アーデルハイトであり、彼女の番となった。

よって余は、彼女以外の誰とも子を成せない。

王妃たちの安寧のため、余は遺児を引き取り王子として育てた。

七人は余の子ではないが、余の意志であり、余の誇りである。

そして——』


母は一拍置いた。

その沈黙に、誰も口を挟めない。


『王位は、ベルが選び、ベルに選ばれた者と共に治めさせる。

ベルが『ただ一人』を決めるまで、誰もベルを強制してはならない。

強制した者は、王位から永遠に排除される』


読み終えた瞬間、会議室から音が消えた。

誰も動けない。

遺言は、結論であると同時に、最後の線引きだった。

ベルはその線の真ん中にいる。けれど、今度は流される側じゃない。

選ぶ側として。


会議室が静まり返る。

『強制した者は永遠に排除』——つまり、ジークムントは自分で自分を詰ませた。


その意味が全員に落ちるまで、ほんの一拍、誰も動けなかった。

次に空気が動いた時、ジークムントの顔が初めて歪んだ。

怒りでも、動揺でもない。

もっと深いところに刺さった時の歪みだった。


「……そんな条件、誰が守る」

「守らせるわ」


母が淡々と言う。

静かな声なのに、その一言で部屋の温度が変わる。


「あなたが破ろうとしたから、こうして私が出てきた。そして、私にはそれだけの力がある」

「ジークムント。お前はベルを隔離しようとした。——それは強制だ。遺言により、お前に王位の資格はない」


レオンハルトが静かに言うと、ジークムントの乾いた笑いが響いた。


「王位?私だけじゃない。ベル以外、誰一人王の子でもないのに?」

「だからこそ、あなたは『王政廃止』を正義にできた。——でも、その正義のために誰かを踏みつけた。あなたの正義は、王位より先に、人として欠けた」


ベルが言うと、ジークムントはしばらく黙り、やがて肩を落とした。

諦めたようにも見えた。けれど、諦めた人の静けさではない。

最後まで自分の理屈を手放さない人の、冷えた沈黙だった。


「……いいだろう。なら、終わらせろ。王政を」

「終わらせない。父上の遺言は『合議が成立しない場合』に廃止だ。今、合議は成立する」

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



最新連載作もよろしくお願いします
▶ 追い出された白猫姫は、
王太子にお猫様として溺愛される
白猫姫×王太子/成り代わり魔女/お猫様溺愛/宮廷ラブファンタジー



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ