国の行く末
ステラの部屋に到着するなりドアをノックする。
「ステラ、僕だ」
しかし、中から反応は返ってこない。どこかに出かけているのか?養成学校の中は既に魔物の氾濫の情報がでまわり混沌とした状況になっている。こんな状態で訓練しているとは思えない。そうなると、ステラがどこに出向いているのか検討もつかない。
僕は考えた結果、無理難題をマルに押し付ける。
「マル。ステラが今どこにいるか感知できないか?収穫祭の時にやった時と同じように」
『やってみるじぇ』
マルが集中して感知を広げている。すぐに反応がなかったという事は養成学校内にはいないのだろう。しばらく待ってもマルから色よい返事は出てこない。やはり街全体の中から探すというのは無理があったか。
根気強く探すマルの様子を見ながら静かに待つ。
『みつけたじぇ』
「ッどこだ?!」
『まちのそと、ひがしのまちのちかくだじぇ』
「......なんだって」
なんでステラが東町に向かっているんだ?東町は僕の生まれたところだ。もしかして僕が東町に行ったと思って追いかけて行った?いや、それはない。僕が東町出身という事は教えてなかったはずだ。ならどうして?
『ほかにも、つよいひとがまちへむかってるじぇ』
「強い人......召喚騎士......」
確か、ステラの兄は召喚騎士だと言っていた。もしかして、その兄に連れられて東町へ移動しているのか?バカな、だとしたらステラを魔物と戦わせるつもりなのか?!
「......もしかしたら、ステラとフーランが危ないかもしれない」
§§§
城の会議室で王族と国の重鎮が顔を揃えている。課題は今起きている魔物の襲撃についてだ。
「現在の状況を報告せよ」
大臣が資料を手繰り寄せ報告を開始する。
「現在、4つの町とも危機的状況です。それぞれ同時に魔物の集団が押し寄せてきたと報告がありました。目測でその数は数千単位で、バラつきはありますが、合計すると万を超えています」
「万を超える......だと」
「これまでの氾濫に比べてその数はどうなんだ、対処はできるのか?」
「これまでに、起きた氾濫の規模は5千が最大です。ここまで多くの魔物が確認された事はありません。対処は召喚騎士を各地へ派遣。それから現在民をかき集め勇士兵を結成しているところです。しかし、数が多すぎる。......このままでは防壁町が落とされるのも時間の問題かと」
会場内がざわざわとざわめく。その中で一人の男が声をあげる。
「ドラゴンだ!あのドラゴンはどうした?!まだ目覚めてないのか?!」
「......ドラゴンは森に異変が起きて間もなく目覚めています」
「なら!一刻も早くドラゴンを向かわせて数を減らせば良い。密集しているところを狙って数さえ減らしてしまえば、道が開けるというもの!ドラゴンのブレスならそれができるであろう!」
「それが、ひとつ問題がありまして」
「問題だと?なんだそれは?」
「目覚めたばかりでまだ空を飛べないのです」
「......は?」
§§§
王城の裏庭、そこは誰の目の届か居ない場所。秘密を隠すにはうってつけの場所だった。
ルキルフが目覚めて、それから発覚した問題を解決するために用意された場所それが王城の裏庭。
ルキルフが目覚めたのが森の異変が起きた時という事もあり、ルキルフが空を飛べないという事実は秘密裏に解決しなければいけない問題だった。
「ルキルフ、お前は空を飛べるはずなんだ。その翼をこう、羽ばたいてみてくれ」
「グルァ?」
ルキルフが翼を上下に動かすと強風が巻き起こる。しかし、ルキルフの巨体が浮かび上がる事はない。
「ドラゴンってどうやって空を飛ぶんだよ」
俺が困って頭を抱えているというのに、ルキルフは上手くできたとばかりに頭を摺り寄せてくる。その様子は幼い子供のようだ。俺はあやすようにその額を撫でる。ルキルフが生まれてから6年が経つというのに、目覚めたのは最近で体だけは大きく成長したがまだその心は育っていない。
俺がこれまでに心配していた。ルキルフが目覚めたら俺は喰われてしまうのではないか?という不安は杞憂に終わった。ルキルフは正しく俺を親と認識してくれていて、子供の様に懐いてくれるのは正直嬉しい限りだ。俺だって今までできなかった子育てをゆっくりと行いたい。
だが、俺自身はゆっくりルキルフが成長していく様を見たいと思っているのに、今の状況が許してはくれない。周りからの声もうるさい。誰もがルキルフのチカラを期待しているのに、自分勝手な事しか言わない。解決策を提示してくれるわけでもなければ、援助をしてくれるわけでもない。
毎日飽きずに言葉を捲し立てて急かす事しかしない。まるでそれが仕事であるかのように今日も言ってやったぞと立ち去っていく。俺は国の要請を受けて戦う事を承諾したが、このような人物のために戦わないといけないのかと今は辟易としている。
「ルキルフ少し散歩しようか」
俺はルキルフの背中に飛び乗り、首をポンポンと叩いた。するとルキルフは嬉しそうに歩き出す。ルキルフの体は大きい、それに対して広いとは言えない裏庭を壁に沿って移動する。
「俺はずっとこうやって一緒の時間を過ごしたかったんだ。ちょっとお寝坊さんだったな?最初は抱えられるくらい小さかったんだぞ」
「グルァ?」
「あはは、ホントだって。ずっと寝てるからさ、ずーーーーっと抱っこしてたんだ。......だからさ、ルキルフが起きるの楽しみにしてたんだよ」
「シギャギャ」
「本当はこんな狭いところじゃなくて、外を思いっきり走らせてやりたいんだけどな。外に出たければ空を飛んで出ろ、それ以外で外に出ることは許さないだのどーだの意味がわかんない事言うんだよ」
「ギャギャー」
「だよなー」
散歩を終えてルキルフから降りる。
「ありがとう。ルキルフと散歩するのは楽しいな。お礼に食事にしよう」
ルキルフの額に手を当てて魔力譲渡を行う、しかし以前のように急激に魔力が吸われる事はなくなった。いや、しなくなったというのが正しいか。俺の体を心配しているのだ。
目覚めて最初の魔力譲渡の時、俺は嬉しくて手を離すタイミングを見誤って倒れてしまった。その様子を見てルキルフは狼狽えてしまう。それから何か気付いたようで俺から魔力を吸うのを躊躇っているのだ。
きっと魔力はルキルフにとって大事なものだ。本当は欲しいはずなのにそれを我慢させてしまっている事が情けない。おそらく俺は、ルキルフの体に必要な魔力を持っていない。それが悔しくてたまらない。
俺は気付いてしまったんだ。やっぱりルキルフが目覚めなかったのは俺に原因があったのだと。
「ごめんな。俺にもっと魔力があれば、......魔力を増やす方法があれば俺はどんなことだってするのに、本当にごめん」
「グルゥ......」
その時、誰も訪れないはずの裏庭に人影が現れた。
「......その話聞かせてもらった」
「誰だ?!」
俺はあるはずのない声に一瞬身構えた――――。
§§§
僕はステラの不在を知るや否や、自室へ駆け込み身支度を整えていく。荷物は最低限でいい。動きやすく丈夫な戦闘に向いた装備に着替える。ポーチにポーションを補充し、移動中に食べれる干し肉もいれていく。
マルは出来る男の神速反復横跳びをしている。今は焦るからやめて欲しい。
ステラの事を思いながら、手元に残ったランラブルブの魔物石を眺める。ゴブゥの魔物石と比べて魔力量が多いので安全の為、後回しにしていた残りだ。これを使えていればステラとフーランは更に強化できたはずなのにその機会は失われてしまった。
こんなことになるなら先に使っておくべきだったなと後悔する。
僕は最後に剣を持ちあげて、不味い事に気付き、鞘から剣を抜きその刃を見る。刃が所々欠けており、ヒビが入っていて使い物にならない。
しばらく魔物との戦闘はないと油断していた。この剣はリョウリョウガルマの戦闘でもうその役目を終わってしまっていたのだ。
「......不味いな」
剣は数自体が少なく、専門店でのみ扱っている商品だ。所持に申請も必要なので、注文と同時に体に合った剣を作るオーダーメイドが基本だ。僕の場合すでに父親から譲ってもらった剣を保持しているので申請自体は免除されるかもしれないが、問題は剣があるかどうか。
「迷っていても仕方ない、出かけるぞマル!」
本当に今日という日は慌ただしい、走ってばかりだ。僕はなだれ込むように剣の専門店に突入した。
「剣をくれ!!!」
「誰だオメエ!!!」
ごもっともだ、知りたければ教えてやろう。
「僕はスライローゼ!この国を救う勇者だ!!」
「アホな事言ってんじゃねぇ!!こっちは忙しいんだ!!」
「忙しいとかそんなことはどうでもいい!僕には剣が必要なんだ!!」
「こっちはそっちの事情の方がどうでもいいわ!!帰れ!!」
僕は店主の言葉に臆することなくズンズンと進み寄って持っていた剣を差し出す。
「これを見てくれ。魔物と戦闘して使い物にならなくなった。だから剣が欲しい」
店主は訝しげに剣を抜き取り、状態をみる。
「こいつはひでぇなもう使い物にならない」
「だから、剣が欲しい」
「お前さんの言い分はわかったが、残念ながら在庫の剣はもうない、全部城に持って行ったところだ、今から補充用の剣を作ろうとしてたところなんだよ」
「そんな......剣はいつできる?」
「早くても明後日か......だけどよ、出来ても譲る事はできねぇよ。お前さんも勇士兵に志願したら渡されるんじゃないか?」
勇士兵になんかに組み込まれてしまっては自由が利かなくなってしまう。それはダメだ。
「僕には助けたい人がいるんだ。だから今すぐ防壁町へ移動したい。何かないのか?」
店主は腕を組み考えを巡らしている。僕が魔物と戦うと言っている以上、無碍にはし難いのだろう。
「ない......ことはない」
「なんでもいい!それをくれ!」
店主は店の奥から木箱を取り出し僕の目の前に置く。僕はごくりと唾を飲み込みその木箱を開けた。店主が説明のために口を開く。
「......斧だ」
「......斧か」
ちょっとだけ気まずい雰囲気になる。しかし、せっかく代替え案を出してくれたんだ試しに僕は手に取って斧を構えた姿を鏡で確認する。
......斧は......ダメだ。斧はダメっ絶対。
僕は静かに木箱に斧を戻して、店を去った。店主もその判断は正しいというように去り行く僕を静かに見送った。
僕は超絶斧が似合わない男だった。
「マル。作戦変更だ城に行ってちょっくら剣を借りてこよう」
『それはぬす......』
「借りるだけだ」
『じぇ......』
「大丈夫、事情が事情だ。わかってくれるさ」
僕は、大丈夫わかってくれるさ理論を展開して悟りを開いた聖人のような笑みを浮かべた後に、城へと走り出した。
マルは『どーなってもしらんじぇぇ』とつぶやきながらもついてくる。
「マル、気配探知で人気のない場所を探してくれ」
僕は、マルの気配探知を頼りに王城の入り口を避けて迂回する。丁度城の裏側に城壁がそびえ立つその向こうに広場らしい場所がある事がわかった。
そこが一番人気が少ない場所だが、高くそびえ立つ城壁が侵入を拒む。普通に考えるなら、ここから侵入しようとは思わないだろう。それが警備がおろそかになっている理由か?だが、僕とマルにそんなものは通用しない。
僕はマルの触手を掴み、助走をつけて城壁に向かって飛びあがる。ジャンプが最高点に達する時にマルを振り抜き更に高い場所へ飛ばす。それから更にマルはもうひとつ触手を伸ばし城壁の頂点に絡みついた。
あとは、マルに上まで引き上げてもらう簡単なお仕事である。
僕たちは王城の裏庭へと降り立った。そこに人がいることはわかっていた。だからこっそり迂回して城内へ侵入するつもりだったが、中央に鎮座するドラゴンに付き添うその人物が見知った人だったのでつい眷属との会話を盗み聞きした。
どうやら、僕の兄である。ロキアロッド兄さんは困った事態になっているらしい。しかも内容が内容だ。ここは弟である僕の出番だろう。
「......その話聞かせてもらった」
「誰だ?!」
僕の存在に気付いていなかったのだろう。ロキアロッド兄さんが身構える。
「弟の顔も忘れてしまったのかい?ロキアロッド兄さん」
「スライ......なんでここに?」
「僕はできる弟なんだ、ロキアロッド兄さんのピンチを救いに来たのさ」
僕はできる男のアルカイックスマイルをした。掴みはバッチリだ。




