↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
33/46

4月15日 凜視点「凜VSすず」

 放課後。


 凜は、三年生の教室へ向かっていた。


 鞄を持つ手には、いつもより強く力が入っている。


 早く計画を進めなければならない。


 カエルのお姫様は、また殺された。


 これまでのループと同じように、すず先生の毒によって。


 次に何をされるか分からない。


 ひよりまで巻き込まれる前に、自分が動かなければならなかった。


「水城さん」


 背後から、低く澄んだ声で呼び止められた。


 凜は足を止める。


 世界史準備室の扉が開き、すず先生が立っていた。


 肩まである黒髪を後ろで一つに束ね、白いシャツの上から細身の紺色のジャケットを着ている。片手には、世界史の資料らしい紙の束を抱えていた。


 学校の中で見れば、普段と何も変わらない教師の姿だった。


「少し時間をもらえるかしら」


「先輩を待たせています」


「長くはかからないわ」


「私には、先生と話すことはありません」


「カエルのお姫様のことでも?」


 凜は、すず先生を睨んだ。


 すず先生は準備室の中へ戻り、机の上へ資料を置いた。


「廊下でする話ではないでしょう。入りなさい」


 教師として生徒へ指示する、落ち着いた声だった。


 凜は迷ったあと、準備室へ入った。


 壁際の棚には、世界地図や古い資料集が並んでいる。黒板には、今日の授業で使ったらしい国名と年号が残っていた。


 すず先生が扉を閉める。


「お姫様を殺したのは、先生ですね」


「ええ」


 すず先生は否定しなかった。


「池の水へ毒を入れたのも?」


「そうよ」


「どうして、あの子たちまで殺したんですか」


「あなたに理解してもらうためよ」


「何をですか」


「このループを終わらせなければ、何度でも同じことをするということを」


 凜の手が震えた。


「そんなことはさせません」


「あなたに止められるかしら」


「止めます」


「今回は、カエルのお姫様だった」


 すず先生は教卓へ腰を預け、腕を組んだ。


「次は何をするか、自分でも分からないわ」


「脅しているんですか」


「警告しているの」


「同じです」


「そうかもしれないわね」


 すず先生は悪びれなかった。


「次は、桜庭さんを傷つけるかもしれない」


 凜は机を強く叩いた。


「先輩に手を出さないでください!」


 机の上に積まれていた資料が崩れた。


 凜は構わず、すず先生へ詰め寄る。


「先輩は関係ありません」


「関係があるわ」


「ありません!」


「あなたが大切にしている」


 すず先生は、凜の怒りを正面から受け止めた。


「それだけで十分よ」


「先輩を傷つけたら、絶対に許しません」


「許してもらう必要はないわ」


「どうしてですか」


 凜の声が震える。


「どうして、そこまで私を攻撃するんですか」


「理由なら、もう話したでしょう」


「話していません」


「このループを壊してほしいと言ったわ」


「それは、先生の目的です」


 凜は一歩も引かなかった。


「私をここまで憎む理由にはなっていません」


 すず先生は黙って凜を見た。


 教師として教壇に立っているときと同じ、感情の読み取りにくい顔だった。


「私が何をしたんですか」


 凜は尋ねた。


「先生から何かを奪いましたか」


「いいえ」


「先生を傷つけましたか」


「いいえ」


「では、なぜですか」


 凜は声を強くした。


「なぜ、何度も私の大切なものを壊すんですか!」


 短い沈黙があった。


 すず先生は、少しだけ首を傾ける。


「ただ、あなたが気に食わないからよ」


 凜は息を止めた。


「……それだけですか」


「ええ」


「そんな理由で、お姫様を殺したんですか」


「そうよ」


「先輩まで傷つけようとしているんですか」


「必要なら」


 凜は、目の前にいる女が教師の姿をしていることを、改めて意識した。


 昼間は教壇に立ち、戦争や国家について説明している。


 生徒が危険な場所へ行こうとすれば同行し、足元へ気をつけるよう注意する。


 その同じ人間が、今は何の迷いもなく、ひよりを傷つけると言っていた。


「最低です」


「そうね」


「先生と呼ぶ価値もありません」


「それでも、今の私はこの学校の教師よ」


 すず先生は冷静だった。


「そしてあなたは、私の生徒」


「それが何ですか」


「少しは教師の忠告を聞きなさい」


「これは忠告ではありません」


 凜はすず先生を睨み返した。


「私は、この世界を壊しません」


「桜庭さんが傷ついても?」


「先輩は私が守ります」


「カエルのお姫様も守れなかったのに?」


 凜の顔が歪んだ。


 腕の中で動かなくなった、小さな身体を思い出す。


 けれど、視線はそらさなかった。


「次は守ります」


「何度失敗しても?」


「何度でも」


「あなたにはできないわ」


「できます」


「どうして、そう言い切れるの?」


「先生なんかに負けないからです」


 凜は、はっきりと言った。


「何をされても、私は先生の望みどおりにはなりません」


 すず先生の表情から、わずかに笑みが消えた。


「そう」


 組んでいた腕を解く。


「なら、ここであなたを消したほうが早いかもしれないわね」


 すず先生が右手を下ろした。


 その指先から、黒い液体が一滴落ちる。


 床へ触れた瞬間、黒い染みが音もなく広がった。


 染みは床板の隙間を伝い、細い水の流れとなって凜へ向かってくる。


 窓際に置かれていた鉢植えへ黒い水が触れた。


 緑色だった葉が縮れ、数秒も経たないうちに黒く変色する。


 凜は後ろへ下がった。


 黒い水は動きを変え、凜の靴を囲むように広がっていく。


「先生」


「動かないほうがいいわ」


 すず先生の声は、授業中と変わらないほど穏やかだった。


「苦しむ時間が長くなるだけだから」


 黒い水から、細い煙が立ち上る。


 凜は口元を袖で覆った。


 逃げ道は、すず先生の後ろにある扉だけだった。


「これくらいで、私が――」


 硬い音がした。


 すず先生の言葉が止まる。


 世界地図を収めた大きな棚の下から、黒い筒が伸びていた。


 筒の先は、まっすぐにすず先生の胸へ向けられている。


 続いて、赤いダイナマイトを腹に巻いた小さな身体が、棚の下から這い出してきた。


 ダイナマイトペンギンだった。


 身体よりも大きなバズーカを抱え、すず先生へ照準を合わせている。


 すず先生の顔から、初めて余裕が消えた。


「あなた、いつからそこにいたの」


 ダイナマイトペンギンは答えなかった。


 床を這う黒い水が、その足元へ流れ込む。


 毒は短い足を包み、そのまま腹まで広がった。


 鉢植えの葉を一瞬で枯らした黒い水だった。


 けれど、ダイナマイトペンギンの身体には何も起こらない。


 羽毛は変色せず、皮膚が焼けることもなかった。苦しむ様子さえなく、黒い水の中に平然と立っている。


 ダイナマイトペンギンは一度だけ足元を見た。


「こんなもん、俺には効かねえぞ」


 すず先生が、悔しそうに眉を寄せる。


 黒い水の量を増やした。


 毒が波打ち、ダイナマイトペンギンの小さな身体へ何度も打ちつける。


 それでも、何の変化もない。


 ダイナマイトペンギンは黒い水を踏み越え、凜をかばう位置まで進んだ。


「無駄だ」


 バズーカの筒先を、すず先生へ向けたまま告げる。


「凜を傷つけるなら、容赦しねえぞ」


「毒が効かないから、強気でいられるのね」


「違う」


 ダイナマイトペンギンの翼が、引き金へかかる。


「効いたところで、俺はここに立ってる」


 すず先生の表情が固まった。


「ここは学校よ」


「だから何だ」


「撃てば、水城さんも無事では済まないわ」


「撃たせるかどうかは、あんたが決めろ」


 ダイナマイトペンギンは一歩も引かなかった。


 足元では、毒が今も黒く渦巻いている。


 それでも、その身体には傷一つついていなかった。


 すず先生は、ダイナマイトペンギンを見つめた。


 次に、自分と凜との距離を確認する。


 毒の通じない相手を残したまま、凜を殺すことはできない。


 そう判断したのか、すず先生はゆっくりと右手を上げた。


 床を覆っていた黒い水が止まる。


 凜の靴を囲んでいた毒も、ダイナマイトペンギンの足元にまとわりついていた毒も、細い筋となってすず先生のもとへ戻っていった。


「今日は、ここまでにしましょう」


「二度と凜に近づくな」


「それは約束できないわ」


 すず先生は机の上から資料を拾い上げた。


 乱れていた紙の端を、何事もなかったようにそろえていく。


「水城さん」


 凜は返事をしなかった。


「次は、彼が近くにいるとは限らない」


「先生の思いどおりにはなりません」


「それなら、急いだほうがいいわ」


 すず先生は準備室の扉を開けた。


「桜庭さんに何か起こる前に」


 凜は、すず先生の横を通り過ぎた。


 廊下へ出てから、足を止める。


 背後では、ダイナマイトペンギンがバズーカを下ろしていた。


「助けてなんて、頼んでいません」


 ダイナマイトペンギンは何も答えなかった。


「聞こえていますよね」


 返事はない。


「今朝のことを、これで許してもらえると思わないでください」


 ダイナマイトペンギンは葉巻を取り出した。


 けれど、火をつけることも、凜を見ることもしなかった。


「勝手に手紙を書いて」


 凜の声が震えた。


「今度は、勝手に助けて」


 それでも、ダイナマイトペンギンは黙っていた。


 何かを説明することも、自分の行動を正当化することもしなかった。


 凜は唇を強く結んだ。


「もういいです」


 鞄を持ち直し、三年生の教室へ向かって歩き始める。


 早く計画を進めなければならない。


 すず先生は、次にひよりを狙うかもしれない。


「早く進めなきゃ」


 歩く速度が上がる。


 今朝の手紙について考えている余裕はない。


 ダイナマイトペンギンが、なぜ自分を追ってきたのかも。


 毒の中へ迷わず入ってきた理由も。


 考えてはいけない。


「早く、計画を進めなきゃ」


 ひよりの教室がある階へ続く階段を上る。


「早く進めなきゃ」


 同じ言葉を繰り返しながら、凜はひよりの教室へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。