↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
43/46

4月15日 選択肢「凜ちゃんとデートの約束をする」

 白い城の広間には、まだ私たちの声が残っているようだった。


 凜ちゃんとダイナマイトペンギンの口喧嘩。

 私の笑い声。


 乾いた壁に反響して、少しずつ遠ざかっていく。


 カエルのお姫様は戻らない。

 池も枯れたままだ。


 それでも、この場所へ来たときより、少しだけ空気が軽くなった気がした。


「凜ちゃん。もう少し聞いてもいい?」


「先ほど、これからは何度でも聞くとおっしゃっていましたからね」


「覚えてたんだ」


「先輩ほど忘れっぽくありません」


 凜ちゃんは崩れた玉座の前に立ち、曲がった王冠が置かれていた場所を見ていた。


「この世界って、結局何なのかな。漫画の中なのか、凜ちゃんが作ったのか」


 凜ちゃんの表情が、わずかに固くなる。


「それは、まだ私にも分かりません。今の高校二年生として過ごした記憶も、その先で大学を卒業して漫画家になった記憶もあります。どちらも、自分で生きた記憶のように感じるんです」


「二つとも本物みたいなんだ」


「はい。だから、どこまでが本当に私の経験で、どこからがこの世界に与えられたものなのかも、まだ整理できていません」


 美羽や静香ちゃん、すず先生にも、凜ちゃんの知らない記憶があるのだという。


「じゃあ、これから一緒に考えようか」


「そのつもりです」


 凜ちゃんがこちらを向く。


「ですから先輩。明後日、私と出かけてください」


「明後日?」


「土曜日です。朝から予定を空けておいてください」


 そうだった。

 今日は木曜日だった。


「どこへ行くの?」


「それは秘密です。行けば、今の話の続きもします」


「また秘密なんだ」


「今度はちゃんと話すための秘密です」


 少し緊張した顔をしていた。


 でも、以前みたいに何かをごまかそうとしている感じではない。


「それって、デート?」


 凜ちゃんの顔が赤くなる。


「……そういうつもりです」


「じゃあ行く」


「少しくらい考えてください」


「凜ちゃんとのデートなら楽しそうだから」


「……そうですか」


 顔をそらしたけれど、嬉しいのはよく分かった。


「服はどうしようかな。凜ちゃんはどんなのが好き?」


「先輩が自分で選んでください。私に聞いたら意味がありません」


「俺が選んでやる」


 横からダイナマイトペンギンが口を挟んだ。


「黒いコートに黒い帽子。仕上げに腹へダイナマイトだ」


「お前は明後日、絶対に来るな」


「まだ何も言ってねえだろ」


「来ようとしている顔です」


「ペンギンの顔をそこまで読めるとは、さすが生みの親だな」


「先輩、帰りましょう」


「そうしようか」


「おい」


 置いていくと、結局ダイナマイトペンギンも後ろからついてきた。


     *


 城を出て、枯れた池と墓の並ぶ道を通る。


 長い階段を上っている間も、私は何度か行き先を当てようとしたけれど、凜ちゃんは教えてくれなかった。


「動物園も水族館も違うなら、遊園地?」


「もう答えません。楽しみにしていてください」


「気になるなあ」


「そのために秘密にしているんです」


 本屋へ戻ると、店内にはまだ何人か客がいた。


 私たちが地下から戻ってきたことを気にする人はいない。


 そのまま店を出る。


 外はもう暗くなり始めていた。


「静香先輩」


 凜ちゃんが足を止めた。


 本屋の入口の横に、来たときと同じように静香ちゃんが立っていた。


「静香ちゃん、ずっと待ってたの?」


「ええ。すず先生が来ないようにしていたの」


「先生は?」


「帰ってもらったわ」


「素直に?」


「話せば分かる人よ」


 静香ちゃんは穏やかに答えた。


 何を話したのかは、聞かないほうがよさそうだった。


 それから静香ちゃんは、凜ちゃんを見る。


 しばらく何も言わなかった。


 凜ちゃんも黙って、その視線を受け止めている。


 やがて静香ちゃんが歩み寄った。


 そして、何の前触れもなく凜ちゃんを抱きしめた。


「静香先輩?」


「よかったわ」


 静香ちゃんは、それだけ言った。


 凜ちゃんが目を見開く。


「私、まだ何も言っていません」


「顔を見れば分かるわよ」


 静香ちゃんは凜ちゃんの背中へ回していた腕を離した。


「それで、私たちの協力関係はこれで解消、ということでいいのかしら」


 凜ちゃんは少しだけ黙った。


 それから、うなずく。


「はい」


「そう」


「カエルのお姫様は生き返らせません。この世界も作り直さない。ループを終わらせます」


 静香ちゃんは静かに聞いていた。


「先輩の言葉がきっかけにはなりました。でも、最後に決めたのは私です」


「それが聞ければ十分よ」


「……本当に、それだけですか」


「ほかに何を言えばいいの?」


「静香先輩は、この世界を守るために私に協力してくれていたでしょう」


「少し違うわね」


 静香ちゃんは凜ちゃんをまっすぐ見る。


「私は、この世界そのものを守りたかったわけじゃない」


「では、どうして」


「あなたが自分で答えを決めるまで、誰にも勝手に壊させたくなかっただけよ」


 凜ちゃんが黙る。


「前にも言ったでしょう。あなたの望みが決まったら、私に言いなさいって」


「……はい」


「あなたがここに残ると決めたなら、私はその結末を守った」


 静香ちゃんの声は変わらない。


「終わらせると決めたのなら、今度はそちらを守る。それだけよ」


「静香先輩」


「だから、私に許可を求める必要はないわ」


 静香ちゃんは、今度は凜ちゃんの頭へ軽く手を置いた。


「自分で決めたのでしょう?」


「はい」


「なら、胸を張りなさい」


 凜ちゃんが俯きかける。


 でも、途中で止まった。


 顔を上げる。


「はい」


 さっきより、少しだけ大きな声だった。


 静香ちゃんは満足そうに笑って、手を離した。


「まだ、やることが残っているのでしょう?」


「はい」


「必要なら手は貸すわ。でも、最後は自分でやりたいのでしょうね」


 凜ちゃんは一瞬だけ驚いた。


 それから、小さく笑う。


「……はい」


「そうでしょうね」


 最初から分かっていたような答えだった。


「静香ちゃん、格好いいねえ」


「急に何?」


「凜ちゃん、まだ何も言ってなかったのに分かってたし」


「長い付き合いだもの」


「すず先生をどうやって帰したかも教えて」


「それは、ひよりが知らなくていいことね」


「やっぱり怖いねえ」


「ひより」


「はい」


「余計なことを言わないの」


「はあい」


 凜ちゃんが小さく笑った。


 静香ちゃんは今度は私を見る。


「ひよりも、それでいいのね」


「うん」


「後悔するかもしれないわよ」


「するかも」


「それでも?」


「それでもいいよ」


 静香ちゃんは私の顔を見て、それ以上は何も聞かなかった。


 来たときもそうだった。


 本当にいいのかと、一度だけ聞いた。


 答えを変えさせようとはしない。


 自分で決めたのかだけを確かめる。


「では、帰りましょうか」


「静香ちゃんも一緒?」


「もちろんよ」


 歩き始めようとしたところで、静香ちゃんが凜ちゃんを見る。


「ところで、明後日はどこへ行くの?」


 凜ちゃんが固まった。


「どうして知っているんですか」


「今のあなたを見れば、何か楽しみにしていることがあるくらい分かるわ」


「デートだよ」


「先輩!」


「そう」


 静香ちゃんは少しだけ笑った。


「よかったわね、凜」


「……はい」


 凜ちゃんは恥ずかしそうに、それでも素直にうなずいた。


 私たちは三人で歩き出した。


 ダイナマイトペンギンも、少し後ろからついてくる。


「凜ちゃん。明後日、何時?」


「九時に寮を出ます」


「八時半に起こして」


「自分で起きてください」


「同じ部屋なのに」


「デートの日くらい、自分で起きてください」


「じゃあ頑張る」


「起きるだけです」


 静香ちゃんが横で小さく笑った。


 凜ちゃんも、少し遅れて笑う。


 明後日、凜ちゃんとデートをする。


 行き先はまだ知らない。


 この世界のことも、凜ちゃんが覚えている未来のことも、分からないことはたくさん残っている。


 でも、さっきまで凜ちゃんは、今日がずっと続けばいいと言っていた。


 その凜ちゃんが今は、明後日の予定を決めている。


「楽しみだね、凜ちゃん」


「……はい」


 凜ちゃんは少し恥ずかしそうに、それでも笑って答えた。


「私も、楽しみです」


 明後日の約束がある。


 それだけで、今日はもう十分だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。