想定外
僕は、まとまった時間があれば手持ちの魔物石を使ってステラとフーランの強化を行っている。強化する度に体調を崩してる様子が周りに知られると大変なので、ステラの魔力回路を治療するまでが1セットだ。僕は当初、魔物石からチカラを取り出すには、本人の魔力を魔物石に馴染ませる必要があると思い込んでいた。
しかし、結果は僕の魔力を流し込んで取り出したチカラにも拘わらず、ステラの体へ吸収されてしまった。これにより、僕と同じようにステラも強化できることがわかった。もしかしたら連日でステラの体に僕の魔力を流し込んでいたおかげかもしれないし、もともとそういった制約はなかったのかもしれない。
この条件は興味のあるところだが、解明するつもりはない。僕はこの方法で強化するのは、僕自身とステラにだけと決めているからだ。
別にこの方法を秘匿したいというわけでもない。やるなら僕を巻き込まないで個人でやってほしい。こんなことで僕の時間がとられてしまうのは我慢できない。だから秘密にするただそれだけだ。
僕は自由を愛する男なのだ。
一方、僕とマルも新しい試みに挑戦している。僕が魔力を視認できるようになったので魔力の動きを色々と観察している。
僕が驚いたのはマルの体内を巡っている魔力の量だ。フーランと比べても桁違いに多い。例えるなら今まで吸収した魔物石に含まれていた魔力がそのまま足し算されているような感じだ。
考えてみれば僕とマルは1ヶ月という短い期間に南町周辺の魔物を狩りつくした。その数は数十だったか、100を超えていたのか正確な数はわからないが、それだけの魔物のチカラを体内に取り込んでいる。
特にリョウリョウガルマの魔物石を吸収したのは大きかった。おそらくリョウリョウガルマの魔物石を吸収する前と後では魔力量が倍ほど変わっている。
ステラに魔物石から魔力を取り出し吸収させているのを何度も観察しているからわかった事だが、魔物石を吸収すると、魔物の魔力とステラの魔力で勢力争いが起きる。その様子はまるで体の支配権を奪い取ろうとしているように見えた。
この支配権争いの消耗が激しいということは、そのチカラが拮抗している事を意味する。なので、吸収を繰り返して体内の魔力を増やしていくと、拮抗していた力関係が傾き、段々と一方的な蹂躙となる。
もう僕の場合、ゴブゥの魔物石を吸収しても何の苦痛も感じない。力量差がありすぎてすぐに制圧してしまうからだ。
しかし、リョウリョウガルマの魔物石は違った。多くの魔物石を吸収して強くなった僕でさえ、初めて魔物石を吸収した時のような激痛に苛まれた。つまり、体内を喰い破られていた。チカラが拮抗していたという事だ。
でも、という事はだ。それほど強大なチカラを取り込んだという事になる。すなわち劇的な強さの変化が僕たちには起きていた――。
僕とマルは例の如く人目のつかない外に出ている。もう収穫した農地はキレイになっており、次の収穫の為に畑を休ませていて人がいないので都合が良い。
「そうだ!マルいいぞ!その調子だ!!」
マルの触手がウネウネとその形を変えていく。
「良いかマル。大事なのは形だ!いや形が全てと言ってもいい!その他の事は後回しだ」
マルの触手がウネウネとまるで別の生き物が宿ったように動き出す。
「おぉ!この動きはまるで......ミミズ。じゃねーよ!ストップ!ストーップ!!」
マルから伸び出た触手がスルスルと体の中に戻されていく。
「動いた瞬間、ミミズになっちゃったよ。あれだけ形が大事だって言ったのに、ドラゴン形態を崩したらダメっ絶対」
『ふくざつなのはむずかしいじぇ』
「だから練習してるんでしょ」
マルは興味なさげに体を縦横と伸ばしている。まったくマルは何もわかってないな。
「マル。僕たちには致命的な弱点がある。わかるか?」
『?』
「良いか、僕たちの戦い方を思い出してみろ。僕は剣を振り回して攻撃。マルは触手を伸ばしたり、粘着弾を飛ばしたり、体当たり......だ」
『それがどうしたじぇ?』
「ばかやろう!」
僕はここまで言ってもわからないマルに対して憤慨した。実に沸点の低い怒りだ。
「僕たちはなぁ!!すっっっごい地味なんだ!!」
マルが雷にでも撃たれたかのように衝撃が走る。
「フーランを見てみろ、氷を自由自在に操って盾なんか作りやがって、しかもジャンプして盾を地面に叩きつけると当たり一面が氷で覆われるんだぞ。......僕はちょっとカッコイイと思った......」
マルが確かにといった感じでフルフルと震えている。
「マル。お前がさ......でっかい粘着弾の雨を降らしてどうなった?地面がべったべったのねっちょねちょだぞ」
『か、かっこわるいじぇぇ』
「だろう。それに、マルの最大の攻撃であるスライムストライクだけど、ただの溜めからの体当たりだからね。完璧に名前だけカッコつけましたって感じだからね!もし攻撃が外れたらスライムアウトだからね!!」
僕は大きく身振り手振りを交えて説明し、最後は指さしフィニッシュでマルのトドメを刺した。
『じぇぇぇぇえ』
マルが真実に耐えきれないといった様子でゴロゴロと転げまわる。それに対して僕はマルに無造作に近づき、バシッと掴み静止させる。
「良いか?マル。僕たちに足りないのはカッコ良さだ」
僕はこれまでの人生の中で一番真剣な眼差しをマルに送り、気合いを込めて言い放つ。
「僕はカッコよく戦います!はい!リピート!アフターミー!!!」
『じぇ?!ぼ、ぼくはかっこよくたたかいます』
「僕はカッコよさを追求します!はい!!」
『ぼくはかっこよさをついきゅうします!』
「よろしい!!」
『じぇぇぇ』
僕は片膝を地面につけ、マルの上にそっと手を置いて語りかける。
「想像してごらん。触手でバシって叩くのと、先端がドラゴンの様に噛みつくのとどっちがカッコイイ?」
『かみつくほうがかっこいいじぇ』
「そうだろう。そうだろう。それに、僕の予想が正しければ、ドラゴン形態になればブレスを放つ事ができる」
『す、すごいじぇ』
いや......嘘だけど。今そういう風だったらいいなぁっと思った事が口に出ただけだ。まぁいいや。
僕は立ち上がり腕を組んで、マルを見下ろす。
「マル。ひとつ確認だ。以前魔力の消費を抑えるために小型化したな?という事は消費さえ気にしなければ巨大化できる。そうだろう?」
『できるとおもうじぇ』
「うん......それを聞いて安心した。僕はひとつ真理に気付いてしまった。小さい眷属は可愛い。逆に大きい眷属はカッコイイ。つまり!デカければそれだけでカッコイイ」
マルが雷に撃たれたように仰け反る。
「マル、大きくなってみろ。カッコよくなれるぞ」
僕はニヒルな笑みを浮かべてマルを挑発した。
『やってみるじぇ!』
有言実行とばかりにマルの体内の魔力が膨張し、それに合わせてマルの体が徐々に大きくなっていく。巨大化は止まる事を知らず僕の背丈より大きくなった。
「それぐらいでいい。巨大化を止めてくれ」
『どうじぇ?かっこいいじぇ?』
そうだな......。マルの体は大きく成長し、プルンと弾け瑞々しく、丸みを帯びたボディはカッコ良さの欠片も存在していない。
「......かっこいいぞ」
マルがジャンプして喜びを表現する。ジャンプする度に肉厚の体が地面を揺らしはっきり言って危ない。ただデカくなっただけだがこれは予想以上に凶悪かもしれないな。
僕はふと思いつき、マルの上へ飛び乗る。マルの弾力ボディが僕の体重を軽く受け止めた。そのまま腰を下ろし、寝そべってみる。まるで宙に浮いているかのように錯覚するほど体が楽だ。全身から力を抜くと、気持ちまでふわふわしてくる。
僕にはわかる。ここで昼寝したらすっごい気持ちいい。スライムベッド、これは予想以上に凶悪かもしれない。なんてこった。スライムは人を堕落に落とす魔性の眷属だったんだ。マル、お前は僕のベッドになる為に生まれてきたのか。しかし、僕はこんな誘惑には屈しない。
「マル、僕を乗せたまま移動できるか?」
マルが了解したと頷いたのを確認して。僕はマルの上で寝そべって空を見上げる。雲がゆっくりと流れている。気温は低く少し肌寒いが......その分陽の光が温かく感じられて悪くない。
マルがのそのそと動き始める。宙に浮いているような、空と一体化したような、あまりの気持ちよさにリラックスして体の力を抜いた時だった。マルがいつものように身を縮めて跳ねるように移動する。最初の跳躍をした時、僕の体は空中に放り出され、空中で前転してそのまま地面に叩きつけられた。予想外の出来事に僕は受け身を取る事ができずに地面と一体化してしまった。
「っガハ!!」
肺から空気が強制的に吐き出されたうえ、痛みに体が硬直して息が吸えなくて苦しい。痛い。苦しい。痛......くない。
マルが申し訳なさそうに覗き込む。
「僕はもうダメみたいだ。体が動かない」
体の痛みは予想外に早く回復し、全然痛くなくなってしまったが、僕はぜぇぜぇと息を絶え絶えに深刻なダメージを受けた事を強調した。
「いいか、マル。優秀な眷属はマスターを乗せての移動手段を持っている。機動力があれば様々な事態に対応できるからだ」
僕は思いつくまま、それっぽい事をマルに言い聞かせる。僕の場合、身体強化で眷属に劣らない速度で移動できてしまうので必要ないけどなと内心で思いつつ、マルの上に乗って移動出来たら楽でいいなという己の利点だけを求めて説得する。
「確かに、実際にマスターを乗せて移動できるのは一握りの大型の眷属だけだ。体が小さくて無理な眷属だっている。だけど、マルは体を大きくできる。つまり、必要があれば僕を運ぶ技術は持っておいて損はないはずだ」
マルはプルンと揺れた。少し考えている様子だ。断片的なイメージが僕の脳裏に浮かんでくる。それは......僕がリョウリョウガルマの攻撃を受けて動けなくなってしまいマルが必死に僕を町まで移動しようとしている場面だった。
あぁ......ごめん。辛いところを思い出させてしまったか、まだ気にしていたんだな。僕は感謝しているというのに。
体が痛いフリをやめて、起き上がりマルの体を撫でる。
「っま、僕は他の召喚士と違って強いから、マルと一緒に走って移動できちゃうけどな」
僕は、マルを安心させるために軽い冗談を言った。マルに乗って移動できるのは魅力的だが、できなくてマルを悲しまさせるものではない。それに乗るだけなら別に止まってる時で十分なのだ。
『じぇ』
しかし、マルの意欲を刺激してしまったのか。マルがやる気だ。
『もういっかいのるじぇ、まるはできる子だじぇ』
「わかった」
マルは体から触手を伸ばし僕の体を包み、マルの上まで移動してくれた。それはまるで動けなくなった僕を想定して行われているように思えた。
上まで移動した後、体の一部を変形させて背もたれを作り僕の体を安定させる。うちの子は本当にできる子だった。これなら移動しても問題ないだろう。
それからマルの変形は止まらない。側面から触手を4本伸ばし地面につけ体を浮かせる。まるで4足歩行する獣のようだなと僕は思っていたが、実際に視認すると丸い体の側面からニュっと触手が伸びているだけなので、想像していたよりもカッコ悪い。
マルは跳ねて移動するのをやめて、触手を器用に動かして移動する。マルの触手は精密な動作で騎乗している僕は空を滑っているかのように振動がない。魔車なんかよりもずっと早くて、快適だ。
「おぉ」
滑らかにニュルニュル動くマルの移動方法はカッコ悪さを超越した不気味さを備えていた。これは快適だが、人には見せられない類のものだと確信する。
「......快適だ。すごいぞマル。もっと早く移動できるか?」
僕は褒めて伸ばすタイプだ。それとなく修正をかける。早く移動しようと思えば、獣型の眷属の様に体全体の形状を近づけるはずだ。そうなれば今みたいに振動のない快適な移動方法はできなくなってしまうだろうがカッコ良さは大事だ。
マルは僕の要望を聞き入れ、側面から新たに2本の触手を生やした。マルの体からは合計6本の足が生えた事になる。僕の想像と違う。
マルは楽しくなってきたのか、スピードをどんどん上げていく。それなのにすっごい快適な乗り心地。すごいよマル。カッコ悪いけどすごい。
僕は入り口が見え始めるころに降ろしてもらい徒歩で街の中へ帰った。
街の中はいつもと雰囲気が違っており、騒めていてる。一体何があるのだろうか?
特に人が密集しているところに行くと、号外の知らせをバラまいている役員がいた。地面に落ちた知らせを手に取って確認すると、[森から万を超す魔物の襲来]Cランク以上の眷属を持つもの、補助の出来る者は王城に集合する旨が書かれている。
「?!ッなんだって、魔物の氾濫......」
思わぬ緊急事態に、ひとまずステラと合流すべく部屋まで駆けた。




