第六話
「…あ?」
空と一が語り合う中、朱が無貌らに接触されていたその瞬間、もう一人、無視できない人物が、目を覚ましていた。
「あ、は、あ、は、アッハハハハハハハ!!!」
その人物は、痛みで立ち上がれない身体で、腹が文字通りよぎれてしまいそうなほどに大きな声で笑う、笑う、笑う。笑いに血反吐が混じり、表情筋が麻痺して、全身が叫びたくなるような痛みに支配された頃、ようやく笑い声を収めて、感慨深げに呟いた。
「ああ、生きてるって、幸せだ」
彼女、レヴィアタンはそう言って、幸せそうに微笑んだ。生きている実感を噛み締めて。
「なんだ、意識があるんだ」
そんな彼女に近づく姿があった。青白い顔色をした、瘦せこけた少年。彼はレヴィアタンをつまらなそうに見下ろし、彼女の脇に座った。
「だけど、不思議だね。あなたには死相が見えない。まるで誰かに、救われるみたいに」
「…意味分かんないガキだなあ。死にたいなら向こうで勝手に死ねよ。今、良いところなんだから」
理解しがたい言葉を並び立てるその少年を苛立たしく思ったレヴィアタンは、その少年を睨みつけ、追い払おうとした。
「―ほう、確かに彼の情報通りだったな」
その時、更なる来訪者が現れた。青年はその二人の姿にまるで驚いた様子も無く、満足げに頷く。
「何者?」
少年の問いに、青年は嫌がる様子も無く、即座に答えた。
「管理局NO.10、【強欲】ティアーズ。最も、その立場はすぐに捨てる予定だがね」
「ティアーズ、ね。遊び相手程度の力は持ってるみたいだけど、悪いけど出直してくれないかな。満身創痍でね」
迷わず名乗った青年を、レヴィアタンはすげなく追い払おうとした。しかし、ティアーズは意にも介さず、居座る。
「満身創痍なんだろう?僕が治してやる」
彼がレヴィアタンの傷口に手を触れた瞬間、即座に塞がった。
「…驚いた。まさか、君が神格って訳?」
「まさか!僕はただの異能者だ。彼らのような特別な存在じゃない」
「ありがたい話なんだけど、一体何が目的?」
傷が塞がったレヴィアタンは立ち上がり、訝しげな視線をティアーズにぶつける。
「勧誘さ。僕はどうしても叶えたい願いがある。そのために、君らに恩を売ってる。君もさ、都一生」
「…!」
こっそりとその場を去ろうとしていた都一生に、ティアーズは声を掛けた。注意深く見ると、彼は足を引きずって歩いているのが分かった。
「…お兄さんさ、結局何がしたいわけ?そこの化け物と、死に恩を売ってさ、何を願ってる訳?」
「救済だ。救済の、再現。僕の望みはそれだけだ」
「はっ!救済とは縁遠いだろ、僕も、そいつも。むしろ世界の害だ。今の僕は父さんからの命令から解き放たれてるみたいだけど、人殺しに躊躇はないし、虐殺はお手の物。そこの少年だって似たような物だろ」
レヴィアタンに問われ、ティアーズはくすっと笑った。その問いが見当違いとでも言うように。
「別に、君たちに救済の真似事をしてくれと頼んでる訳じゃない。だけど、救済の再現に必要な物を手に入れるには、相当な武力が必要になる、らしくてね。だから君らに頼んでいる、僕の味方になれとね」
「…やなこった」
ティアーズの誘いを、すぐに都は首を振った。
「あなたに死相は見えない。だけど、あなたをまだ信用もしてない。ようやく自由になれたんだ。僕は、僕の好きなようにする」
「ああ、無理強いはしない。だけど、いつでも歓迎する。名刺だけでも持って帰ってくれよ」
そう言って、ティアーズは都の手に名刺を投げた。都は少しだけ、ティアーズのことを見つめた後、何処かへと去って行った。
「君はどうする、レヴィアタン」
「んー、僕は良いよ。どうせ行く当てもないことだし、恩は返す主義だ。返すのは初めてだけど」
そう言って、レヴィアタンは手を差し出し、ティアーズはその手を握った。
*
僕が彼女と、二条院一と出会ってから、一週間が経った。
「はい、今日はここで終わり。休んでいいよ」
「ぜ、は、は、は…」
彼女はあの時言った通り、僕を強くするために訓練してくれた。模擬戦に次ぐ、模擬戦に次いで、基礎鍛錬。毎日しんどい、全然慣れない、吐きそう。しかもそれに加えて、一般人に見えないように常にフィールドを張っているから、しんどさ二倍、三倍、四乗。
「うん、初日よりも余程動きが良くなってる。今なら、あのレヴィアタン相手でもいい勝負できるんじゃない?言ってて、怖くなっちゃった。末恐ろしいね、君」
何を一人で言ってるんだ、と突っ込む気力もないまま、あの怪物のことを思い出す。正直、あいつに勝てるビジョンは全く浮かばない。毎日の模擬戦で何となく、戦闘勘という物もついてきたと思う。だからこそ今より、レヴィアタンまでの距離がはっきりと分かる。
「…あなたより強かったのに?」
「お、良く分かったね。本当、頭いいよ君。お兄さんに似たんだね」
馬鹿を言わないでほしい。僕が天才なら、あの兄は奇才だ。そもそも見えているものが違う。僕が出来るのは手に入れた材料からの予測だけ、あの兄は材料もなく勝手に理解する。化物だ。この人と同じ。
「そうは言ったけど、あなたの強みはそこじゃないでしょう。一流四剣、炎・水・風・土、それぞれの属性の剣技は対応力と突破力の、どちらにも優れている。格上でも食える多彩さがある」
実際のところ、この人がレヴィアタンを倒せたのは、殆ど不意打ちで次元斬を決めたからだ。その上で、一さんは次元斬を決めるまでの戦術を幾つも持っている。多少の地力の差など関係ない程の矛を、彼女は持っている。
「うん。その通りだね。だけど、何その他人事感。君だって、同じ穴のムジナだよ?」
僕が指摘すると、彼女はくすくすと笑って言った。
「君の魔力は極めて高い。覚醒者には及ばなくとも、準ずるくらいの魔力を有している。私が知っている中では、トップクラスだ。そして、魔力を十全に扱う魔法のセンスもある。単純な破壊力と発想力だけで食っていけるよ、君」
「その二つがあれば、充分あなたの戦術を模倣できる、って訳ですか」
「そういうこと」
馬鹿を言うな。と突っ込みたいけど我慢。そこまで、彼女との関係は出来上がっちゃいない。僕視点は。
次元斬は極めてレベルの高い、というか、再現不可能な隔絶した技術だ。文字通り、次元を超えた技。どんな硬い盾でも次元ごと切り裂く。真似しようとするだけ無駄。
「それを真似してやろうと思うのが君だったんじゃないの?」
「嫌味な言い方を」
思わず、反応してしまった。一サンの口角が上がる。
「…はあ。じゃあはっきり言いますよ。魔法少年プログラム、はっきり言ってあれは僕の初めての挫折だった。発端から、経過、結果まで、どこをとっても失敗だった。終いには、あなたにフォローされる始末。すっかり、僕は自信を失ってしまったわけです」
お手上げ、というしかない。結局、僕はあの時不浄に指摘されたことを成し遂げられないまま、プログラムを集結に導くしかなかった。彼らを纏めることも、彼らの現実問題を解決することも出来ずに今、ここに立っている。恥知らずと言うほかない。
「ふーん。傲慢だね」
僕の悩みを、彼女は一蹴した。
「一度の失敗で挑戦を止めるなら、人間は進歩なんてしてないよ。君、万能の天才なんだろう?なら、まだ足掻く価値はあるでしょ。努力をせずに辞めるなんて、もったいない」
「努力はしてきましたよ。この一週間、ずっとあなたと」
「これは努力と言うほどの努力じゃないよ。君が出来ることをやらせてるだけだ。戦闘と魔法の持久力を叩きあげてるだけ」
…努力じゃない?何を馬鹿なことを、一週間の時間もあって成長できない方がおかしいだろうに。
「あー、むかつくなーその顔。一週間で全部出来ちゃうなら、皆苦労なんてしないよ。君は、天才なんだ。そこをまず、自覚しなよ。その上で、努力を心がけろ。そうじゃなきゃ君、ただの天才で終わりだよ」
「それは」
嫌だな。ここで、終わりたくはない。僕はまだ魔法の基礎さえ知らない。浅瀬に浸かっただけだ。いつか、もっと魔法について理解して、魔女集会が開いているという魔法学校に行きたい。そのためにも。
「…もっと、頑張らないと」
*
夢が終わった。魔法少年として戦う夢が終わって、一週間が経った。もう、二度と、僕はあの夢を見ることは出来なかった。
それなのに、現実は続いていく。糞みたいな家族も、糞みたいな人生も、もううんざりだ。いなくなりたい、消えたい、全部なくなってほしい。
決めた、もう、全部無くす。
さようなら世界。さようなら魔法少年。さようなら灯。さようなら僕。さようなら大曲あげはの儚い人生。
僕はもう終わりにします。諦めて、全部終わりにします。




