4月15日 選択肢「本屋の入り口には静香ちゃんがいた」
本屋に着いたころには、外はすっかり暗くなっていた。
凜ちゃんと並んで入り口へ向かう。
その前に、人が立っていた。
「静香ちゃん?」
静香ちゃんだった。
私たちを見ると、少しだけ表情を緩める。
「二人とも無事だったのね。よかったわ」
「静香先輩」
凜ちゃんの声が少し固くなる。
「止めに来たんですか」
「いいえ」
静香ちゃんは首を振った。
それから私を見る。
「ひより」
「なに?」
「本当にいいの?」
何が、とは聞かなかった。
静香ちゃんも、凜ちゃんがこれから何をしようとしているのか知っているのだと思う。
私はうなずいた。
「うん」
静香ちゃんはしばらく私の顔を見ていた。
「そう」
そして、入り口の前から一歩横へ退く。
「なら、私は何も言わないわ」
「静香ちゃん」
「行ってらっしゃい」
「うん」
私は静香ちゃんの横を通る。
凜ちゃんも何も言わずに続いた。
振り返ると、静香ちゃんはまだそこに立っていた。
でも、追いかけてはこなかった。
◇
本屋の地下へ降りる。
さらに奥へ進んで、あの世界へ続く入り口まで来たところで、凜ちゃんが足を止めた。
「先輩」
「うん?」
「少しだけ、ここで待っていてもらえますか」
「いいけど。どうしたの?」
「地下で、やっておきたいことがあります」
「私も行く?」
「いえ」
凜ちゃんは首を振った。
「先輩には、ここで待っていてほしいです」
「分かった」
「絶対に、ここから動かないでくださいね」
「分かったよ」
「本当ですか?」
「本当だって」
凜ちゃんはまだ少し心配そうに私を見ていた。
「すぐに戻ります」
「うん」
凜ちゃんは地下の奥へ歩いていった。
やがて、その姿が見えなくなる。
一人になった。
私は入り口の近くに座って、凜ちゃんが戻ってくるのを待つ。
地下は静かだった。
凜ちゃんは何をしているんだろう。
聞いても教えてくれなかったし、すぐに戻ると言っていたから待っていればいいのだと思う。
しばらくすると、
「よう」
聞き覚えのある声がした。
「え?」
振り返る。
小さな黒いペンギンが、こちらへ歩いてきていた。
お腹には赤いダイナマイト。
「ダイナマイトペンギン?」
「おう」
「なんでいるの?」
「なんでって何だ」
「静香ちゃんが入り口にいたよ。通してくれたの?」
「あたりめえだ」
ダイナマイトペンギンは当然のように答えた。
「俺は凜の味方だからな」
「……そっか」
そう言われると少し不思議だった。
朝、凜ちゃんはあれだけダイナマイトペンギンに怒っていた。
「ひより」
「なに?」
「俺が凜を助ける」
「助ける?」
「ああ」
「凜ちゃんを?」
「そうだ」
ダイナマイトペンギンは、凜ちゃんが消えていった方を見る。
「あいつは、お前を失いたくねえ。だから、お前が絶対にいなくならねえ世界を作ろうとしてる」
「うん」
「自分もそこに閉じこもってな」
私は少し黙った。
「それじゃ駄目なの?」
「駄目かどうかを俺が決める気はねえよ」
「じゃあ、どうして助けるの?」
ダイナマイトペンギンはこちらを向いた。
「凜は、お前の気持ちを無視したいわけじゃねえからだ」
「私の?」
「ああ」
少し間を置いてから、ダイナマイトペンギンが続ける。
「さっき、美羽に閉じ込められた話を聞いたんだろ」
「うん。全然覚えてないけど」
「あの時、お前は凜に助けてくれって言った」
「そうみたいだね」
「凜も、お前を助けたかった」
「うん」
「でも、あいつには助けるすべがなかった」
私はダイナマイトペンギンを見る。
「なかったの?」
「ああ」
ダイナマイトペンギンは短く答えた。
「だから俺が現れたんだ」
「え?」
「お前を助けるためにな」
私は瞬きをした。
「ダイナマイトペンギンが?」
「ああ」
「凜ちゃんが助けられなかったから?」
「そうだ」
ダイナマイトペンギンは胸を張った。
「お前に助けてくれって言われて、それでも何もできねえ。凜は、それで平気でいられるようなやつじゃねえよ」
私は、凜ちゃんが消えていった方を見る。
「じゃあ、今も?」
「今は、あいつ自身が追い詰められてる」
「……そっか」
「お前を失いたくねえ。でも、お前の気持ちを踏みにじりたいわけでもねえ」
ダイナマイトペンギンは言った。
「どっちも本当だから、どうしようもなくなってんだ」
それなら。
さっき美羽に聞かれたことに、凜ちゃんが答えなかったのも少しだけ分かる気がした。
「だから俺が助ける」
「大丈夫なの?」
「ああ」
迷いのない返事だった。
「だけど、お前にもやってほしいことがある」
「私に?」
「ああ」
「なに?」
ダイナマイトペンギンは、自分の腹巻に手を入れた。
「あ」
一冊の漫画が出てくる。
「それ、持ってきたんだ」
「当然だ」
二冊目。
三冊目。
前にしまっているところを見た、あの漫画だった。
ダイナマイトペンギンは次々と取り出していく。
やがて、私の前に二十七冊の漫画が積み上がった。
「全部持ってきたんだね」
「ああ」
一番上の表紙には、大きくタイトルが書かれている。
『ダイナマイトペンギン』
「これ、どうするの?」
ダイナマイトペンギンは一巻を手に取った。
「読んでくれ」
「今?」
「今だ」
「二十七巻全部?」
「全部だ」
「凜ちゃん、すぐ戻ってくるって言ってたよ」
「なら急げ」
「結構無茶言うね」
差し出された一巻を受け取る。
「でも、どうして?」
ダイナマイトペンギンは少し黙った。
「これを書いたのは凜だ」
「うん」
「だけど、お前も関わってる」
「私も?」
「ああ」
「描いた覚えはないけど」
「描いたとは言ってねえ」
ダイナマイトペンギンが言う。
「凜がこれを書くのを、お前が後押しした」
「私が?」
「ああ」
私は手に持った漫画を見る。
もちろん覚えていない。
「凜は、自分からそんなこと言わねえだろうけどな」
「何を?」
「これを書いてた自分のことだ」
ダイナマイトペンギンは床に積まれた漫画を見る。
「カエルのお姫様は大事にするくせに、俺のことは自分じゃねえって言いやがる」
「凜ちゃん、ダイナマイトペンギンのこと嫌いだもんね」
「知ってる」
あっさりした返事だった。
「それでも、俺を書いたのは凜だ」
ダイナマイトペンギンは私を見る。
「お前には、その凜も知っていてほしい」
「この漫画を書いた凜ちゃん?」
「ああ」
「どうして?」
「凜を助けるなら、必要だからだ」
ダイナマイトペンギンは、それ以上は説明しなかった。
私は一巻を見下ろす。
二十七冊もある。
凜ちゃんが描いたもの。
そして、覚えてはいないけれど、私もその背中を押したらしい。
「分かった」
私はその場に座った。
「読んでみる」
「頼んだぞ」
一巻を開く。
最初のページには、小さな黒いペンギンが立っていた。




