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4月15日 選択肢「凜ちゃんの要求を受け入れて二人だけの世界を作ることにする」

 放課後。


 美羽と教室で話していると、後ろの扉が開いた。


「先輩」


 振り返ると、凜ちゃんが立っていた。


「凜ちゃん。用事は終わったの?」


「はい」


 凜ちゃんは教室へ入ると、まっすぐ私のところまで来た。


 朝より少し顔色が悪い。


 でも、迷っているようには見えなかった。


「先輩。部屋に戻って、準備をしてください」


「準備?」


「本屋へ行きます」


「今日?」


「はい」


「今から?」


「はい」


 返事が早い。


「何を持っていけばいいの?」


「何日か帰れなくても困らないものをお願いします」


「何日?」


「どのくらいになるかは分かりません」


「そんなに?」


「はい」


 私は凜ちゃんの顔を見る。


「どうして?」


 凜ちゃんは少し黙った。


「すず先生に会いました」


「先生に?」


「はい」


「何か言われたの?」


「私がこの世界を壊さないなら、次は何をするか分からないと」


 凜ちゃんの手が、鞄の持ち手を強く握った。


「先輩を傷つけるかもしれない、と言われました」


「私を?」


「はい」


「そっか」


「そっか、ではありません」


 凜ちゃんの声が強くなった。


「カエルのお姫様は本当に殺されました。先生は、脅すだけでは終わりません」


「うん」


「だから、もう待てません」


「何をするの?」


 凜ちゃんは私を見た。


「カエルのお姫様を生き返らせます」


「できるの?」


「やります」


「それから?」


「世界を作り直します」


「世界を?」


「はい」


 急に話が大きくなった。


「どんな世界?」


「すず先生がいない世界です」


「うん」


「美羽先輩も、静香先輩も、綾乃さんもいません」


「みんな、いないの?」


「はい」


「じゃあ、誰がいるの?」


 凜ちゃんは少しだけ黙った。


「私と先輩と、カエルのお姫様たちです」


「それだけ?」


「それだけです」


「そこで暮らすの?」


「はい」


「どのくらい?」


「ずっとです」


 凜ちゃんは、はっきりと言った。


「学校にも戻らない?」


「戻りません」


「美羽たちにも会わない?」


「会いません」


 隣で美羽が黙って聞いている。


 私はもう一度、凜ちゃんを見る。


「私が帰りたくなったら?」


 凜ちゃんの表情が揺れた。


「……帰ってほしくありません」


「出られないようにするの?」


「はい」


 今度は、少し時間がかかった。


「先輩には、そこにいてほしいです」


「ずっと?」


「ずっとです」


「そっか」


 私はようやく、凜ちゃんが何をしようとしているのか分かってきた。


「私を閉じ込めるんだ」


「……そう言われても、否定できません」


 凜ちゃんは目を伏せた。


「怒っていますか」


「まだ分かんない」


「分からない?」


「急にいっぱい聞いたから」


「そうですか」


「凜ちゃんは、どうしてそこまでしたいの?」


 凜ちゃんはしばらく答えなかった。


 それから、小さく息を吸う。


「先輩を失いたくないからです」


「うん」


「すず先生に傷つけられるのも嫌です。先輩が苦しむのも嫌です」


「うん」


「それに……」


 凜ちゃんは一度、言葉を止めた。


「先輩が全部思い出して、私のところからいなくなるのも嫌です」


「私、どこかに行くの?」


「……今は、知らなくていいです」


「そっか」


「すみません」


「いいよ」


 凜ちゃんは困ったような顔をした。


「先輩がどうしたいかを考えなければいけないことは、分かっています」


「うん」


「でも、先輩の気持ちを全部聞いたら、私は欲しいものを失うかもしれません」


 凜ちゃんが私を見る。


「私は、もう先輩を失いたくありません」


 その声は震えていた。


「だから、間違っていても、先輩が絶対にいなくならない場所を作りたいんです」


「間違ってると思ってるの?」


「思っています」


「それでもやるの?」


「はい」


 凜ちゃんは目をそらさなかった。


「先輩に、一緒に来てほしいです」


 私は少し考えた。


 学校には帰れない。


 美羽にも、静香ちゃんにも、綾乃ちゃんにも会えなくなる。


 凜ちゃんが作る世界から、私は出られない。


 それは、たぶん嫌なことなのだと思う。


 怖くもある。


 でも。


 凜ちゃんが、間違っていると分かっていて、それでも私に頼んでいる。


 その顔を見ていると、嫌だから行かないとは言えなかった。


「凜ちゃんは、それがしたいんだよね」


「はい」


「本当に?」


「はい」


「私に嫌われても?」


 凜ちゃんは少しだけ黙った。


「……それでも、先輩を失うよりはいいです」


「そっか」


 そこまで言われると、もう駄目だった。


「じゃあ、行こうか」


 凜ちゃんの目が大きくなる。


「……いいんですか?」


「うん」


「先輩。私は、先輩を帰さないと言っているんですよ」


「聞いてたよ」


「美羽先輩たちにも会えません」


「うん」


「嫌ではないんですか」


「嫌なことはあると思う」


「だったら――」


「でもね」


 私は凜ちゃんの言葉を止めた。


「凜ちゃんがそこまで思ってることを、私が簡単に駄目って言うのも嫌なんだ」


「先輩」


「たとえ、この先でどんな目に遭ったとしても」


 私は凜ちゃんへ笑った。


「凜ちゃんがこんなに必死に伝えてくれた気持ちを、私が裏切るほうが嫌かな」


 凜ちゃんはしばらく黙っていた。


 それから深く頭を下げる。


「……ありがとうございます」


「ひよりらしいね」


 横から、美羽の声がした。


「そう?」


「そうだよ」


 美羽は頬杖をついたまま、呆れたようにこちらを見ている。


「自分が嫌かどうかより、相手がどれだけ本気かを先に考える」


「そんなことないよ」


「今がそうじゃん」


「そうかなあ」


「凜に一生閉じ込めるって言われて、怖いけど行くって答えてるんだよ?」


「一生とは言っていません」


 凜ちゃんが口を挟む。


「ずっとって言ったじゃん」


「言いましたけど」


「同じでしょ」


「少し違います」


「どこが?」


 凜ちゃんは答えなかった。


 美羽が少し笑う。


「まあ、ひよりらしいからいいけど」


「いいんだ」


「私はね」


 美羽は椅子から立ち上がった。


 それから凜ちゃんを見る。


「凜。大丈夫?」


 凜ちゃんの眉が寄る。


「どうして、あなたが私の心配をするんですか」


「ああ」


 美羽は小さくうなずいた。


「まあ、そうなるよね」


「何がですか」


「私、すず先生と一緒に動いてたから」


 凜ちゃんの顔が固くなる。


「仲間ではないんですか」


「もう違う」


「都合がいいですね」


「そう思うのは分かるよ」


 美羽は特に腹を立てなかった。


「私が知りたかったのは、ダイナマイトペンギンのことだけ」


「それで先生に協力したんでしょう」


「うん」


「なら、同じです」


「そこは悪かった」


 美羽は凜ちゃんを見る。


「ごめん」


 凜ちゃんが少し目を見開いた。


「……謝るんですね」


「私だって謝るよ」


「意外です」


「凜、さっきから失礼じゃない?」


「事実を言っているだけです」


「かわいくないなあ」


 美羽はそう言ってから、少し真顔になった。


「でも、私は凜の世界を壊したかったわけじゃない」


「信用できません」


「今すぐ信用しなくていいよ」


「では、どうしてそんなことを言うんですか」


「すず先生とは、もう組まないって伝えとこうと思って」


「なぜですか」


「毒を使ったから」


 美羽の声が少し低くなる。


「ああいうやり方は嫌い」


「それだけですか」


「十分でしょ」


 凜ちゃんは、美羽をじっと見た。


「……分かりました」


「意外と素直」


「信用したとは言っていません」


「はいはい」


 美羽は笑った。


「まあ、私も人のこと言えないんだけどね」


「何がですか」


「ひより閉じ込めたことあるし」


「……何の話?」


 私が聞く。


 美羽と凜ちゃんが同時にこちらを見た。


「ひより、覚えてないの?」


「何を?」


「私に閉じ込められたこと」


「……なんだっけ?」


 美羽が凜ちゃんを見る。


「本当に覚えてないみたい」


「でしょうね」


「凜ちゃんは覚えてるの?」


「はい」


「何があったの?」


「いろいろです」


「いろいろ?」


「詳しく話す必要はありません」


 凜ちゃんが美羽を見る。


「ただ、美羽先輩が先輩を監禁したのは事実です」


「その言い方やめない?」


「事実でしょう」


「まあ、そうだけど」


「私、嫌がってた?」


 美羽が少し笑った。


「最後はね」


「へえ」


「へえ、じゃないよ」


「覚えてないもん」


「ひよりは凜に助けを求めたんだよ」


「凜ちゃんに?」


「はい」


「なんて?」


「ここから出たい、と」


「全然覚えてないなあ」


「でしょうね」


 美羽は肩をすくめた。


「でも、私の時は嫌だったんだね」


「何が嫌だったんだろう」


「私が聞きたいよ」


「分かんない」


「ひどいなあ」


「先輩が助けを求めた時点で、美羽先輩が悪いです」


「凜にだけは言われたくない気もするけど」


「どういう意味ですか」


「今はいい」


 美羽はそれ以上続けなかった。


「で、二人とも本当に行くんだよね」


「はい」


「うん」


「分かった」


 美羽は私を見る。


「私は止めない」


「いいの?」


「ひよりが自分で行くって言ったんだからね」


 それから、凜ちゃんへ視線を移す。


「ただ、ときどき様子は見に行かせて」


「必要ありません」


「あるよ」


「私が先輩を見ています」


「凜だけじゃ心配」


「どういう意味ですか」


「ひより、具合悪くても平気って言うじゃん」


「言いますね」


「咳が出ても?」


「大丈夫と言います」


「熱があっても?」


「大丈夫と言います」


「ほら」


 美羽が私を指さした。


「本人がこれだから」


「信用ないねえ」


「ない」


「即答なんだ」


 凜ちゃんは少し考えた。


「……分かりました」


「じゃあ、たまに診に行く」


「邪魔はしないでください」


「しないよ」


 美羽は続けた。


「その代わり、すず先生は私が見張る」


「先生を?」


「うん」


「どうしてそこまで」


「言ったでしょ。もう組まないって」


「……分かりました」


「じゃあ決まり」


「先輩」


「うん?」


「一度、部屋へ戻りましょう」


「はあい」


 凜ちゃんが教室を出ようとする。


 私も鞄を持ち、その後を追った。


「でもさ」


 後ろから、美羽の声がした。


 凜ちゃんの足が止まった。


「凜」


「何ですか」


「さっきの話」


「何のことですか」


「私がひよりを閉じ込めたときのこと」


 凜ちゃんは振り返らなかった。


「あの時、ひよりはあんたに助けを求めたんだよね」


「はい」


「ここから出たいって」


「はい」


「だから、あんたは助けようとした」


「当然です」


「ひよりがそう望んだから?」


「そうです」


 美羽は一度だけうなずいた。


「じゃあさ」


 凜ちゃんの手が、鞄の持ち手を握る。


「今度は、自分がひよりを帰れない場所へ連れていくんだ?」


「先輩は、自分で行くと言いました」


「うん。言ったね」


 美羽は否定しなかった。


「私の時とは違います」


「そこは違うよ」


 凜ちゃんが少しだけ振り返る。


 美羽は笑っていなかった。


「でも、ひよりが相手の気持ちを無視できないことも、凜は知ってるでしょ」


「……」


「さっきも、怖いって言ってた」


 凜ちゃんは黙っている。


「それでも、凜がそこまで望んでるなら一緒に行くって言った」


「先輩が決めたことです」


「そうだよ」


「だったら――」


「だから私は止めない」


 美羽は凜ちゃんの言葉を遮った。


「ひよりが決めたことだから」


 少しだけ間を置く。


「でも、凜はそれでいいの?」


 凜ちゃんは答えなかった。


「凜ちゃん?」


「先輩」


 私の声に重ねるように、凜ちゃんが言った。


「行きましょう」


「でも、美羽が――」


「準備があります」


 凜ちゃんは歩き出した。


 少しだけ、いつもより速かった。


 美羽はもう何も言わない。


 私は一度だけ美羽を振り返ってから、凜ちゃんを追った。


「凜ちゃん、待って」


「急がないと遅くなります」


「分かった」


 隣まで追いついても、凜ちゃんはこちらを見なかった。


 美羽に聞かれたことにも、最後まで答えなかった。


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