4月15日 選択肢「凜ちゃんに本当の想いを伝える」
階段の奥から、足音が聞こえた。
私は膝の上の漫画から顔を上げる。
「凜ちゃん」
先に姿を見せたのは凜ちゃんだった。
その少し後ろを、ダイナマイトペンギンが歩いてくる。
二人とも無事だった。
「終わったの?」
「……はい」
凜ちゃんは私の前まで来ると、足を止めた。
何か言おうとしているのに、なかなか口を開かない。
「どうしたの?」
「先輩」
「うん」
「私、本当は」
凜ちゃんは一度、目を伏せた。
「カエルのお姫様を生き返らせたかったです」
「うん」
「世界を作り直して、先生も、美羽先輩も、静香先輩も、誰も来られないところで」
声が小さくなる。
「先輩と二人で暮らしたかったです」
「カエルのお姫様たちもいるんでしょ?」
「……はい」
「二人じゃないね」
「そういうところです」
凜ちゃんが少しだけ困ったような顔をした。
でも、すぐにまた俯いてしまう。
「ずっと同じ毎日でいいんです」
「うん」
「朝起きたら先輩がいて。一緒にご飯を食べて。くだらない話をして」
「うん」
「夜になったら、また明日って言って」
凜ちゃんの声が震えた。
「次の日も、その次の日も、ずっと先輩がいる」
「うん」
「私は、それだけでいいんです」
凜ちゃんは顔を上げた。
目にはもう涙がたまっていた。
「ここで、一緒に暮らしてくれませんか」
私は凜ちゃんを見る。
凜ちゃんも、私を見ていた。
逃げるように目をそらすこともなかった。
しばらくして、凜ちゃんの方から小さく笑った。
「……でも」
「うん?」
「先輩は、嫌ですよね」
私はうなずいた。
「うん」
凜ちゃんの顔が歪んだ。
「そう、ですよね」
「凜ちゃんのことは大好きだよ」
「……はい」
「一緒にいたいとも思う」
「だったら」
「でも、一生同じことを繰り返すのは駄目だよ」
凜ちゃんが黙る。
「ずっと同じ今日を繰り返して、嫌なことが起きそうになったら全部なかったことにする」
私は膝の上に置いた『ダイナマイトペンギン』を見る。
「それじゃ、たぶん駄目なんだと思う」
「どうしてですか」
「人は前に進まなきゃいけないから」
自分で言ってから、少し大げさだったかなと思った。
でも、凜ちゃんは笑わなかった。
「それが、どんなに辛い現実でも?」
「うん」
「先輩を失うかもしれなくても?」
私は少し黙った。
「うん」
「どうして」
凜ちゃんの目から涙が落ちた。
「どうしてそんな簡単に言えるんですか」
「簡単じゃないよ」
「同じです!」
凜ちゃんの声が地下に響いた。
「先輩は何も覚えていないじゃないですか!」
涙が次々と落ちていく。
「この先のことも覚えていない。何が起きたのかも、自分がどうなったのかも知らない!」
「うん」
「なのに、どうしてそんなことが言えるんですか!」
凜ちゃんは泣きながら私を見る。
「ループが終わった先に、先輩がいる保証なんてないんですよ!」
「……うん」
「私が幸せになれる保証もない!」
「うん」
「全部なくなるかもしれないのに!」
凜ちゃんの声が途切れた。
「なのに、どうして……」
私は立ち上がった。
凜ちゃんの前まで行く。
「大丈夫だよ」
「だから!」
「凜ちゃんには、きっと幸せな未来が待ってるよ」
「なんでですか!」
凜ちゃんが私の胸を叩いた。
強くはなかった。
「未来の記憶もないのに!」
「うん」
「何も知らないのに!」
「うん」
「自分がどうなったかも知らないくせに!」
「……うん」
それは、その通りだった。
私は何も知らない。
凜ちゃんが知っていることを、私は知らない。
この先に何があるのかも。
私がそこにいるのかさえも。
「ごめん」
私は凜ちゃんを抱きしめた。
「……何で謝るんですか」
「分からないことを、大丈夫って言ってるから」
「だったら言わないでください」
「でも、大丈夫だよ」
「だから、なんで……!」
凜ちゃんが私の服を掴んだ。
私はその頭を抱く。
「私がどうなってるかは、確かに分からない」
「……はい」
「凜ちゃんがどうなるかも分からない」
「はい」
「明日、嫌なことがあるかもしれない」
「……はい」
「今日より辛くなることだって、あるかもしれない」
腕の中で、凜ちゃんが泣いている。
「でもね」
私は凜ちゃんの髪を撫でた。
「大丈夫」
「……何がですか」
「今日より明日は、きっとよくなるから」
凜ちゃんの身体が震えた。
「そんな保証、ないです」
「ないね」
「だったら」
「でも、私はそう思うよ」
凜ちゃんは何も言わなかった。
「駄目だったら、その次の日に少しよくなればいいし」
「……」
「それでも駄目だったら、またその次」
「……先輩」
「ずっと同じ今日じゃなくても、大丈夫だよ」
凜ちゃんが、私の服を強く握った。
「嫌です」
「うん」
「怖いです」
「うん」
「終わりたくないです」
「うん」
「先輩と離れたくないです」
「うん」
「ずっと一緒にいたいです」
「私も凜ちゃんが大好きだよ」
「それじゃ足りません」
「そっか」
「足りないです……」
「うん」
私は凜ちゃんを抱きしめたまま、何度もうなずいた。
凜ちゃんは、しばらく泣き続けた。
声を押し殺すこともなく。
私の服を掴んだまま。
ずっと。
少し離れたところに、ダイナマイトペンギンが立っていた。
何も言わない。
いつもの葉巻をくわえ、私たちを見ている。
その顔はよく分からなかったけれど。
どこか、安心しているように見えた。




