↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

共犯者

未来が本物かどうか。その答えは、一か月も待たずに示された。

最初に起きたのは春迎え祭の夜の火災だった。

王都南区にある一軒の雑貨店から上がった火の手は、春の強風に煽られて周囲へ燃え広がり、多くの人々を恐怖に陥れた。幸い死者は出なかった。

だが、その報せを受け取った瞬間、私の指先からは血の気が引いていた。

記憶と同じだった。出火場所も、被害の規模も、何一つ違わなかった。


続いて建国記念式典。

王城前広場で行われた騎馬演武の最中、王城騎士団副団長アルフォンスが落馬し、右腕を骨折した。

演武のために集まっていた大勢の観客の悲鳴が広場に響き渡ったという。

その事故は王都中の話題となり、数日間にわたって新聞でも取り上げられた。

これもまた、私の記憶通りだった。


そして社交シーズン最初の夜会。東方伯クレイグ家の嫡男と伯爵令嬢の婚約が破棄された。

理由は令嬢の不貞。

夜会の席で真実が露見したことで会場は騒然となり、その話題は瞬く間に王都中へ広がった。

貴族達の噂好きも手伝い、しばらくは社交界の話題を独占したほどだった。

これもまた、私が知る未来と寸分違わなかった。


認めるしかなかった。

あの卒業式も、断罪も、牢で迎えた結末も、全てはこれから現実に辿り着く未来だったのだ。


その頃には、食事の味を思い出せなくなっていた。無理に食べようとしても喉を通らない。

夜になれば何度も目が覚める。目を閉じれば思い出すのだ。

湿った石壁を。淀んだ空気を。牢に染み付いた臭いを。

夢ではないと証明されたことで、むしろ恐怖は強くなっていた。

あの地獄が本当に待っているのだと理解してしまったから。


◇◇◇


三つ目の報告が届いた夜。ローゼンベルク侯爵家の執務室に家族が集まった。

重苦しい沈黙が部屋を満たしている。

誰もすぐには口を開かなかった。

やがて、お父様が静かに口を開く。

「三件とも一致した」

低い声だった。

「ここまで来れば偶然では説明できん」

机上の報告書へ視線を落とす。

「アメリア」

「はい」

「お前の見た未来は本物だ」

確かに私が求めていた答えのはずだった。それなのに胸は少しも軽くならない。

「ならば」

お父様はゆっくりと立ち上がった。

「ここからは未来を変えるための話だ」


机の上へ一枚の紙が広げられる。そこへ記されたのは五つの名前だった。

アレクシス・ルーベルト殿下

フィオナ・セインツ

カイル・グラント

オリバー・ウェスト

セドリック・ハワード

卒業式の日、私を断罪した者達。

名前を見るだけで胸の奥が冷えていく。

「現時点では誰も罪を犯していない」

お父様が言う。

「だから今すぐ裁くことはできん」

当然だった。三年後の罪を理由に断罪することなど不可能だ。

「しかし放置すれば、お前は再び同じ未来へ向かう」

「はい」

「それは避けねばならん」

お兄様が腕を組む。

「まず必要なのは情報だな」

その声には怒りが滲んでいた。

「フィオナは最優先で調べる」

お父様が言う。

「聖女として現れる前の経歴。交友関係。資金の流れ。洗えるものは全て洗う」

「セドリックの方はこちらで確認します」

お兄様が続ける。

「騎士関係なら調べられるはずです」

お父様は頷いた。

「オリバーとカイルもこちらで追おう」

計画は静かに形になり始めていた。

私の言葉を前提に動いてくれる人達がいる。


◇◇◇


「ですが」

お母様が穏やかな声で口を開いた。

「それだけでは足りません」

全員の視線がお母様へ向く。

「学園に入学すれば、アメリアは彼らと同じ場所で生活することになります」

柔らかい口調だったけれど、その言葉は的確だった。

「学園の外から監視するだけでは不十分です」

「つまり?」

お父様が尋ねる。

「学園の内部で動ける方が必要です」

部屋が静まり返る。侯爵家の力をもってしても学園の全てを把握することはできない。

「口が堅く」

お母様が続ける。

「アメリアを裏切らず」

「信用できる方」

その瞬間。私の脳裏に浮かぶ顔があった。

どうやら皆、同じ人物を思い浮かべたらしい。

お兄様が小さく笑う。

「確かにな」

「一人いる」

お父様も頷いた。

「ライアンだな」

胸が小さく跳ねた。

ライアン・エヴァンス。エヴァンス公爵家の嫡男。

幼い頃からの付き合いであり、将来を嘱望される秀才だった。

第二王子アレクシス殿下から側近入りを打診されたが断ったと聞く。

当時の私は深く考えなかったけれど今なら分かる。

少なくともライアン様は、最初からアレクシス殿下の側には立たなかった。

ただ、その選択によって彼は殿下の派閥から距離を置くことになった。


◇◇◇


翌日、ライアン様は侯爵家へ招かれた。

応接室へ入ってきた彼の姿を見た瞬間、私は思わず息を呑む。アレクシス殿下との婚約が決まってから、ライアン様と会う機会は徐々に減っていった。

彼が意図して距離を置いたのか、それとも私がそうさせてしまったのか。

今となっては分からない。だからこそ、その姿はひどく懐かしかった。

ライアン様は私を見るなり、一瞬だけ動きを止めた。

それは本当に僅かな変化だった。

けれど私は気付いた。彼が以前の私と比べるように見ていることに。

「どうかなさいましたか」

思わず尋ねると、ライアン様は少しだけ眉を寄せた。

「いや」

短く答えてから続ける。

「痩せたな」

言葉に詰まった。

「そうでしょうか」

「ああ」

ライアン様は静かに言った。

「以前よりずっと」

胸の奥が小さく痛んだ。自分では取り繕えているつもりだった。

食事も、睡眠も、平気なふりも。

それなのに思っていた以上に、私は変わってしまっていたらしい。


「急な呼び出しで申し訳ない」

お父様が言う。

ライアン様は静かに一礼した。

「お気になさらず」

穏やかな声だった。


お父様は全てを話した。

三年後の卒業式、婚約破棄、冤罪、一般牢。

そして、この一か月で起きた三つの出来事。

その全てを聞き終えた後も、しばらく沈黙が続いた。

やがてライアン様が顔を上げる。

「正直に申し上げます」

静かな声だった。

「信じ難い話です」

私は僅かに視線を伏せる。

「ですが」

ライアン様は私を見て続けた。

「アメリアが嘘を吐くとは思えません」

私は息を呑む。

「未来の話を理解できたわけではありません」

一度言葉を切る。

「ですが私は、アメリアを信じています」

胸の奥が熱くなった。


その日、ライアン様は正式に作戦へ加わった。

侯爵家の執務室では夜遅くまで議論が続く。

フィオナ様の調査。アレクシス殿下の動向。各側近達の行動。

学園内部の情報収集。役割も自然と決まっていった。

お父様は貴族社会。

お兄様は騎士関係。

ライアン様は学園内部。

そして私は未来の記憶を共有する役目を担う。

「目標は一つだ」

お父様が静かに告げる。

「三年後の断罪を阻止すること」

誰も異論を唱えなかった。

「そのために必要ならば、相手が王族であろうと容赦はせん」

部屋の空気が張り詰める。


◇◇◇


そして、数日後。

王立学園入学式当日に私は正門の前で足を止めた。

白亜の校舎が春の陽光を浴びている。

三年前の私は希望に胸を膨らませ、この門をくぐった。

何も疑わずに、何も知らずに。だが今は違う。私は未来を知っている。

待ち受ける裏切りも、断罪も、その全てを知った上で、再びここへ戻ってきた。

「大丈夫か」

隣からライアン様の声がする。

私は顔を上げた。

「ええ」

静かに答える。

そして学園へ視線を向けた。


私は負けない。


強くそう誓いながら、王立学園の門をくぐった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。