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学年集会

季節は既に秋へ移っていた。王立学園大講堂。

高い天井から差し込む陽光が、整然と並ぶ長椅子を照らしていた。

貴族科、騎士科、文官科。

学年を問わず集められた生徒達のざわめきが講堂を満たしている。

その音を聞きながら、私は静かに息を吐いた。

よく似ていた。あの卒業式の日と。


「大丈夫ですか」

隣から小さな声がした。ライアン様だった。

私は微笑もうとしたが上手くできなかった。

「ええ」

自分でも分かるほど嘘だった。

胸の鼓動は早い。手のひらには汗が滲んでいる。あの日の光景が何度も脳裏を過った。

婚約破棄、断罪、一般牢。忘れられるはずもない。

「今日は前回とは違います」

ライアン様が静かに言った。それだけだった。けれど救われる。

私はゆっくり頷いた。

そうだ、前回とは違う。私は一人ではない。

前方へ視線を向ける。

最前列にはアレクシス殿下の姿があった。その隣にはフィオナ様。

どこか落ち着かない様子で周囲を見回している。

少し離れた場所にはカイル。更にその隣にはオリバー。

まるで今日という日を疑っていないかのように、二人とも平静そのものだった。


やがて壇上へ教師達が姿を現した。

ざわめきが静まる。

学年主任が一歩前へ出た。

「これより学年集会を開始する」

厳かな声が響く。

「最近、学園内において特定生徒に関する噂が拡散している」

空気が変わった。誰もがその名を知っていた。


「本日は事実確認を目的とする」

「対象は騎士科一年、フェリクス・ルートナーだ」

何百もの視線が一斉に動く。

フェリクス様が立ち上がった。

表情は硬い。それでも背筋は真っ直ぐ伸びている。

「まずは提出された証言を確認する」

主任教師が言った。

その時だった。

一人の生徒が立ち上がる。

文官科首席。オリバー・ウェスト。


講堂の空気が僅かに引き締まった。

彼にはそれだけの信用がある。

冷静、理知的、公平。そう思われているからだ。

人は信頼できる人間を疑わない。


「学園内で集められた証言を整理しました」

オリバーは恭しく一礼した。その姿は模範的な生徒そのものだった。

手渡された書類は分厚い。

教師が目を落とす。

講堂は静まり返っていた。

「複数の証言によれば」

教師が読み上げる。

「フェリクス・ルートナーは継続的に聖女候補フィオナ・セインツへの否定的発言を行っている」

ざわめきが広がる。

「また平民出身者への偏見を疑わせる発言も複数確認された」

「違います」

フェリクス様が声を上げた。

「私はそのような意図で発言したことはありません」

「後ほど発言の機会は設ける」

教師が制する。

フェリクス様は唇を噛んだ。


私は周囲を見渡した。

この空気を、視線を、知っている。

証言がある。だから正しい。そんな単純な論理だけで人は誰かを裁く。

前回も同じだった。

私の言葉より、証言書の方が信じられた。

整えられた文章の方が信じられた。


「以上です」

オリバーが静かに言った。

余裕すら感じる声だった。

自分は事実を整理しただけと信じている人間の声だった。


講堂の空気がゆっくりとフェリクス様へ傾いていく。

このままでは遅い。

疑惑はやがて確信へ変わる。

そして一度固まった世論は、容易には覆らない。


「少々お待ちください」


静かな声だった。だが一瞬で講堂の空気が止まる。

ライアン様が立ち上がっている。

「その証言について、確認したいことがあります」

オリバーの視線がライアン様へ向く。

「どうぞ」

淡々とした返答だった。

「まず確認ですが」

ライアン様は静かに尋ねた。

「その証言書は、全て原本そのままでしょうか」


ざわめきが起こる。

予想外の問いだったのだろう。

しかしオリバーは即座に答えた。

「いいえ」


その答えに逆に会場が戸惑った。


「提出された証言を整理しています」

オリバーは続ける。

「内容の重複を除き、時系列を整え、読みやすくしただけです」

もっともな説明に聞こえる。実際、それだけなら問題はない。

「なるほど」

ライアン様は頷く。

「整理したのですね」

「はい」

「ではこちらをご覧ください」

ライアン様は一冊の書類を取り出した。

「それは何でしょうか」

教師が尋ねる。

「証言の原本です」


講堂の空気が変わった。

オリバーの眉が僅かに動く。

初めて、彼の表情に揺らぎが生まれた。


「証言者本人が保管していた控えになります」

ライアン様は言った。

「提出版と比較していただければ分かるでしょう」

教師達へ数冊の書類が手渡される。

講堂が静まり返った。

ページをめくる音だけが響く。


やがて。

資料へ目を通していた主任教師の表情が変わった。

僅かに眉をひそめる。

それだけだった。だが十分だった。

何かがおかしい。

そう誰もが察したのである。


「原本では『疑問を呈した』となっています」

ライアン様は静かに言った。

「しかし提出版では『否定した』に変わっている」

一枚の紙を示す。

「こちらでは『直接見ていない』という一文が削除されています」

さらに別の資料を示した。

「そしてこちらでは、本人へ有利な補足説明だけが消されています」


ざわめきが広がった。

生徒達には資料の全ては見えないが教師達の反応だけで十分だった。

提出された証言が、そのままの形ではない。

その事実だけは理解できたのである。


「つまり」

ライアン様は講堂を見渡した。

「全て同じです」

「断定できない部分が消され」

「反証となる部分が削られ」

「残された断片だけが強調されている」


ライアン様が一歩前へ出た。


「そして、それらを並べ替えることで」


「一人の悪人像が作り上げられる」


誰も言葉を発しなかった。

先程までフェリクス様へ向けられていた視線が揺らぎ始める。

疑われ始めたのは、もはやフェリクス様ではなかった。


「私は整理しただけです」

オリバーが静かに言った。だが先ほどまでの余裕はない。

「本当にそうでしょうか」

ライアン様が問い返す。

「もし整理が目的なら」

机上の原本を指した。

「なぜフェリクス様に不利な部分だけが残り、有利な部分だけが消えたのでしょう」


オリバーは答えられなかった。


講堂の空気が変わり始めていた。

先ほどまでフェリクス様へ向けられていた疑いが。

ゆっくりと、確実に。

オリバーへ向き始める。


だがライアン様は止まらなかった。

「そして」

その一言に、私は息を呑む。

「もう一つ確認したいことがあります」

ライアン様の視線が移る。

その先にいたのは。


カイル・グラントだった。


一瞬、講堂の空気が張り詰める。

だがカイルは落ち着いていた。

「私ですか」

穏やかな声だった。

「はい」

「フェリクス様と接触したことはありますか」

「あります」

カイルは迷いなく答えた。

「何度かお話をしました」

「どのようなお話を?」

「フィオナ様についてです」

カイルは静かに答える。

「誤解があるように感じたので」

「もっと話し合うべきではないかと思いました」

「では、こちらをご覧ください」

ライアン様は別の書類を取り出した。

そこには、以前ライアン様が調査していた『噂の標的となった八名』の名前が記されていた。


フェリクス・ルートナー。

レティシア・ヴァンデル。

マーカス・ヒルド。

エドガー・フェイン。

その他数名。


全員、フィオナ様に否定的だった生徒達だ。


「共通点は何でしょう」

ライアン様が尋ねる。

「全員が噂の対象になっています」

「そして全員が、噂が広がる前にカイル様と接触しています」


どよめきが起こる。


「偶然でしょう」

カイルは静かに答えた。

「学園の生徒なのですから話す機会くらいあります」

「確かに」

ライアン様は頷く。

「一度なら偶然でしょう」

紙が一枚置かれる。

「二度でも偶然かもしれません」

更に一枚。

「三度でもそうでしょう」

そして。

「八度続いても」

「偶然でしょうか」


「私は弱い立場の人を守りたかっただけです」

カイルが言った。

「フィオナ様は平民出身です」

「聖女候補として注目されながら、多くの偏見にも晒されていました」

「だから私は助けたかった」

「でしょうね」

ライアン様は頷いた。

否定しなかった。

「ですが」

「貴方は一度でも」

「噂の標的となった者達を守りましたか」


講堂から音が消えた。


「レティシア様を」

「フェリクス様を」

「その他の生徒達を」

「守ろうとしましたか」


カイルは答えない。


「フィオナ様を守ることは間違いではありません」

ライアン様は静かに言った。

「ですが貴方が守ったのはフィオナ様だけです」

「他の生徒が孤立した時」

「他の生徒が噂に晒された時」

「他の生徒が傷付いた時」

「貴方は止めなかった」

「違います」

カイルが初めて強い声を上げた。

「私はそんなつもりでは」

「ええ」

ライアン様は頷く。

「その通りでしょう」

「貴方に悪意はなかった」

「私はそう思います」

「だからこそ危険なのです」

「自分は正しい」

「弱者を守っている」

「そう信じていたから」

「自分が誰かを傷付けていることに気付かなかった」


カイルは言葉を失った。

カイルが自らの正義を疑うような表情を見せたのは初めてだった。


「正義は本来、人を守るためのものです」

「ですが貴方の正義は」


「人を選別した」


完全な沈黙。


主任教師は机上の原本と提出版を見比べた。

長い沈黙の後、ゆっくりと立ち上がる。


「十分だ」

「提出された証言の信頼性には重大な問題がある」

講堂がどよめく。

「本件については再調査を行う」

「現時点でフェリクス・ルートナーへの疑惑を認定することはできない」

「また」

主任教師はオリバーとカイルへ視線を向けた。

「今回提出された資料については、作成経緯も含め学園側で調査する」

「調査結果によっては、相応の処分を検討する」


二人の表情が僅かに変わった。


その瞬間、張り詰めていた空気が大きく揺れた。

フェリクス様は救われた。

少なくとも、今日この場では。


◇◇◇


処分は迅速だった。


カイル・グラントは停学処分。

その直後、家の判断により隣国への留学が決定した。

表向きは留学。だが実質的には学園からの退場だった。


オリバー・グラントは退学。

証言改竄が決定的と判断されたためである。


こうして前回の未来で私を断罪した二人は学園から姿を消した。

だが、それで終わりではなかった。

私は窓の外へ視線を向ける。

前回の未来で私を断罪した者は、まだ残っている。

アレクシス殿下。

フィオナ様。

そして――

セドリック・ハワード。


あの時、私へ向けられたセドリックの眼差しだけは違った。

少しも揺らいでいなかった。

まるで、まだ何も終わっていないと言わんばかりに。

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